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ワインの「だし感」を考察してみた。(後編)

更新が滞っておりました。

前回はどういったワインで出汁っぽさを感じることがあるのかとか、出汁感ってそもそもなんなのかなんていったことを見てきました。

その上で、栽培されたブドウの含有するアミノ酸量が一般的な出汁に含まれるアミノ酸量よりも多いなんていうことも見てきました。

一方で、ブドウにアミノ酸が多量に含まれていても、そこからの醸造の工程でそれらの量は大きく変わっていくことになります。

それらの過程を見た上で、最終的にどれぐらい何が残るのか、そして出汁感はどういったときに得られるのかを今回で見ていきたいと思います。

ワインの醸造過程におけるアミノ酸


ブドウ中のアミノ酸は醸造過程によって大きく量を減らすことになります。

アミノ酸の量に大きく影響する項目は2つ。

「発酵」と「熟成」
です。

発酵段階では酵母によってアミノ酸は利用されます。

その前後の量も先の品種のアミノ酸を示した論文に記載がありました。

醸造前後のアミノ酸量

プロリンはサッカロマイセス種によって代謝されないアミノ酸で、割合的に多く残ることになります。
またアルギニンも比較的代謝されにくい物質で十分なアミノ酸があるときはあまり使用されないアミノ酸です。

そのうえで比較的アミノ酸が少ない状態で発酵が始まったArroyo Grandeという地域の1や3を見てみましょう。

アンモニアやアルギニンといった酵母にとって利用可能なYAN(資化性窒素(yeast assimlable nitrogen))はほとんど代謝されていることが分かります。

そしてアルギニンが代謝されているということは、他のアミノ酸も大部分は利用されてしまったと考えることができるでしょう。

しかし、それでも発酵後のTotal(Totalのfinish側)のアミノ酸からプロリン(プロリンのfinish側)を引いた量でも100mg/Lぐらいのアミノ酸は残っています。

つまり発酵前に1000mg/L程度のアミノ酸があれば、出汁感演出に関わる最低限のアミノ酸の量は十分残ることになります。

ワインの澱由来のアミノ酸

そんなアミノ酸含量を逆に増やすのが澱熟成です。

これはまた全く別の研究になるのですが、グリューナーヴェルトリーナーを4種類の酵母で発酵させ、その後の滓熟成の過程を調べた研究です。

滓熟成とアミノ酸量

ここでも先のワインと同様にプロリンやアルギニンの量の多さが目立つかと思いますが、グルタミン酸やアスパラギン酸の旨味成分だけでなく、全体的にアミノ酸量が増えていることが分かります。

そしてこの研究では、滓熟成によって100~200mg/Lのアミノ酸が半年で増えており、どれかが特徴的に増えたというより全体的にバランスよく増えたという印象が持てます。

このバランスよく増えているというのが1つのカギかもしれません。


ワインの出汁感仮説

ここからはここまでの話を踏まえた私の仮説になります。

ワインのアミノ酸について長々と説明してきましたが、結局まだ出汁感についてはさらっとしか説明をしていません。

出汁感は様々なアミノ酸や核酸の成分によってもたらされるという話でしたが、先の論文では一種類の元から取った出汁にはアミノ酸量、つまり味わいに偏りがあるということを述べています。

一種だしからの成分チャート

そして一方で、それを混ぜ合わせることでより汎用性の高い出汁や、各々のメニューにあった出汁ができるということで、合わせ出汁について考察しています。

合わせ出汁の配合

そのときの合わせ出汁の特徴が上記のように、かなり味わいの「バランス」を追求したものであるという背景から、いわゆる出汁感をもたらすにはこの均衡のとれた「バランス」が必要なのではないかと仮説を立てました。

もちろん単一の素材から出汁をとっても出汁には違いないですし、「多少の」味わいの偏りは出汁感としては問題にならないかと思います。

ただワインというものを考えた時にこのバランス感を演出しようと思っても、この表で表されるところの酸味、苦み、重厚感、コクあたりが突出してしまうということが考えられます。

あるいは果実感なんかもこのチャートにはないですが、バランス感を欠如させるポイントかもしれません。

そのバランス感が達成されたタイミングこそワインが出汁感を持つタイミングなんじゃないかなと私は思うのです。

そしてさらに言うと、そのバランス感というものを考えた時に、水ベースで出汁感を感じるアミノ酸量に比べて、ワインベースで出汁感を感じるアミノ酸量の方が多いのではないかということも思いました。

つまりこのレーダーチャートでいえば全体の七角形の面積自体が大きい状態で出汁感として捉えているといったところでしょうか。


最後にもう一度ここまでの話を前提にピノノワールに戻りましょう。

前回の記事でピノノワールは同一土壌環境下では比較的アミノ酸含量の少ない品種ということでした。

しかし、そういった品種であってもOakvilleより肥沃なところで栽培されれば、1000~1500mg/Lほどのアミノ酸は持ちうると思います。

そういったブドウ中のアミノ酸がまず発酵によって減少します。

そのときにプロリンはかなり残ることになりますが、他のアミノ酸の大部分は失われることになります。

そしてその後の熟成によって再びアミノ酸量は全体的に底上げされます。

そこでできたワインに含まれるアミノ酸量は出汁よりは多いですが、アミノ酸由来の呈味成分の部分では味わいが整った状態のものになります。

これは逆に言うと、アミノ酸の呈味成分である、旨味やコクのバランスは取れていても、酸味や重厚感などの部分は依然として突出している状態とも言えます。

そのためその時点では、出汁感はワインの果実味、酸やタンニン、ボディ感によって覆われており見つけることができません。

しかしそれらのワインもその後の熟成によって、ワイン全体の味わいが落ち着いてきます。

酸やタンニンも分解や結合により柔らかくなり、果実味は失われていきます。

そうやって熟成することで今まで隠れていた出汁感がでてくるのです。

このときの出てくるタイミングはアミノ酸の全量によって変わるのではないかと思います。

アミノ酸が全体的に多く、かつバランスが取れている場合は、よりワインにボディ感や果実味が残っている状態でも表れやすいのではないかと考えます。

つまり、比較的新しいヴィンテージで出汁感が感じられる場合は、オールドヴィンテージで感じられる場合よりアミノ酸の総量が多いのではないかと考えられます(熟成は基本的にアミノ酸量にあまり影響しない)。

そして最後になぜ他の品種であまり出汁感が見られないかという点ですが、それは恐らくアミノ酸量によるものではなく、ワインの味わいによるものだと考えています。

例えばCSやMeであればボディ感や苦み(渋み)がPNより強く、酸は比較的控えめになるでしょう。

それらの特定の味わいの強調が熟成しても、依然としてバランス感の欠如となり(十分に重厚感が失われたときには酸がなくなっているなど)、それらが出汁感を覆ってしまう、または崩してしまうのではないかと感じています。

一方で白ワインであれば、酸がそのマスクする効果を持っているかもしれません。

そして、その絶妙な開始地点を持っているのが"Pinot Noir"なのだと考えるに至りました。

以上が私の「だし感仮説」になります(異論は認めます)


終わりに


出汁感という曖昧でかつ、ワインの主要国では絶対に扱われないトピックを調べていくのはかなり難易度が高く、かつきれいな結論が出ないものでした。

ただ感覚値として、最後の品種とバランスの話や、水に比して多量のアミノ酸量がワインでの出汁感には必要というのは理解して頂けるのではないかなと思います。

ちなみに私自身は日本のベーリーAとメルローのワインでも出汁感を抱いたことがあります。

このときもワイン自体の主張はそこまでないもので、じんわりと出汁感が広がるようなワインでした。

そういうことを踏まえても、ワインの出汁感を考える際には、やはり製法やアミノ酸量というより、ワイン自身の他の要素の「削れ方」が大事なのかなぁと思います。

うまく言語化できていないところもありますので、もしわかりにくい部分がありましたら、是非直接聞いていただければと思います。

参照
・Gas chromatographic determination of amino acid enantiomers in bottled and aged wines
・Effect of Vineyard Locations, Varieties, and Rootstocks on the Juice Amino Acid Composition of Several Cultivars
・UPLC analysis of free amino acids in wines: Profiling of on-lees aged wines
・Amino Acids(授業資料): Madrid Polytechnic University
・新出汁素材、鮭節の合わせ出汁配合を分析値から予測する試み
・ワカラナイ?ものを、わかるように #02 出汁編

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