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書評 青春ノ帝国 石川宏千花  こういうの大好きだ。中学生の繊細な少女の感覚が見事に表現されていた。

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主人公は中学生の少女。
彼女は学校も自分も何もかも大嫌いだ。
その上、目に問題のある弟の化学塾への送迎までしなくてはならない。

どうして、そこまでイライラし腹をたてているのか
何もかも他人のせいにして、何て自己中心的な・・・
と思いながら読んでいると、少しずつ、彼女の想いが自分に溶け込んできて
気がつくと切ない気持ちが伝染してきて感情移入していた。


ああ、ここは地獄だ。
いつ終わるの?。
いつ出られるの?。
どうして私たちはこんなに、地獄に落ちやすいの?

勉強机につっぷしたまま、わたしはわたしだけの地獄をさまよいつづける。
目立たない地味な子供だという他人からの認知が気にいらない。
何の取り柄もない自分が気にいらない。
クラスで一番の地味な読書好きの友達しかいないのが気にいらない。

ようするに自意識過剰。

かなり自分勝手な子なのである。
例えば、弟が暴れて助手の百瀬さんが塾で火傷した時・・・

彼女の傷のことを全く考えず、両親が賠償を負わされるのではなんて考えている。
怯えている弟や、そんな彼を先生たちが「大丈夫」だと言っている姿も目に入ってこないのだ。

英語のスピーチが得意で、少しネイティブっぽい発音をするとクラス皆に笑われて、もうおしまいだと絶望したり
クラスの人気者と同じ髪型になってしまったことで学校を休み、クラスメートに「まねをしてる」と非難されて絶望したり
どうして、そんなことが地獄なのか、私にはこの少女の気持ちは理解できない。

大切なのは、親友の事なのだ。
地味で、本好きな子。私には、こんな友達しか…、そんな気持ちで付き合っていた。だから、「この本を読んで・・・」と本を渡されたのにスルーする。その友達の気持ちを無視する。

イライラした彼女は、親友にこんなことを言ってしまう。

「読んでない。っていうか。多分、読まないよ、あの本」

親友は絶望する。そして言う。


ここがこの物語で一番好きなところ。大切なところだと思う。

「あなたは最低な人だと思う。人から馬鹿にされることには敏感で臆病なくせに、人を馬鹿にするのは平気なのね」

ドキッとした。
ああ、これは私のことだ。
この少女が自分と重なった。誰にでもある部分なのだが、それに誰も気づいてはいない。
その部分を親友は指摘してくれたのだ。

人間の中にある小狡さ。エゴイズム。自分本位な感情。
夏目漱石があの膨大な作品群の中で書こうとしたモチーフがここにもあった。


こんな地味な人としか友達になれないなんて、とか、私と峯田さんなら見た目はまだわたしのほうがマシかな、とか、そういうすすけた思いのすべてを、峯田さんは知ってしまったんだ。

自分の中の穢れた感情に彼女は気づくのだった。

そんな彼女が、自分を解放できる場所。
そこが弟の通っていた化学塾で、そこには初恋の人がいて、その人の叔父さんの先生がいて
百瀬さんという優しい助手がいて
彼女は、そこで大人たちが抱え込んでいた傷と向き合い
少しずつ成長していき
最後は、親友とも仲直りするという物語だ。

本当は、学校よりも塾のエピソードが中心なのだが・・・
これらをネタばれさせると、何かこの物語を読むのに支障がある気がする。
そこに面白みが凝縮されているから
あえて書かないということにしておきます。

ラストシーンが少し気にいらないが、それでも、これは良い作品。
是非、読んでいただきたい物語です。
この物語を読んで、もう一度中学生を再体験するのもおもしろいと思ってしまった。

2020 8/29







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