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奈良の大仏様はどう教えられてきたのか?(5)民衆を苦しめた?①ー歴史授業の進化史・古代編

もくじ
(1)はじめにーならの大仏さま
(2)天皇はいばってる?ー金沢嘉市氏の授業
(3)民衆を苦しめた?ー山下國幸氏の授業
(4)壮大な無駄?ー向山洋一氏の授業
(5)大仏よりも薬・病院?ー米山和男氏の授業
(6)オールジャパン・プロジェクトー安達弘の授業
(7)日本人と天皇と王女クラリス
(8)三島由紀夫と歴史教育

(3)民衆を苦しめた?ー山下國幸氏の授業①「なんだ、こんなもの」

 金沢嘉市氏に続いて、2人目は山下國幸氏の授業を紹介したい。山下氏は北海道で1940~72年まで小学校の教師をしていた。

 これから紹介する山下氏の授業がいつ行われたか正確にはわからないが、以下に紹介する氏の著書が1980年発行なのでそれより前の1960~70年代であることは間違いないと推測される。

 山下氏の授業を受けた子どもの感想文を見てみよう。この子どもの文章は感想文と言うよりも自作の物語である。おそらく授業のまとめとして子どもが書いたものではないかと推測される。

 待っていろ!もうすぐだ
 かあちゃん どうしているだろう。
 病気、悪化していなければいいがなあ。
 いままでずっと、米をつくってきたおれだ。
 あんな、あんな役人の青竹のむちぐらいで
 へこたれるおれか。
 国のためと思うから、
 こんなみじめな暮しはしたくない、
 大仏さまが、この世の中を
 すこしでもかえてくれるかもしれない、
 と思うから、
 真剣になって、
 いっしょうけんめいやってるのに。
 役人になんか、
 おれの気持ちがわかってたまるか。
 一歳の子どもと、妻。
 それから、
 床についてフーフーいっている
 おふくろとをのこして
 むりやりつれてこられたおれの気持ちが。
 いま、いちばんかせぐときなのに、
 いや、かせがなければならないときなのに
 ちきしょう!!
 一日もはやく、この大仏さまを完成させなければ・・・。
 待っていろよ!
 もうすこしだぞ。もうすこしでとんで帰るからな。
 ビシッ。
 「何を考えている。もたもたするなっ!」
 なんだ、こんなもの。
 ちきしょう!!
 (山下國幸編著『小学校社会科のカギ六年』岩崎書店 137ページ)


 小学生が書いたとは思えないドラマチックな物語になっていることに驚くが、私は一読して暗い気持ちになった。これを書いた子どもはすでに大人になっているはずだが、今も奈良の大仏を憎んでいるのでないか?と危惧するからである。

 わが国が世界に誇る宗教文化財であり、二度にわたる焼失も乗り越えてご先祖たちが甦らせた世界一の鋳造物を誇るどころか憎しみの対象としているとしたらこんなに悲しいことはない。

 加古氏の言う「そこにはさまざまな人たちの願いや思いや努力や知恵や汗や涙があったこと」を伝えることこそが歴史教育の役割のはずだ。ところがこの授業では子どもに「なんだこんなもの。ちきしょう!!」と大仏を罵倒させているのである。これが自国の歴史教育と言えるのだろうか

 では、どうしてこのような結末になるのか?授業の展開を見てみよう。山下氏は「奈良のみやこ」というタイトルで授業を三時間で扱っている。しかし、前掲書には「学習過程」「指導上の留意点」は二回分しか掲載されていない。あくまで推測だが二回目が二時間分なのか、または三時間目は子どもの作品づくりの時間にあてているのかもしれない。以下、前掲書より山下氏の示している「学習過程」を要点のみ紹介する。(135~137ページ)


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