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感想 女のいない男たち   村上春樹 映画ドライブ・マイカーの原作の短編集です。「女の不在」がモチーフの秀作。

映画ドライブ・マイカーの原作の短編集です。
映画を先に見て、原作を読みましたが、まったく問題ありませんでした。

短編6つが収録されていて、映画に関係するのは3作品です。
表題作の「ドライブ・マイカー」は映画の骨格になる話し。
原作に、黄色のサープ900コンパーティブル が出てきて、思わず「これや」と声が出てしまいました。




映画では赤でした。





主人公の家福は目が悪く、ドライバーを探していた。でも、女性のドライバーに少し偏見があります。
この微妙な感じを村上さんらしい、ちょっと嫌味な感じで表現しているのが面白い。
このシーンは原作だけです。テストの場面。

「今のところ履歴書までは必要ない。マニュアルシフトは運転できるよね」
「マニュアルシフトは好きです」と彼女は冷ややかな声で言った。まるで筋金入りの菜食主義者がレタスは食べられるかと質問されたときのように。


だんだん、二人は打ち解けてきて、家福は妻が浮気を繰り返していたことを語る。
死んだ妻が理解できないと嘆く。
ドライバーが、そんな家福に吐くセリフがいい

どれだけ理解しあっている相手であれ、どれだけ愛している相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。そんなことを求めても、自分が辛くなるだけです。


理解できないから、相手を知りたいと思う。それが男女の吸引力のような気がする。全部わかっていたら、何も楽しくないですよ。

 映画繋がりで「シェエラザード」 という短編を見てみる。
これはsexをしている間に物語が生まれる。それを語る女の話しだ。
原典は、「千一夜物語」の語り手の姫の名。若い娘を召しては殺害する暴逆な王に、一夜一夜面白い話をすることで王を翻意させ、ついには妃となるという話しです。

 彼女の語る話しはこうだ。

 好きな男子ができ、その子のストーカーみたいになる。勝手に家に忍び込んで彼の部屋に入り込むのだ。
 映画では、家福の奥さんが作った話しになっていた。
 原作では、洗濯前の彼のシャツを持ち帰ってしまい。それがバレて犯行は終わりという話しだが、映画では、彼女は彼の部屋で自慰行為を行い、そこに強盗が押し入りレイプされそうになり、強盗を殺し死体をそのままにして逃げるということになる。しかし、事件は発生しなかったことになっていて、家に防犯カメラが設置されていて、そこに彼女はわざと写り込んで、「私が犯人よ・・・」みたいなインパクトのあるシーンに変更されている。

原作の言いたいことは、この話しを創作し話す女とは偶然の出会いであり、いつ関係が消滅するかわからない関係なのです。
「女の不在」=物語を聞けなくなる。
つまり、彼にとっての楽しみが消えることを意味する。
人間の関係性は一期一会。
明日にはどうなるのかわかんないのですよ。

「木野」という話しも映画に関係している。
妻が浮気相手とSEXしているところを見てしまった話し。
これは映画にもあったシーンだ。

原作では、離婚し主人公はBARを開き
そこで楽しくやっている。

映画では、このシーンが重大である。
そこから、死んだ妻は何を考えていたのかという
思考の旅に出る話しへと飛躍していくからだ。

しかし、原作はそうではない。
後半、変な展開になるのだが・・・
たぶん、その原因は

おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかったんだ


これは現代病とも言われている。
感情をごまかす、棚上げする、逸らす。
正面から向き合わない。見ない。スルーする。

楽しげに店を経営しているようでも、知らぬ間に破綻している何かがあったのだと思う。
そして、それは映画の中のモチーフにも繋がっていく

妻が浮気を始めたのは、子供が死んでから
夫は、それをなるべくなかったかのように扱い
何もなかったかのように暮らそうとした
妻の浮気を見た直後だって、映画ではスルーする方向で動いている

妻は自殺した。心筋梗塞だから、そうじゃないかもしれん。でも、自殺にしか思えない。
その動機は、何かを主人公は探るのだが
僕は、それは夫が傷つく場面で傷つかない
だから、妻もできない。寂しさを埋める為の浮気をした。
浮気がバレても夫は知らぬふり・・・。
そこらへんが関係していると推測している。
つまり、嫌なことから逃げる=妻から逃げる。
自分は愛されていない、そう妻は感じたのかもしれない。

感情と向き合うとは大変なことだ。
だから、たいていの人はしない。
わざと忙しくして忘れようとする。時間がたてば薄まることを知っているからだ。
しかし、本当に傷ついている人は忘れられられない。
だから、悲劇的な結末になるのかもしれない。

映画とは関係ないが「イエスタディ」という短編が好きだ。
友達に自分の恋人と付き合ってくれと頼まれる話し
その恋人は、そんな彼について悩んでいて、他の男とも付き合っていて
何か複雑な関係に、そして、彼は去っていくという話し・・・

ここに名言があった。
この言葉が好きだ。

「僕らはみんな終わりのない回り道をしているんだ」。


なるほどと思った。
僕たちは、とても不器用に遠回りばかりして生きている。
それを村上さんは、この物語で表現していると思う。

映画と原作を比較する企画です。



2022  4 17



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