柏木むつき

公立中学校の養護教諭(保健室の先生)として5年間勤務した経験から、養護教諭自身(と学校そのもの)の持つ「枠」を問い直したく東京大学大学院教育学研究科に進学。現在博士課程在籍。2016年12月「自分のままで“養護教諭”になる」をコンセプトに「YOUKYOUカフェ」を立ち上げる。

柏木むつき

公立中学校の養護教諭(保健室の先生)として5年間勤務した経験から、養護教諭自身(と学校そのもの)の持つ「枠」を問い直したく東京大学大学院教育学研究科に進学。現在博士課程在籍。2016年12月「自分のままで“養護教諭”になる」をコンセプトに「YOUKYOUカフェ」を立ち上げる。

    最近の記事

    「枠」の中を中から問う~学校と保健室と養護教諭と~

    あらためて「保健室」という場所を問う「保健室は学校のオアシス」 noteでも以前触れたことがあるこの言葉。 この言葉は時に養護教諭を叱咤激励し、時に養護教諭を悩ませてきた。 同時に、この言葉は「学校」という場を長年にわたって不変のものとしてきた言葉でもあるだろう。 それはなぜか。 「オアシス」であるために養護教諭が守り続けたものが、 学校をいつまでも「砂漠」のままにしてしまっていたから。 私はそう考えている。 もちろんそれは決して養護教諭の「悪意」でも何でもな

      • シンプルすぎて忘れがちな大切なこと。~座右の銘と詩と本と~

        「人生で一番大切なことは、一番大切なことを、一番大切にすること」 以前読んだ、フリーランス産婦人科医の平林さんの本。 そこで紹介されていた座右の銘が、見出しにもある言葉。 「人生で一番大切なことは、一番大切なことを、一番大切にすること」 最初目にした時、当たり前なことを書かれ過ぎてスルーしてしまいそうになった。 そして、言葉遊びのようなこの言葉を何度も何度も読み返した。 「私は、一番大切なことを一番大切にできているだろうか?」 その問いに対して「YES」と言い切

        • 『蜜蜂と遠雷』から考える「好き」の共鳴

          きっと「好き」ってこういうこと。先日、ずっと観たかった『蜜蜂と遠雷』を観に行った。 26日までの上映スケジュールだったそうで、ギリギリセーフ。 元々、原作のファン。 三浦大知さんを尊敬している私は、 彼の歌う『蜜蜂と遠雷』コンサートにも足繁く通った (元々オーケストラ経験者の私。 千住明さんとオーケストラをバックに大好きな歌手が歌うなんて… 贅沢すぎるではないか!!)。 とはいえ、何より『蜜蜂と遠雷』の世界観が好きすぎて、 原作は私の出会った本の中で5本の指

          • 作り手と買い手の「想い」のプラットフォームを創りたい~YOUKYOUマルシェ~

            私が運営しているYOUKYOUマルシェ。 そのコンセプトは、 「人」がみえる。 「温もり」がつたわる。 「想い」がつながる。 である。 作り手の「想い」にスポットを当て、 作り手と買い手の「想い」が交錯する場所を目指している。 「人」がみえる。~モノに込められた「人生」~養護教諭を辞め、大学院に進学し、 YOUKYOUカフェを立ち上げていく過程において、 私は沢山の「想い」を持った人に出会った。 それまで、家と学校の往復だった私にとって、 様々な肩

            「専門性」の境界線。

            こちらのブログでも書いていることを、noteでもう少し詳しく書いてみたいと思う。 「養護教諭の専門性」って?「養護教諭の専門性」。 「養護教諭の「養護」とは何か」。 業界にいれば何度も聞くこの言葉。 実際、勤務していた時の研究会のテーマはこのようなものが多かった。 大学院に入ってある程度理解できたことは、 養護教諭の「養護」の内実を問う研究は、 いまだに「これ」といった正解(というもの)はないということ (研究者の中にはきっと色々と考えるところはあると思うが)

            生きることに貪欲で在りたい理由。

            「二十歳まで生きられない」私は、二十歳まで生きられないと言われていた人間だ。 生まれて間もない時から、 原因不明の体調不良で、いつも嘔吐と下痢をくり返してきたという。 町医者では「風邪」「胃腸炎」と言われ続け、 都会の大病院を転々として病名が分かったのは3歳の頃。 当時、症例も少なく、また手術の成功例も少なかった難病。 「症例として貴重なので」 と私に"会いたい"医師は多かったそうだ。 「手術の成功確率は20%」 と医師に言われた母親は、夏の線香花火を見なが

            学校が「オアシス」であるために。~保健室の〈あいだ〉をデザインする~

            「保健室って学校のオアシスだよね」養護教諭だった一年目の私は、この言葉にとても喜んだ。 それは養護教諭としての私が存在していることを 肯定してくれる(ように聞こえる)言葉だったから。 「保健室って暇だもんね」 「担任を持たないって楽で良いよね」 「養護教諭って大変じゃない?」 「保健室が閉まっていると困るんだよね…」 「養護教諭なんだからもっと優しく接してあげて」 「養護教諭のくせに出しゃばらないで」 「担任じゃないのに口出ししないで」 「健康診断、めんど