日本のGDP4位への転落が意味するもの―労働生産性の低さ―
はじめに
日本の2023年の名目GDP(国内総生産)が、ドイツに抜かれ世界4位に落ちることが確定しました。順位転落はGDPが経済規模を示す主要指標になった1994年から初めてで、日本の存在感、経済大国のイメージがさらに低下しそうです。ではこのGDP転落はなぜ起きたのか、そしてどのような意味を持つのか、を再考してみます。
1.GDP4位、そして5位に
ドイツ連邦統計庁は2024年1月15日に2023年通年の名目GDPの暫定値を公表しました。前年比6.3%増の4兆1211億ユーロで、23年の平均為替レートでドル換算すると4兆4578億ドルになるといいます。
日本の2023年1月から9月までの名目GDPは3兆1034億ドルです。ドイツのGDPを超えるには、日本円にして約190兆円の上積みが必要となります。
しかし前年2022年同期の日本のGDPは約148兆円であり、その上積みはほぼ不可能という予測になっています。
日本が名目GDPで米国に次いで2位に昇格したのは1968年でした。抜いた国は西ドイツで、同国は1990年に東ドイツと統一しドイツになりました。その後2010年には中国に越されて第3位に。
そして2023年に再びドイツに抜かれ、第4位に落ちます。5位には14億2千万人余りという世界最大の人口を持ち、経済も急成長を続けているインドが控えており、国際通貨基金(IMF)の推計では2026年に日本と入れ替わりそうです。
なお一人当たりの名目GDPは、内閣府の資料では2022年に34,000ドル余りでイタリアに抜かれ、主要7か国(G7)で最下位になっています(下図参照)。G7で最下位になるのは2008年以来14年ぶりです。
GDPは「各国内で一定期間に生み出されたモノやサービスの付加価値の合計」と説明されます。これには名目と実質があります。
「名目GDP」とはモノやサービスを市場価格のままで計算したもので、物価変動が含まれます。これに対し「実質GDP」はある年を基準年とし、その年の価格をもとに付加価値を計算します。
このために価格変動要素が取り除かれ、モノやサービスの実質的な価値が把握できます。各国のGDPを比較する場合は、物価変動も経済力の一つという考え方で、名目GDPが比較の指標として使われることが多くなっています。
2.降格の要因
ドイツとのGDP比較
今回の日本のGDP順位の降格は、直接的にはドイツとのGDP比較になります。結論から言いますと、逆転の主要因はドイツのエネルギーなどの高インフレの継続と、日本円の円安基調です。
ドイツの経済実態は好景気とは言い難い状況にあります。ドイツの2023年の消費者物価上昇率は役6%と高く、実質成長率はマイナス0.3%といわれながら名目GDPが膨らみました。
ロシアのウクライナ侵攻以来、ドイツはロシアからの安価な天然ガスなどエネルギー供給に不足を生じ、電気やガス料金の値上げなどエネルギー危機がインフレに拍車をかけました。このために実質賃金は伸び悩み、国内消費が低迷し、経済成長率も停滞しています。
上の表でドイツの実質GDP予測は2023年が-0.5%、2024年が0.9%です。これに比べ、日本は2023年が2.0%、2024年は1.0%となっており、日本と比べてもドイツの低調さがわかります。そのドイツが日本に入れ替わったのは、円安という要因です。
3.日本の円安
2022年に続き2023年も円安が続きました。主な要因は日本と米国の金利差などが指摘されています。米国の金融引き締め施策が背景にありますが、2023年後半も円安は収まらず、そのまま年を越した状況にあります。
この円安の状況下では、円ベースのGDPが増加しても、ドル換算するとGDPの数値は小さくなります。GDPの国際比較はドルベースですので、この円安によって日本のGDPは縮小し、数値的にドイツに抜かれるという事態になっています。
では、円安が終われば、また日本のGDPの国際順位は戻るのでしょうか。
何らかの要因で急激な円高が進めば、その可能性もあります。
ただ日本の基礎的な経済状況を見ると、このままこれから述べる課題への対策が打たれなければ、GDP順位の中長期的な下降傾向は避けがたい状況も見えています。
4.GDPの成長要因
GDPを高める成長要因は多くありますが、主なものは以下の通りです。
(1)生産性の向上:技術革新や働き手のスキルアップなどにより、同じ労働時間でより多くの商品やサービスを生産できるようになることが、GDPの成長に直結します。
(2)人口増加:労働力人口が増えることで、生産活動が活発になり、それがGDPの増加につながります。ただし、労働人口の質も重要です。
(3)資本投資の増加:企業が設備投資を行うことで生産能力が拡大し、それがGDPの増加に寄与します。また、インフラ投資なども経済成長を支える要因となります。
(4)消費の増加:家計の消費が増えることもGDPを押し上げる要因です。消費者の信頼感や収入の増加が、消費を促進します。
(5)輸出の増加:他国への輸出が増えることで、国内の生産活動が活発になり、GDPが増加します。逆に輸入が増えると、国内の生産よりも外国の生産が利用されるため、GDPの増加率にはマイナスの影響を与えることがあります。
(6)政府の支出:政府が公共事業などに投資することも、短期的にはGDPを押し上げる要因になります。ただし、長期的な視点では、政府支出の質とその資金調達方法が重要です。
(7)金融政策と財政政策:中央銀行による金利の調整や政府の税政策などが、経済活動に影響を及ぼし、それがGDPの増減につながります。
(8)政治的・社会的安定:政治的な安定や社会の秩序が保たれている環境は、経済活動を促進し、GDPの成長を支えます。
この中で、大きな成長要因でありながら社会構造的な問題を含み改革、実現が難しいのが「生産性の向上」と「人口増加」です。
GDPにおける「生産性」は、一般的に「一定期間内に一人の労働者または一単位の資本によって生み出される経済的価値の量」と定義されます。
GDPはこの「生産性×人口」という要素が大きく影響します。
このうち人口は15歳以上65歳未満の生産年齢人口ですが、1995年の約8700万人をピークに減少に転じ、今世紀には減少のスピードを速めています(下グラフ参照)
5.労働生産性の向上
生産年齢人口が減ってもGDPを維持、拡大する一つの方策には、労働生産性を高めることがあります。
労働生産性の向上は、従業員一人当たりの出力量または労働時間当たりの出力量を高めることを目的とします。これは、従業員のスキル向上、作業プロセスの効率化、働き方の改善、労働者のモチベーション向上などを通じて達成されます。
生産性との関係
組織の生産性の向上と労働生産性の向上は相互に影響し合います。労働生産性が向上すると、組織全体の生産性が向上する可能性があります。労働は生産プロセスにおける主要な入力の一つであり、労働の効率が向上すると、全体の成果が高まるからです。
一方で、生産プロセス全体の効率化や技術革新など、生産性を向上させる他の取り組みは、労働生産性の向上を支援することができます。
例えば、新しい技術の導入は、従業員がより少ない時間でより多くの仕事をこなせるようにすることができます。
結局のところ、生産性の向上と労働生産性の向上は、組織の目標を達成するために互いに補完し合う関係にあります。組織が全体として効率的に機能し、競争力を維持するためには、労働生産性を含む生産性の全ての側面を考慮に入れ、継続的に改善する必要があります。
ところが日本はこの労働生産性が低いのです。
6.低い労働生産性
公益財団法人 日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2022」によると、OECDデータに基づく2021年の日本の一人当たり労働生産性(就業者一人当たり付加価値)は、81,510ドル(818万円)(※)。
ポーランド(85,748ドル/861万円)やハンガリー(76,697ドル/770万円)といった東欧諸国や、ニュージーランド(85,383ドル/857万円)、ポルトガル(77,970ドル/783万円)とほぼ同水準です。
西欧諸国では労働生産性水準が比較的低い英国(101,405ドル/1,018万円)やスペイン(97,737ドル/981万円) より2割近く低くなっており、OECD加盟38カ国中29位となっています。
なお米国は152,805ドル、1,534万円で日本の2倍近い労働生産性になっています。(※日本生産性本部のGDPは購買力平価によりドル換算しています)
なぜ労働生産性が低いのか
日本の労働生産性が低い理由は以下のような要因が挙げられます。
(1)長時間労働の容認
製造業の現場や工場などで働く労働者が多くを占めていた高度経済成長期に、日本では労働時間や人数を増やすという手法で労働生産性を高めてきました。しかし、近年では知識から付加価値を生み出すナレッジワーカーの割合が増加し、従来のやり方では業務効率を上げることができないまま、労働生産性が悪くなっていると指摘されます。
また、残業が多く、長時間働いた人がよりお金を稼げるという仕組みがあったことや、2020年の法改正までは、上限なく時間外労働を課すことが可能でした。これらの長時間労働を容認する環境や習慣が、労働生産性の低下につながっていました。
(2)アナログな管理
日本のデジタル化は他国と比較して十分に進んでいるとは言えません。総務省「令和3年 情報通信に関する現状報告」(下図参照)によると、デジタル競争力ランキング(※)において日本は総合評価で63カ国中27位にとどまっています。 総合評価
(※)「デジタル競争力ランキング」は国際経営開発研究所(IMD)が策定・公表している国際指標で、国によるデジタル技術の開発、活用を通じ政策、ビジネスモデル及び社会全般の変革をもたらす程度を分析し、点数化しランキングを表示しています。
日本はモバイルブロードバンドの普及率では世界第1位であり、社会インフラは整備されているものの、給与明細の手渡しや紙ベースの申請承認、請求書の郵送、原価の手計算など、昔ながらのアナログな管理方法にこだわっている組織が多く残っています。
また、IT化を進めていても、部署ごとに独立したシステムを使用しており、かえって管理が煩雑になっている場合もあります。たとえば、システム間での転記による手間や、転記ミスなどのヒューマンエラーが発生するケースです。一つひとつは小さなことですが、積み重なると膨大な時間になってしまいます。
このように、業務や企業規模に合った適切な管理体制を取れないことで、本来の業務が滞り、業務効率が下がってしまうのです。
(3)評価制度が未整備
評価制度も労働生産性に大きく寄与します。日本では長い間、成果主義よりも年功序列制度を取っていました。また、残業が多いほど「頑張っている」と評価する風潮も、成果主義への移行を妨げていた要因の一つです。
従業員各自が限られた時間内で効率的に付加価値を生み出すことは、会社全体の労働生産性の向上につながります。しかし、そういった仕事ぶり、人材が評価される制度や風潮がありませんでした。
短時間の労働で成果を出しても相応の報酬を受けられなければ、従業員のモチベーションは低下し、一人ひとりの生産性をあげようという意識が育ちません。
(4)個人の持つ裁量が小さい
日本ではトップダウン型のマネジメントが主流だったこともあり、裁量の大部分をミドルマネジメント層以上が持ち、各業務担当者が持つ裁量はわずかという状況が見受けられます。
個人の持つ裁量が小さいと、各業務にかかる時間が増加します。たとえば、上司のみが裁量を持っている場合、上司一人に対して、多くの確認・承認業務が集中します。
その結果、承認が下りるまでに待ち時間が発生し、業務が停滞します。多くの人が関わることでも、一人で進めるよりも決断に時間がかかってしまい、生産性の低下につながります。
さらに、モチベーションの低下のリスクも増えます。裁量が小さいことで、アウトプットに対する個人の責任が薄まり、その結果、個人の士気や独創性が生まれず、生産性が上がるチャンスを逃してしまいます。
以上の要因は日本の企業風土でもあり、短期での改革はなかなか難しい状況です。
7.低迷する賃金
この労働生産性と同じように国際比較をすると長く低迷を続けているのが、日本の賃金レベルです。
上のグラフは日本と米国、それとOECD加盟国の1990年からの平均賃金の推移を示しています。米国とOECDが着実に上昇しているのに比べ、日本の賃金の低迷が明確です。
下のグラフはOECD加盟34か国の各国の平均賃金と加盟国の平均賃金(※)のまとめです(米ドル換算)。日本は加盟国25位で平均よりもかなり低く、またG7加盟国で最下位です。
(※)平均賃金は、国民経済計算に基づく賃金総額を、経済全体の平均雇用者数で割り、全雇用者の週平均労働時間に対するフルタイム雇用者1人当たりの週平均労働時間の割合を掛けることで得られます。この指標は、2021年を基準年とする米ドルと購買力平価(PPP)で表記されます。
8.労働生産性と賃金の関係
労働生産性と賃金、そして賃上げは密接に関連します。
一般的に、労働生産性が高いほど、労働者が生み出す付加価値が大きくなります。このため、高い労働生産性は企業がより高い利益を得ることを可能にし、理論的には労働者に対してより高い賃金を支払う余地を生み出します。
実際の賃金水準や賃上げのペースは市場の需給関係、政策、経済環境など、多くの要素によって影響を受けます。経済全体の生産性向上は、長期的には賃金増加と経済成長に寄与すると考えられています。
日本の平均賃金の低さ、その低迷はその生産性の低さと相関関係にあることが分かります。
賃金を高めることが直接的に生産性や労働生産性を高めるかどうかはいくつかの要因があります。
直接的には賃金の上昇は労働者のモチベーションの向上になり、生産性の向上が望めます。一方で、高い賃金は企業にとってコスト増加のプレッシャーになります。しかしこれで業務の効率化や技術革新に向けた設備投資を促進し、これも生産性の向上に結び付きます。
賃上げによる所得増加は、消費の活性化になり、経済成長を牽引します。そして雇用の増進と生産の促進というサイクルに結びつきが期待できます。
日本のGDPは今回ドイツに抜かれましたが、課題の労働生産性などを改革できれば、復活も可能です。英国のシンクタンクの経済ビジネス・リサーチ・センターが2023年末に発表した2038年でのGDP順位予測では、中国が1位、米国が2位、インドが3位、日本はドイツと再び入れ替わり、4位に留まっています。
そのようなGDPの成長のカギとなる2024年の春闘は、労働界はもとより経団連など経済界、そして政府まで積極的に賃上げを求めるという特異な状況になっています。これらが、日本のGDPの低迷から抜け出るきっかけになる、そんな期待も持たれています。
<経済・金融レポート> 2024年2月
監修:株式会社myコンサルティング
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