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【青春恋愛小説】いつかの夢の続きを(5)

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〈5〉騒々しいくらいに希望を歌ってた鳥たちは、遠くに行ったのか

教室に戻ると沙友理が声を掛けてきた。

「陽菜どこ行ってたの?」

「食堂」

「今日お弁当じゃないのか」

「うん」

「どうした? 何かあった?」

「え、なんで?」

「なんか、上の空だからさ」

「んー、人の気に当てられた感じかな」

「あー食堂、争奪戦だもんねぇ」

沙友理はお弁当を食べながら話す。
可愛らしい、タコさんウインナーと、焼き魚、ブロッコリーのピクルスにミートボール。そして白米だ。

「和洋折衷だね」

「お兄ちゃんと同じ内容だからね。なんか男子っぽいお弁当にいつもなるんだ」

沙友理の兄は結構有名人で、昨年夏、全国大会に出た野球部の2年生ながらエースで4番を務めたプロ注目の高校球児だ。

「お兄さん、それで足りるの?」

「私のはお兄ちゃんの余り物みたいなものだから……」

「そっか」

沙友理の親に悪気はないのはわかる。
どうしても優秀な兄を優先するのも理解ができる。
それに、沙友理のお弁当の盛り付けはいつも考えられているし、蔑ろにしているわけではない。

「昔からお兄ちゃんってすごいから、もう慣れてるけどね。あ、でもタコさんウインナー入ってるの私のだけだから」

「そうなんだ」

高校球児の弁当を仕込むのは大変だろう。恐らくだが、お昼用もあるが、練習前に少しお腹に入れる軽食も持たせているのではないだろうか。
その労力を考えれば、妹の分まで作るのは大変ではないだろうかと、私は思った。

「あ、お兄ちゃんね、陽菜のファンだったんだよ。ドラマとか毎週録画してたし、忙しい部活の合間縫って映画見に行ったりしてた」

「へぇ……」

「……ごめん、こういう話あんまりしないほうがいいかな」

「いや、別に嫌じゃないけど……何というか、お返しができないからなーって」

もちろん、芸能界に身を置いていた頃は、応援に対しての応えとして次回作で頑張ったり、バラエティーに出た時に頑張ろうとかなりはしたが、今となっては何でどう返せばいいのかわからない。直接会うのも少し違う気がするし……。

「ねえ、陽菜が食堂行ってる間に噂になってたんだけど、今日立山さんと一緒に登校してきてたって本当? だって途中で私と一緒になった時、いつも通り陽菜一人だったからガセじゃないって話になってるけど」

「たまたま近くを歩いてただけだよ。私が立山さんと一緒に通学なんて、家も離れてるし」

「家知ってるの?」

「え? あー、ええっと……」

私が言葉をカフェオレくらい濁らせていると、予鈴が鳴った。
それを聞いて沙友理は慌てて残りを完食した。

「まあ、そうだよね。学校でも話してるところ見たことないし、やっぱりガセだよね」

そういうと、沙友理は弁当箱を片付けて足早に自分の席へと戻り、他のクラスメイトにそのことを話ていた。
私が美夜子と一緒になるのがそんなにいけない事なのか?
そう考えつつ隣を見ると、美夜子はまだ戻ってきていなかった。
もしかして、あの男子とお喋りに夢中になって?
靄がかった気持ちを一度暗幕の向こうにしまい、次の授業の準備をする。

「あ……」

次の数学の教科書が無かった。
置き勉は容認されている校則なので、無いはずは無いのだが……。
いくら探すも、無い。
何故? 誰かに貸した記憶はないし、まさかいじめの類?

「あ、そうだ。昨日、持って帰ったんだった」

昨日の授業で少し引っ掛かるところがあったので、教科書を持ち帰り、復習しようとしていたんだ。
帰ってすぐ机の上に置いて、後でやろうとしていたんだった。
私は隣の席を見る。
美夜子はまだ戻っていない。
反対の席の……。

「ん?」

目が合った瞬間、私は目を逸らした。

「ひなちゃん?」

「健斗君、数学の教科書見せてくれない?」

「あ、もしかして忘れた? 懐かしいなぁ。昔、僕が台本忘れた時、こうやって見せあったよね」

「うん……」

鯖江健斗。
現役高校生俳優。
私とは殆ど同じ時期に活動を始め、よくクラスメイト役で一緒になったりした。
中学の時は恋人役で映画に出たりしたが、今となっては少し恥ずかしい。

「ようやく教室で話せたね」

「そりゃ、今や注目の若手俳優さんと気軽にお話はできないよ」

「あ、それで言えば元超人気子役と話すのは憚られるってことになるけど」

「”元”だからいいのよ。まさか、一緒の高校に入るなんて」

「驚いたのは僕もだよ。しかも同じクラスの隣の席にだなんて、神様も面白い脚本を書くもんだ」

全くその通りである。
神様の悪戯か、それとも悪魔の良心か。
皮肉にも、入学初日にはこのツーショットによりえらく騒がれてしまったが、それも日常になってしまえば落ち着いたものだった。
席をくっ付ける際の音にクラス中が注目した。
沈黙が教室を包み込む。
そして今度は、ガラッと音を立てて教室のドアを開けた美夜子に注目が行った。それにより教室内は普段を取り戻した。
美夜子がこちらを見ると、どこか驚いたようにも見えたが、どちらかといえば、清ましたようにも見て取れた。

先生が教室に入って来ると、本鈴がなり授業が始まる。
正直、教科書を見ることは特になかったが、席をくっ付けた以上、早々に離すわけにはいかない。
窓際を見ると、真剣に授業を聞いている美夜子がいた。
恙無く授業は進み、やがてチャイムが鳴る。

「ありがとね」

「ううん、どういたしまして」

そう言って席を離す。

「ねえ、辞めて半年くらいだけど、復帰する気はないの?」

「んー、ないかな。一旦、普通の学生生活送りたいし」

「そっか」

それで会話が終わった。
私はノートを片付けると、物凄い視線に気づいた。
美夜子がこっちを見ている。私は敢えて、気づかないふりをした。
すると、呼び出し音が校舎内に響き渡った。

『1年C組の咲洲陽菜。1年C組の咲洲陽菜。至急、職員室まで来てください』

クラス中の注目をよく集める日だなとつくづく思った。
私は立ち上がると、教室を出て2階にある職員室へと向かった。
何かしたかなと思いつつも、心当たりがまるで無い。
強いて言えば、昨日の夜間徘徊くらいだが、あの場は美夜子が上手く立ち回ってくれたし……。
そうこう考えていると、職員室へ辿り着いた。

「失礼しまーす」

ドアの張り紙の指示に従い、ノックを3回した後、そう言ってからドアを開けた。

「咲洲さん、お母さんが倒れたんだって!」

担任の上坂先生が私にそう言うと、私は脳内で疑問符を浮かべた。

「え?」

「さっき、咲洲さんのお祖母様から連絡があって、命に関わるものではないとのことだけど、病院に運ばれて処置を受けてるってことよ」

「そう、ですか……」

上坂先生は私の様子に少し首を傾げていた。

「実は、昨日お母さんと大喧嘩して……」

「そう……まあ年頃の女の子だもんね。色々あるだろうけど、話せる内にちゃんと話さないと、できなくなっちゃうからね」

「はい、それはわかってるつもりなんですけど」

「兎に角、病院には私が車で送ってあげるから、鞄取って来なさい。昇降口で待ってますから」

「え、は……はい」

私は急いで教室に戻った。

「どうしたの?」

「お母さんが倒れたんだって」

沙友理にそう答えて、鞄を手に教室を出た。
昇降口へ降りると、上坂先生はジャケットを着て待っていた。

「ちゃんとしてる先生見るの、新鮮かも」

「いいから、早く行くわよ」

上坂先生は黒のパンプスを履き、私はダークブラウンのローファーを履く。
二人の足音だけが昇降口へ響く。

「こっち」

駐車場へ向かうと、上坂先生は黒のポルシェ911カレラ4カブリオレのドアを開けた。

「ポ、ポルシェ……」

「オーナーはお父さんなんだけど、私の為に買ったって言うから使わせてもらってるの。ほら、乗って」

「は、はい!」

その座り心地に感動しながらシートベルトを締め、鞄を膝の上に置いた。

「じゃあ行くわよ」

上坂陽子はまだ20代の若い女性教諭である。
担任を受け持つのは2度目ということで、昨年は3年生の担任をしていたらしい。
クラスでは教師陣の中で最若手ということもあり、親しみを込めて『陽子ちゃん』と呼ばれている。
そして何より、超が付くくらい美人である。
美人である上に、ポルシェをかっ飛ばす様は、理想のできた女、と言ったところだ。

「あ、もう着いちゃった」

私の自宅マンションから程近い場所にある、中核病院に到着し、先生と別れた。

「陽菜ちゃん!」

「お祖母ちゃん、お母さんは?」

「さっき病室に入って、今は眠ってるよ」

「何があったの?」

「実はあの子、お風呂場で手首を切ってたんだよ……。今日、お茶をして買い物に行く約束をしてたんだけど、待ち合わせの時間に来ないから何度も電話しても電源切れてるから、心配でマンションに行ったら……」

「そっか。お祖母ちゃんは大丈夫?」

「アタシかい? アタシは平気だけど、アンタは大丈夫かい?」

「え?」

「これを見ておくれ」

祖母が見せてくれたメモ、そこにはお母さんの字で『陽菜、ごめんなさい』と書いてあった。

「裕司さんの件があって不安定になってたことは知っていたけど……陽菜も辛い思いしたんじゃないかって」

「私なら平気」

「……ごめんね、アタシがもっと力になってやれれば」

「いいよ。お祖母ちゃんはお祖父ちゃんの介護で忙しいんだし、私こそお祖母ちゃんを助けてあげられなくてごめんなさい」

私は泣き崩れた祖母を抱き締める。
昔は大きいと感じた祖母の体もすっかり小さく感じてしまう。

「実はね。昨日お母さんと大喧嘩しちゃって……私のせいだ」

私がそう言うと祖母は私の頭を撫でてくれた。

「陽菜が悪い訳ないじゃないか。それで言うなら元凶は不倫をした裕司さんだ」

「でも、その原因を作ったのも……」

「だからアンタは悪くないよ。誘惑されたのかどうか知らないけど、不貞行為を働いたのは裕司さんさ。相手も相手だけどね」

「うん……」

少し落ち着くと、とりあえず病室に行くことにした。
昨年に改装工事を終えた病院の館内はとても清潔で、まだ新しいリノリウムの匂いがしていた。
看護師さんとすれ違うたび、咲洲ひなと言う名前を何度も言われた。
中には大ファンでしたと握手を求めてくる人もいたりした。

「陽菜は人気者だねぇ」

「人気者だったんだよ。もう辞めたから」

母の名前の書かれた病室を前にして、私は一つ大きな呼吸をした。
ノックを3回してスライドドアを開ける。
ベッドを起こして窓の外を眺める母。
こちらに気づいて目線をやると、すぐにその目線を落とした。
私は一歩二歩、少しずつ距離を縮めていった。


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