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書評 パライゾ  阿川 せんり 最強のディストピア設定なのに、調理の仕方が今いちで残念。面白さは保証する。

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PARAISOとは、キリシタン用語で、天国、楽園、パラダイスという意味だそうですが、この作品は誰にとっての楽園なのだろう。

ある日、突然、周囲の人間が黒いぷよぷよの鳥のような塊になる。
人の形をして生き残ったのは、人を殺したことのある人間のみ。
そういうディストピア小説だ。
計10話という構成になっていて、1話に出てくる拳銃を持ったjoker的な役割の少女が適当に物語全体をかき混ぜてくれて、いい味わいを出している。
各話、微妙に繋がっていて、それも物語の魅力なのだが、10話も作らなくてもいいだろと正直感じた。というのも退屈などうでもいい話しも中には紛れていて、それは、かつてどこかで聞きかじったようなモチーフであったりする。もっと変化球で出してくれば、少しはひっかかりもあったと思うが、直球勝負できたので新鮮味もなく、どうせなら同時進行で全話の登場人物のエピソードを1話にまとめるとかしたら退屈せずにすんだのにと思いました。
最強のディストピア設定だけに残念です。

作者の阿川さんの作品は 『厭世マニュアル』以来久しぶりでした。雰囲気がかなり違っていてびっくりです。これは良いサプライズです。

足を一歩踏み出そうとした瞬間、周囲を歩いていた人たちがぐすぐずになった。
彼はゆっくりと首をまわしてあたりを見た。主を失って床に落ちた服や靴の数々、そして、その上でぴちぴちと跳ねている鳥のような形の黒い塊・・・一瞬にして人間がぐちゃぐちゃにねじれ、圧縮され、奇妙に艶めく黒い塊となった姿。
こういう世界観の中で人殺したちは右往左往する。
いわば人殺し図鑑だ。

人類滅亡?。人殺しだけが生き残っている?。
この世界観は、混沌としていて世紀末を暗示している。


いくら世界が広くても、調子に乗って人間を増やし過ぎなのではないか。
とネットで知り合った人の両親を殺して上京してきた少女は、世界がこんな風に変化した理由について仮説を述べる。

この少女に殺人を依頼してきた女性の妹は超能力少女で新興宗教の教祖だった。
この女性は、そんな妹を殺す。
彼女は、神の子である妹を殺した罰だと考える。

もちろん、物語の中で、どうして、こんな世界になったのかの理由は説明されない。
ただ、犯罪者のみが生き残っていると説明されるのみである。

殺人1つをとっても、色んなバリエーションがある。
仕方なく殺す。追いつめられて殺す。楽しんで殺す。

ほとんどの人間は「殺したい」などと思っていない。
だから「殺したい」と本気で考え、本当に実行する人間は、普通の人間とは決定的に違う。

joker的な存在の拳銃を持った女と、「広い世界」というタイトルの短編の主人公である殺したい少女は、この範疇に入るのだが、物語全体の中でも特異な存在に思えた。故に、魅力で二人が登場してくると物語から腐臭が漂いストーリーが迷宮ように複雑になり面白さが増す。

本書では、殺人者をずらっと羅列しているだけで、つっこんだ考察などは特別にないのだが、人を殺した瞬間、苦しいと感じるのか、後悔するのか、楽しいもっとやりたいと思うのかは、すごく違うと思う。
殺人をしても、日常生活の中で忘れている人もいる。
それは絶望的な悲しみに打ちひしがれていた状態が永遠に継続しないのと同義である。

この人殺ししかいない世界を心地良いと考えるものと、驚愕する者がいるのもおもしろい。


何でもいいじゃないスか。もはや誰も、あたしらを咎める人間はいない。人間がいなくなった世界でやりたい放題、サイコーじゃないっスか

と喜ぶのは拳銃を持った女性。

彼女と接触した元受刑者は、生き残ったことを罰。つまり、取り残されたと考える。

複数の物語で、1つの設定を描くことにより、生きるとは何か、殺すことを、人はどのようにとらえるのか。そういう問いかけをしているように思えた。


2020 6/23

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