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2024年3月23日 土曜日

吉澤嘉代子の新譜『六花』を繰り返し聴く。
私は女性に恋をしたこともされたこともないけれど、友達を独り占めにしたいとか、あの娘みたいになりたいとか、そういう気持ちはわかる。
『六花』はあの当時の女の子が持つ気持ちをぎゅっと閉じ込めた映写機のようなEPだと感じた。YUKIに提供した『魔法のような』はとても好きな曲なので、セルフカバーしてくれて嬉しい。
集団行動が苦手で学校に行かず図書館に通い、本の世界で生きてた少女。夢は魔女になること。
『六花』そのものが、吉澤嘉代子の少女性を表してるような気がする。吉澤嘉代子は作家性もあるが『六花』は吉澤嘉代子の中の少女を、ていねいに大切に表したEPだと思う。

「少女性」というものがとても切ないものだと感じた私は、そういった曲を集めたプレイリストを作ったことがある。
世界で自分のことをわかってくれる人など居ないと思ってた女の子、都会に憧れる田舎暮らしの女の子、心細くても一人夜汽車に乗る女の子、心細い時に流れてきたラジオの曲、初めてのお酒や煙草やライブハウス。二度と戻れないということを知らないのは、とても残酷でエモーショナルだ。

カレーを作って昼と夜ご飯にした。昼はビールも飲んだ。高いからなかなかビール買えず発泡酒ばかり飲んでるけど、やはりビールは美味い。生ビールやクラフトビール大好き。
山椒好きに是非おすすめしたいのだが、カレーと山椒の相性抜群なので試して欲しい。

ホワイトビールは、カクテルみたいにフルーティーで軽い口あたりが好き

都市ボーイズが映画『パーフェクト・デイズ』について話してる動画を見る。

内容を何となくしか知らなかった私は、岸本さんの説明を聞きながら、これ私じゃん!と思った。
陽の光がありがたい。空気を吸えてありがたい。隣にサクラさんが居てくれてありがたい。ご飯を食べれてありがたい。風呂に入れてありがたい。何より体が動いてくれることがありがたい。だから体と対話をする。「ありがとう」を言いながら労る。
朝食を粥にし始めたのもそんな理由からだ。本当は好きなものを食べたい。でもそれでは胃腸が可哀想だ。目に見えないから気づきづらいが、内蔵も骨も血液も年中無休で働いてくれてるから、自分が好きなことが出来る。だから大切にしてあげなくてはならない。
最近は日が長くなってきて、朝5時にはうっすら明るくなる。深夜ラジオをリアルタイムで聴いていた時は、夏、ANN0が終わる頃にはすっかり明るくなっていて嬉しかった。
煙草を一服。歯磨き。明治神宮の御札に二礼二拍手一礼でご挨拶。亡くなった家族に手を合わせお茶と線香をあげ、般若心経を唱える。ストレッチからの朝粥。これがだいたいの私の朝のルーティン。
物に執着して、服や化粧品をたくさん持っていたけど、死んだら意味がないと気づいてから、ずいぶん処分した。ミニマリストの気持ち等わからなかったけど、少しわかるようになってきた。
どうして私がこのように変わって行ったか。それは何度も死の淵を見たからだ。死にかけた人はよく世界が美しく見えるようになった、と言う。
「丁寧な暮らし」というものが持て囃されるようになってから、どれくらい経つだろうか。そういう暮らしは大変だと思う。「便利」から遠ざかって暮らすことになる。しかしその分心が豊かになる。
電子レンジが壊れてから新調してない。最近ホットミルクをよく飲むけれど、もちろんチンは出来ないから鍋で温める。泡がふつふつ沸いて湯気が立ったら火を止めてカップに注ぐ。そうやって飲むホットミルクは美味しく感じる。
流行に乗って「丁寧な暮らし」を演じてる人も居る。でも本物か偽物か、見れば何となくわかる。
この間、田舎の平屋で住んでる人のインスタを見ていたら、トイレは汲み取り式だという。演じてるだけの人はこういう家に住めるだろうか。
一言で言えば「丁寧な暮らし」とは自分を気持ち良くさせる、自分を大切にする暮らしだと思う。だから別に部屋が無印良品のモデルルームみたいじゃなくても良いし、愛読書が「リンネル」や「天然生活」でなくても良い。
心から自分が気持ち良いと感じる暮らしをしていれば、友達がいなくたってお金がなくたって、人から羨ましがられる生活に見えるのは、私にとってごく自然に思える。

岸本さんは「岸パス」とか言われてるけど、サイコパスみがある人が、このような映画を観て涙を流せるだろうか。『さかなのこ』を良いと力説してる時も同じことを思った。
岸本さんは「何も起こらない映画」と言っていたが、私は結構そういう映画が好きだ。リアルだからだ。私の中で『あの夏、いちばん静かな海』などはそういう映画だ。フランス映画は結構そういう映画が多いのかなと思うけど、リアルは感じない。それは私がフランス人じゃないからではないだろうか。
『パーフェクト・デイズ』には、この間入れた刺青、パティ・スミスの音楽も出てくるらしい。縁を感じる。

今、孤独とどう向き合うか?孤独を愛せ、などという言葉や本がたくさん溢れてる。ネットに溢れてるような答えは生きてれば誰でもわかることで、薄っぺらく感じる。所詮簡単に手に入るものには恩恵がない。
「一人で抱え込まないで。家族なり友達なり同僚なり居るんだから、話してみては」などという言葉は意味がない。話せる人が周りに居ないから孤独だし寂しいのに「一人で抱え込まないで」と謳う自殺防止のコピー。意味がない。
当たり前だけど、孤独との向き合い方は人それぞれだから、自分なりの孤独との友達のなり方は自分で見つけるしかない。
例えばヘンリー・ダーガー、例えばレオン、彼らは私のヒーローだ。もし『パーフェクト・デイズ』を観たら、平山もそのうちの一人になるのかもしれない。

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