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初恋の相手が義妹になった件。第25話

「いや冗談だから!」

 慌てて怜奈さんが訂正すると、百花は「わかってるよ」と、笑っていた。

「あまりにも迫真だったからびっくりしたよ。あ、もしかして一緒にお風呂入ったことあるとか?」

「あるよ? この前も一緒に入ったよね?」

「えっ……ああ、うん……ってこんなところで言うなよ!」

 僕は百花の肩を叩いた。

「な、仲良しだねぇ」と、怜奈さんは苦笑いを浮かべていた。

「中学生には刺激が強すぎるわ……樹也、あっち行ってな」

「え?」

 樹也は育代さんに奥へと押し込まれていった。

「まあ二人とも高校生だし、もう十分大人だけどさ、まだここは子供なんだから、あんまり羽目外しちゃダメだぞ?」

「わかってるよ」

 百花は少しいじけていた。僕はそんな百花の頭を撫でながら「そこはちゃんと守ってますよ。流石に一緒に暮らしてるんで、そればっかりになっちゃう可能性があったんで……」と、補足した。

「そうだ、百花と私、樹也と悠人君で入ればいいんじゃない?」

「どうして二人ずつ入るのが前提なんですか?」

「そりゃ……節水だよ」

 怜奈さんが目線を逸らしてそう言うと、百花はジト目で怜奈さんを見ていた。

「まあ、一人ずつ入りなさいな。ね!」

 誤魔化すように僕の肩を叩いて怜奈さんは奥へ入っていった。

「なんなの……」

「嫌なことでもあったのかな?」

「まああの子も大学で忙しかったし、息抜きしたいんじゃないの?」

 育代さんはそう言うと、夕飯の支度をよし子さんと始めた。

「百花、先にお風呂頂いてきたら?」

「……わかった」

 百花は少し不満げにそう言うと、部屋に着替えを取りに言った。

「何か手伝いましょうか?」

「もう、悠人君はお客さんなんだからゆっくりしといて」

「はい……」

 僕は居間に向かうと、ソファーの上で寝転がる怜奈さんがいた。

「ふわーぁ……」

 デカい欠伸と、キャミソール一枚の姿、腹を掻きむしる姿に少しギャップを抱いた。

「あ……」

 まずいものを見られたと言わんばかりの気まずそうな表情をする怜奈さんに、僕は苦笑いで答えた。

「……ほれ、座りなよ」

「あ、すみません」

 怜奈さんの隣に腰掛けると、ズシリと重い空気がのし掛かった。

「あー、二人で話すのは初めてだね」

「で、ですね」

 百花がいつもは間に入っていたので、お互い少し距離感がわかっていなかった。
 チラッと横目で怜奈さんを見ると、ホットパンツにキャミソールだけというラフさと露出の高さに僕はすぐに目を逸らした。

「ねえ、百花ちゃんと付き合い出したのって家族になってからなんだよね? 最初どう思った?」

「えっと……嬉しいというか、初恋が叶ったわけですから、お互いに」

「そっか、初恋か。私、実は中学から女子校でさ、初恋とか縁がなかったんだよね」

 怜奈さんは脚を抱えて伏せ目がちになった。

「それらしい事もないんですか? 例えば、大学でとか」

「ないよ。てか、私あんまり男の人と喋れないし」

「え? 僕とは普通に話してますよね?」

「悠人君はだって……あ、私の高校時代の写真見る?」

 怜奈さんはスマホを少し触って僕に画面を向けた。
 そこに映る少女は黒いもっさりした髪に太めの黒縁メガネ、三つ編みにこっそり暗い紅色のリボンを結んでいた。

「これって……」

「修学旅行の時にはお世話になりました」

 僕が初恋に破れ、打ちひしがれていた時、修学旅行生が一人、道に迷っていた。
 地図を見てはキョロキョロ、そうやって一歩進んではまた戻って確認してをくりかえしていたので、僕は見かねて声を掛けた。正直、初恋を忘れようと思っていたから、いっその事、ここで恋でも芽生えないかと、年頃の女子に声を掛けたのだった。

「あの時の子が、怜奈さん!?」

 二年で垢抜け過ぎだろうと僕は驚愕していた。

「強いて言えば、あれが初恋かな? ずっと女の子に囲まれててさ、そりゃ中には同性愛に目覚める子もいたりしたけど、私はずっと異性に恋をするのが夢でさ。まさか修学旅行であんな事が起こるなんて、運命だって思ってね。舞い上がってたの。そしたら、従兄弟になっただなんて、都合のいい話ある?」

 高校三年生の春に僕と出会ったせいで、あの時のことを引きずってしまっていたのか……。

「でも、悠人君は百花ちゃんが好きだもんね」

「まあ、そうですね」

「はっきり言われると、辛いな……」

「この前も……似たような事がありました。僕を好きだった子がいて、タイミングの問題だなって。例えば、百花よりも早く怜奈さんに再会してれば、違っただろうし、数少ない偶然が重なって僕と百花って今こうしているんだなって思います」

 怜奈さんは僕を見ると、微笑んでから目を逸らした。

「はーさっぱりしたー……ってどうしたの?」

「百花ちゃん、なんでもないよ。二人でいい雰囲気になってただけ」

「え、どう言うこと?」

 百花はまだ湿ってた髪からシャンプーの香りを漂わせて、僕の隣に座った。

「いやー恥ずかしい話なんだけどね、私と悠人君ってめちゃくちゃ偶然だけど、二年前に会ってるんだよね。ほら、百花ちゃんに話したことあるじゃない。修学旅行の時の話」

「あー、あったね。え、もしかして、その時の男の子が?」

「駅で会った時に気づいたけど、悠人君は覚えてなかったっぽいから……」

「だって、雰囲気変わりすぎでしょ!地味系だったのに……」

「私は何度か写真見てたし、イメチェンしてみたって報告も貰ってたからなぁ」

 百花は僕の腕に抱きつくと「でも怜奈ちゃんでも悠人はあげられないから」と言った。

「わかってるよ。私の初恋は散っちゃったんだよな……」

「悠人ってめちゃくちゃモテるよね? まるでドラマの主人公みたいじゃん」

「僕は別にモテたいって思ったことないんだけどな」

 苦笑いを浮かべると、百花は何かを考えているようだった。

「ね、キスくらいなら許してあげるけど……」

「許すのか?」

「その後もっと濃厚なのをしてあげる」

「……百花ちゃん、地味にエゲツないこと言ってるよね」

 百花は僕の体を押してれいなさんに近づける。

「私、変態だからさ、自分の彼氏が他の女と仲良くしてるの、興奮するんだ」

 そういう百花の手は震えていた。何が本音かわからない、そんな百花に僕は困惑していた。

「いいんだな? てか、怜奈さんも……」

 そう問う前に、僕の唇に怜奈さんの唇が重なった。
 怜奈さんは迷いなく僕としたを絡めていた。

「絶対忘れられないキスにしたかったから……ごめん百花ちゃん」

「いいよ、気にしないで。私、怜奈ちゃんの初恋を奪っちゃったんだから」

「……なあ百花、どうしてそこまでするんだ?」

「だって……私、怜奈ちゃんがずっと女子校で辛いって話聞いてたし、修学旅行の話聞かせてくれた時、めちゃくちゃ目を輝かせてさ、悠人のことを白馬の王子様って言ってて……」

「ちょっと、それは恥ずかしいからやめてよ!」

 怜奈さんが、百花の口を塞ごうとしたが、百花はそれを振り解いた。

「だから、叶えてあげたいなって思ってた。で、それが悠人だったなんてしらないからさ、この前の佐伯さんの時もそうだけど、私だけ幸せになるのってなんか嫌だし、何より怜奈ちゃんだし」

「……憐れまないでよ。そんなこと言われたら、もう諦めようって思った気持ち、どうしてくれるのよ。今日一日、脈がないってわかってそれに、他に好きな人がいるって目の前で見せつけられてさ。諦めるしかないって思ってたのに……」

 怜奈さんは僕の腕を掴んでいた。力が入って僕の皮膚に爪が食い込んでいた。

「大学入って小学校以来の異性のクラスメイトができても、私なんか見向きもされないしさ、いつかあの時の男の子と再会できたらて夢見て、だから他の男に興味ないとか自分に言い聞かせてたんだ……」

「怜奈さん……」

「失恋って辛いよ。私はそこまでじゃないけど、怜奈ちゃんの気持ち、わかるよ。私も諦めたことあるもん、私じゃ多分ダメなんだって思って、忘れようとした」

 百花は僕の方を見遣ると、僕も百花の方を見た。

「でもね、私は一生分の運を使ったんだと思う。こうやって初恋の人と勝手に家族になった。だから、私はこれ以上望めないなって。だから……」

「いいよ……確かに私は諦めることを今までしなかった。だって諦めるって無理だとか敵わないって思わないとしないもんね。でも、一つお願いしていい?」

「何?」

「明日一日、悠人君貸してくれないかな? それで私諦めがつくと思うから」

 それを聞いて百花はややあって「わかった」と頷いた。

「ちょっと待って、僕の気持ちはどうなるんだ? そりゃ、怜奈さんのこと、嫌いってわけじゃないけどさ、だからって本当にいいのか?」

「私がいいって言ってるの」

「……わかった。百花がそう言うなら、僕は明日一日は怜奈さんの彼氏になる」

 僕は真っ直ぐ怜奈さんを見つめる。

「よ、よろしくお願いします!」

 怜奈さんはぎこちなく、そう言うと頭を下げた。
 その後僕は風呂に入り、部屋に戻ると、百花はだんまりを決め込んでいた。

「自分が言い出した事だからな。どうなっても文句は言うなよ?」

 僕がそう言うと、百花は「エッチしようか?」と訊ねてきた。

「流石に今は……」

「だよね。汚すとあれだし」

 僕は布団に入ると、空いていた隙間を百花は詰めるように自分の布団をずらした。

「ただ、今日は手を繋いでいたいな……」

「なんだかんだ、寂しいのか?」

「ううん、違う。犬がするマーキングみたいなもの」

 僕は呆れて「なんだそれ」と呟いた。

「ねえ、私はどうするのが正しいんだろう……怜奈ちゃんには幸せになってもらいたいけど、その代償が自分の彼氏ってめちゃくちゃ残酷じゃない?」

 確かに、僕からすれば、親友の好きな人が百花だった場合、僕はどう立ち回るのだろうか。
 どうしても幸せになってほしい親友が、百花をくれと言ってきたら、僕は……。

「これで、怜奈ちゃんが吹っ切れるなら……私はそうした方がいいかなって思ったの」

 僕らは手を固く握りしめた。
 そして顔を近付けてキスをすると、百花は「怜奈ちゃんとはここまでだからね」と忠告をしてきた。

「流石に向こうもしようとは思ってないだろう」

 客間と反対側の部屋に居るだろう怜奈さんが、どう言うプランで明日攻めてくるのか、僕は知らないし、もしホテルに連れ込まれたらとか考えてもいない。

「奥ゆかしい子が好みの僕からすれば、昔の怜奈さんで来られたらヤバいかもな」

「地味系? 確かにそれはそれで可愛いよね。私もしよっか? 伊達メガネ掛けたりして」

「いいよそんなの。百花はそのままが一番可愛いから」

 僕はそう百花をおだてると「そんな臭いセリフを真顔で言うのカッコいいよ」と百花は笑った。

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