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【青春恋愛小説】いつかの夢の続きを(3)

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〈3〉湯浴みする女神に祈りを捧げる少女

「ちょっと、暴れないで……」

「んっ……だ、だってぇ。さっきから、変なところばっかり……あっ!」

「変態。何変な声出してるのよ」

「嘘じゃないもん。さっきからくすぐったいところばかり触ってくるし」

「仕方ないでしょ。洗ってるんだから」

美夜子の手で体の隅々まで磨かれる。
ボディーソープの香りと、美夜子の体温。
これがイヤらしい気分にならずにいられるか!
……私は、変態なのかもしれない。
シャワーで丁寧に泡を落とされて、すっきりしたところで攻守交代だ。

「じゃ、今度は私の番」

「いや。自分でするから」

「なんでよ。いいじゃん。触らせろ」

私は、変態かもしれない。
多分、裁判をすれば負ける……。

「じゃあ通報してからでいい?」

「なんでよ」

「いいから、湯船に入っときなさいよ」

「ぶー」

私は膨れながら、言われた通り湯船に浸かる。
従順なペットのようだなと思った。
シャンプーをしてもらう大型犬?
まさか美夜子には犬に見えているのか、私。

「あー、美夜子の出汁美味しい」

「もしかしてお酒でも飲んでるの?」

「飲んでないよー」

「素で変態ムーブかませるとか、私のひなちゃんを返して欲しいくらいね」

「えー、私がそのひなちゃんですよー。この世の悪は私が全て抹殺します!」

私が小学6年生の頃に出演したヒーローモノのドラマの決め台詞。
割と私が演じた役の中では人気がある役である。

「あの頃は、夢中だったから……忙しいけど、どの現場も楽しくて……」

私は泣き出してしまった。
それと比べて今はどうだ?
どうしてこうなってしまったんだろう。私がいけなかったのか?
もっとマネージャーと距離を置いていれば、あんなことも起こらなかったんではないか?
シャンプーをしている美夜子は私が泣いていることに気づいていない。
どうしてだろうか。私はこういう姿を見せれば、美夜子は直ぐに慰めてくれると勝手に期待をしていた。

「けど、辞めて後悔はしていない……向いてなかったから、私には」


美夜子はまるで壁のように無言だ。
なぜか台詞を覚える時を思い出した。
私は自分に役を刷り込んで、それを演じて台詞を喋っていた。
あれも自分だし、これも自分。
あれ、私ってなんだっけ?
じゃぽんという音で一気に息苦しくなった。
水の世界の音はとても怖かった。
いつもは優しい水もその声はおどろおどろしい。
まるで唸り声を幾重にも重ねた音が怖かった。

「陽菜!」

美夜子に掬い上げられた。
まるで夏祭りの金魚掬いの金魚のように私は苦しそうに息をしていた。

「何してるのよ!」

「……」

私は言葉が出てこなかった。自分が何をしようとしていたのか分からなかったからだ。
考え事をし過ぎていたから?
それとも、私はいなくなりたいのか?

「大丈夫? 苦しくない?」

「うん、平気」

「ほら、詰めて」

美夜子が湯船に入ると、溢れたお湯が排水口へと小さな渦を作って流れていく。
それは、心にぽっかり穴が空いて、そこに色んなものがぶつかり合って渦を作って出ていってしまう、そうまるで、今の私の気分でだった。

「逆上せたとか?」

「違う。考え事をしてた」

「考え事?」

「色々……ね」

美夜子は深くまで詮索しなかった。
それが有り難いようで、そうでないようで。
私の心にヘドロの様に溜まった負の感情を掻き出したいけど、それが叶わない。
そして溜まったヘドロの重みで私は沈んでいく。
厄介なものだな。いっその事、心なんてなければいいのに。

「また考え事?」

「え?」

「黙って少し目を伏せたら考え事をしているサイン」

「癖……かな?」

私はどうしたいのか……。
私を形作るものとは一体何だ?
この体も、紛い物であるかもしれない。
自分の思い描く、咲洲陽菜。
それは咲洲ひななのではないか?
役者としての”ひな”と、一人の人間としての”陽菜”。
今、美夜子の胸に顔を押し付けているのは、私。
私ってなんだ?

「柔らか……」

「陽菜、疲れているのね。早めにあがりましょう」

私は手を取られながら湯船を出る。
バスタオルでされるがまま体の水気を拭き取られ、ドライヤーでされるがまま髪を乾かされる。
これは、ひなの時と一緒だ。
都合の良い操り人形であるほうが楽でいい。
何も考えず、役柄と行動を与えられ、後は上手にこなすだけ。
台詞と演出、演技に忠実であればいい。

「これ飲んで」

冷蔵庫でよく冷えた瓶に入った牛乳を手渡される。
一気に飲み干すと、物凄く幸せな気分になった。
同時に、これまでの罪悪感に苛まれた。

「なんか、ごめん」

「気にしないで」

私は美夜子に抱き寄せられて、頭を撫でられる。

「何も聞かないの?」

「聞いてどうにかなる問題じゃなさそうだから……。私って冷たいでしょ?」

「ううん。こうしてくれるだけで十分」

私は子犬のように美夜子の中で丸くなる。

「私は今まで、あなたからたくさんの物をもらったから、お返しをしないといけない」

「たくさんの物?」

「それが例え台本で決められていた台詞でも、その言葉を発したのはあなたよ。それで私は何度も救われた」

「大したことしてない」

「人って思ったよりも影響力あったりなかったりするの。小さいことが多くの人に刺さったり、大きいことが意外となんの波風も立たなかったりする」

美夜子は昔、私が演じた役の台詞を完コピしてみせた。

「私も不安だった。高校に入って、隣の席に咲洲ひながいることに驚いた。どうしよう、仲良くなっていいのかなって。私、あなたと違って明るく人と話すタイプではないから」

「じゃあなんで今、こうしてるんだろうね」

「それは、好きだからじゃない?」

「そうかも」

私達はそのままベッドへ潜り込んだ。

「……私、お母さんとうまく行ってないんだ」

「それが家出の理由?」

「うん。まあ色々あるんだけど……それが原因でね」

「それってどっちが悪いとかあるの?」

「正直、ないと思う。私もお母さんも悪くない。何が悪いとかなくて、ただの……って寝てるし」

寝息を立てる美夜子に私は肩まで布団をかけてあげた。
立場逆転、今度は寝静まった美夜子の頭を私が撫でる。
なんだ、この可愛い生き物は……。
メガネを外した美夜子の可愛さは、二人だけの秘密であればいい。
弱い私も、二人だけの秘密であればいい。
演じれるはず。私は何度もそうしてきた。だから、これからも、美夜子の好きな陽菜であること。

「でも、それじゃ駄目なんだよな……」

その独り言は宙に溶けていった。
そう、それでは駄目だ。私は私であることに価値を見出してもらったんじゃないのか?
美夜子は素の私を嫌うだろうか……。
まるで私は、自分の中に化け物を飼っているような気になった。
夢現の境目あたりをさっきから何往復もしている。
考えたいけど、眠りに落ちそうになる。
美夜子の温もりに、私は癒やしを得ながら夢の世界へと落ちていった。


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