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イロトリドリの春に

あの日は3月にしては初夏のような暑さだった。家からクリニックまで通う道で少し汗ばんだ。

その3日前、私はトイレで二度見をした。生理予定日から2日経ってもこなかった生理。いつもぴったりに生理がくる私は少し早いけどフライングをした。なんとそこで出てきたのがくっきり2本線だったのだ。

さらにさかのぼること約1ヵ月前。通っていたクリニックで久々に受診をした日、急遽、人工授精を行うことにした。半分ダメ元。なぜなら夫は男性不妊で顕微授精でなければ厳しいと言われて改善の手術を行い、術後3ヶ月は経過を見ないとという状況だった。この時はまだ術後1ヵ月。だから半分ダメ元、半分、勢いでやったのちの結果だった。

私の通うクリニックの先生はとても前向きで後ろ向きなことは一度も言わなかった。もちろん年齢的なこともは多少言われたけれど、この時もやってみましょうか!というノリで承諾してくれたのだった。

そこから数日後に排卵検査薬を行い、夫には出社前に採取をがんばっていただきクリニックで人工授精を行ってもらった。スピード感ある流れだった。

そもそも人工授精1回で結果が出ることはあまり聞いたことはなく、次のステップに行く前にトライしてみたかっという気持ちが大きかったので、期待もほとんどしていなかった。

だから反応が出るであろう時期にした妊娠検査薬の2本線は私にとっても驚きが大きかった。その2本線を何度も見ながら、静かなる驚きとこみあげるものがあった。だが、まだにわかに信じがたい…擬陽性の可能性もある?なんて半信半疑だった。

そして初夏のように暑かったその日。クリニックでの判定日。生理予定日からちょうど1週間。クリニックでエコー検査で確認すると、そこには小さな丸い胎嚢が見えて正常妊娠ですと言われた。

前向きなおちゃめな先生は

「いたー!」

と声を出して喜んでくれた。ちなみに人工授精した日も、「全部いきますよ~!いけ~!」と処置してくれたのだった…笑

私は小さな丸い胎嚢を見て、ようやく実感した。あぁ私の元に、私達の元にやってきてくれたんだなぁと。という気持ちと、私は現実的な部分があるので人間の生物学的な視点で見ると本当にこの子供ができる過程は奇跡の連続なのだと痛感する。

クリニックからの帰り道、私は少し泣けた。なんだろう、ものすごく子供を欲していたかどうかは分からない。私には最良のパートナーがいてそれだけでも十分なことだとは思っていたし、2人で生きていく人生も悪くないと思っていた。だけどやっぱり家族を増える事にはきっとどこか憧れと、自分が恵まれた環境で育ち、家族の愛をの中で人生が豊かになっていたからこそ、子供を持つということもまた経験してみたいと思っていたのかも知れない。嬉しいけど、なんとも言えない感情だったことは確かだ。

こうして本格的な不妊治療に進むかと思われた私たちの家族計画は、勢いと半分ダメ元が功を奏してか、新たな命を迎えることができた。

それでもここからがスタートラインだ。高齢出産であることに変わりはなく、無事に育つことを願いながら、今は悪阻と戦っている…。豆のようだった君はいつの間にか人間らしくなり早くも10週目を迎えたばかり。妊活で通っていたクリニックも卒業して、先週は初の妊婦検診を行い、手足もしっかり見えてきた君はたくさん手を動かして微笑ましかった。よく動くのは間違いなく私似だ…笑

奇跡の連続を知った3月。命の重みをかみしめ始めた4月。
そんなイロトリドリの春に、私の色々な想いが淡い空を舞っていく。

また新たな冒険の旅が始まる。2人から3人へ。
この世界は時に残酷で、時にとてもやさしい。揺れ動く時代の中で君を守るのではなく一緒に戦いながら生きていけたらいい。前向きで向こう見ずな母親な私と慎重で優しい父親になるあなたと共に。今はそんな風に想う。

とにかく今は私の中でたくさん大きくなるのだよ。


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