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「いいこと」なのか「悪いこと」なのかは、「どこの時点で見るか」で変わってくる

今日はこの記事の続き。

めちゃくちゃ奇跡のマッチングで出会った(と思っていた)2社目は、「自分の本当にやりたいことを見つけよう!」と思って入社したのですが、それなりに凸凹なできごとがたくさんあって、書いているうちにむしろ1社目よりどん底を這っていた時期があったことを思い出しました…

そして、書いててだんだんわかってきたのは、誰かのために書いているようで、結局は自分のために書いていたのかもしれないってこと。なんだか、そのときの自分を見つめて、受け入れて、認めるための作業みたいでした。


居場所が変われば、ゲームのルールも自分の価値も変わる

2社目に入社して、まずびっくりしたのは朝礼がなかったこと。

新卒で入った会社は、朝からみんなでお掃除して、朝礼で企業理念を唱和して、偉い人たちの話を聞いて、チーム朝礼やって、やっと業務開始というのがルーティーンだったのです(今思えばめっちゃ昭和…)。

だから「執務室で自分のPC立ち上げたら、そのまま個々に業務開始」っていうのがどうしても慣れなくて、3ヶ月くらいは違和感を感じていました(なんていうか、ぬるっと朝がはじまるからはっきり目が覚めない感じ)。

少し経ってからやっと、「居場所が変わればルールが変わって当然なんだ!」と気づくのです。さらには違う場所を経験したことで、前の会社のこともより鮮明に見えるようになった。これは転職して良かったことの一つでした。

会社が変われば一つひとつの価値判断が全然違うんです。例えば…

●新しいことへのチャレンジをどう考える?
【H】チャレンジしない人間には成長はない
【B】新しいことは、時間をかけて慎重にやるべき

●数字をどう捉える?
【H】目標達成してないときはとにかく肩身が狭い(死ぬ気でリカバリ)
【B】目標達成してなくても、それまでのプロセスに着目して評価される

●風通しの良さってどういうこと?
【H】すぐ近くに部長や本部長がいるので緊張感はあるけれど、予想もしない抜擢がよく起きる。情報がすぐ手に入る。大きめの企画が一瞬で決まる
【B】偉い人たちも基本めちゃくちゃ優しい。すべてのことが段階を踏むので、一つの企画を進めるのにそれなりに時間がかかる。情報統制はある

どっちがいいとかではないです。自分に合うのはどういうスタイル?っていうことだけで、でもそれによって評価は変わってくるよっていう話です。

だから、「今の場所でうまく行ってない気がする」「どこか違和感がある」「なんか思ってるより評価されない」っていう人は、ただ居場所が違うっていうパターンもあると思うので、合わないなら一度変えてみてもいいんじゃない?って思います。誰かが言っていたけれど、会社で出世していく人は「その場所がその人にあっている」という要素が一番大きいんだそう。

でもどちらの会社も、人はすっごくよかったです。タイプが違うだけ。

旅行会社の人はやっぱりパワフルだったし、休みはみんな旅に行くから、お土産話もめちゃくちゃ面白い。「行きたい」⇄「行く」の転換がとにかくみんな早くて、アクティブな人が多かったです(その分血の気も多かったw)。

教育会社の人は真面目な人が多くて、お給料もある程度もらえているからなのか、とにかく穏やかな職場でした。人の悪口とかまったく言わないし、誰かを蹴落すとかもなく、本当に優しい人が多かったです。

大人になったら仕事をする時間が占める割合がどうしても大きくなってしまうからこそ、「自分が一緒にいたい人」「そうなりたいと思える人」がいる職場を選ぶことがけっこう大事だよなって思っています。

マイナスを経験することは、いつかきっと自分の糧になる

入社して1年くらい経ったころ。2年半くらいかかった歯科矯正が終わって、コンプレックスだったホクロをとって、少しずつ貯金もできてきて。ある程度仕事にも慣れてきて、ほぼ定時でも帰れちゃう状況で、なんとなく婚活をはじめたんです。

「30過ぎて結婚してないなんて人間として欠けてる」っていう偏見がじわじわ近寄ってきて、周りもどんどん結婚してお母さんになったりして、自分の立ち位置がわかんなくなっちゃう感じもあった気がします。

そのときわたしは半年くらい相談所で活動したけれど、「旅行好きっていうと金遣いが荒いイメージなので辞めてください」と言われたり、つくられたプロフィールは自分らしさのかけらもなくて、逆に自分迷子になっていきました…

加えて、毎週毎週「ジャッジする」「ジャッジされる」が繰り返されることがめちゃくちゃしんどかったんですよね。好きじゃない人に会い続けていると、なぜか自分のこともめちゃくちゃ嫌いになっちゃう。もはや、「好きってどういう感じだっけ…」「どうやって今まで誰かのこと好きになってたんだっけ」ってなってた気がします。

そのうち、このままいったら本当にダメな人間になっちゃうな……もう無理だ!って思って相談所はやめました。


同じ頃、もう一つびっくりな事件が起きて。今でも大好きな「アルケミスト」という本があるのですが、それをモチーフにして、モロッコ〜スペイン旅行に行ったのです。そうしたら、まさかのリュックごと盗まれました…

バルセロナのホテルから出てすぐの道で、突然上から「べちゃっ」としたものが降ってきて、肩からリュックを下ろして同行者にヘルプしてたら、そのまま横からひったくられるという…。モロッコから飛行機で移動した後だったから、パスポートから免許証から、クレジットカード、キャッシュカード、会社携帯、化粧ポーチ、家の鍵まで全部なくなっちゃったんです。

一緒に行っていたのは旅行会社時代の先輩だったから、2人とも旅慣れているはずなのにその場では対応できなかったんですよね…でも、保険会社に電話して、カード類止めて、警察行って、大使館行ってという流れはわかっているからめっちゃその後の対応は冷静でした(ちゃんと数時間後には、サグラダ・ファミリアに観光しに行っていた。笑)

そして、たまたまスーツケースに残っていた保険証のコピー(相談所に提出する予定だったやつw)だけが、「わたしがわたしであることを証明できるもの」になって、奇跡的に予定通り帰国できたのです。すべてのIDがなくなったら、自分が自分だって証明できなくなるんですよね。実際に経験するまで知らなかったけれど、それってめっちゃ怖いなって思いました。

衝撃的すぎる経験だったけれど、実は「アルケミスト」の主人公も旅先で全財産なくしているんです。後からそのことに気づいて、「あぁこれはわたしも同じ物語を辿ってしまったな…」って思いました。なんとか成田空港に着いて、先輩に1万円だけ借りて、一番早く届いたクレジットカードで実家に帰って生き延びられたのですが、たまたま保険入ってたのも救いでした。


人間ってどん底まで落ちたら、次は這い上がるしかないんですね。

そういう病み期を経て、「やっぱり自分が好きじゃない自分のことなんて誰も好きになってくれないはず」ってふと思って。だとしたら「せめてこの1年は自分の好きなことやろう!」って決めて、いろんなイベントに参加したり、行きたかった場所に行ったり、会いたかった人に会いに行きました。

そうするうちに少しずつ自分らしさが戻ってきて、もう一度自分の人生が動きはじめました。

「教育」や「学び」ってそもそもどういうこと???

ルールや社風の違いに馴染んできたころ、もう一つ仕事を通して気づいたことは、「高学歴の人ほど新しいことにチャレンジしづらくなるのかも?」ということ。とにかくリスクに関する想定質問が多くて、予測不能な新しいことに手を出すよりは、今すでにあるシステムの中で上手く生きることを望みがちに見えました。

たしかに今すでに手にしているものが多いほど、手放すのって怖くなるんですよね。あと、上に書いた出世理論と一緒で、「高学歴=今の教育システムに馴染める人」という図式が成り立つのかも、とも思いました。

1社目は高卒・短大卒の人たちも全然いたけれど、みんなどんどん新しいことをやるし、挑戦していく人たちだったんです。旅好きな人が多いからかフットワークが軽くて、自分のコンフォートゾーンを出ていく楽しさを知っている感じ。もちろんそれだけではないかもしれないけれど、「ある程度の鈍感力」とか「いい意味でバカになれる力」って必要なんだと思います。


もう一つ、改めて湧いてきたのは「教育ってなんなんだろう…?」という問い。

実際に学校で働いている先生は、本当に素敵な人たちがたくさんいて、夢とか志を持って現場をめざした人たちが多い印象だったけれど、そういう先生ほど病んでしまったりするんですよね。そういう心を蝕む要因はどこからくるんだろう?って。

そもそも今の教育システム自体が150年前につくられたものなので、学校で働く先生たちだけじゃなくて、未来を生きる子どもたちにとってももう適応できていないんですよね。一方向のみの情報伝達や、記憶力重視の学びはもうあまり重要ではないはずだし、未来が予測できない多様性の時代に「みんなが共通で学ぶべきスキル」を掲げること自体に無理があるのかもなって。

だとしたら、「学びを通して自分を見出すこと」に時間を割く方がずっと有用なんじゃない??って思いはじめました。

色々な人やものに出会って、違いを知って、自分を知ることが本当の学び

そういう教育について考えられるきっかけがたくさんあったのが、教育会社に所属しているいいところで。

入社直後は、主に中高生向けの短期留学プログラムや、海外の大学進学をめざす高校生の手続き支援などをしていたのですが、そのときに学んだのは、今の子どもたちっていろんな難しさを抱えているんだなってこと。不登校が増えているだけじゃなくて、うつ病とかADHDとか自閉症とか、両親との関係とか。自分はまだ親になったことがなかったから、そういう現実をはじめて知りました。

そういう子どもたちを見ていて、わたしたちにできることってなんなんだろうって思って。もし「留学」という経験が与えられるギフトがあるとしたら、楽しい思い出よりも、その経験を通して「自分の世界がちょっと広がること」なんじゃないかなって思っていました。

たぶん、中高生の留学って、英語を身につけることが一番の目的じゃなくて、もっと大切なことに気づけることが、一つの価値だと思うのです。

今自分のいる場所だけが、自分の世界のすべてじゃないと知ること。
自分の可能性や未来の選択肢は、自分が思っているよりたくさんあると気づくこと。

外に出てみれば、最初は「違い」に戸惑うかもしれないけれど、そういう周りとの「違い」の中にあなたの価値が隠れているってこと。


とは言え、日本人は自分のことを話すこと自体がすごく苦手なんですよね。だから本当は、自分のことを知って、伝えていく練習が必要なんじゃないかなって思うのです。言語を上手く操れることよりもずっとずっと大切なのは、「伝えたい」という気持ちや「伝えたいこと」が自分の中にどれだけあるかということ。そして、相手のことや知らない世界をもっと知りたいと思う気持ちがどれだけあるかだと思います。


その後少しして、偶然にも直島事業部からコラボの話がやってくるんです。で、留学事業部が日本でできることってなんだろうね?ってみんなで考えた結果、海外にいく前の一つのステップとして、「グローバルキャンプ」をつくることになりました。

海外留学ってみんな簡単にいけるわけじゃないから、日本でもグローバルな価値観に触れられる機会があったらいいよね。

そこから海外留学したい子どもたちが増えて、世界に羽ばたく未来が描いてもらえたら素敵じゃない??

ということで、トビタテ!留学JAPANの先輩や、海外の大学に進学した先輩たちに手伝ってもらって、一緒に企画をつくりました。

まったく知らない大人が語るより、ちょっと先を歩く先輩が自分の経験を語ってくれるほうがずっとずっと魅力的だし、響くだろうなって。大学生の人たちにとってもインターン経験になるし、いろんな形で未来が広がる機会になったらいいなぁって思っていました。


そして、実際に企画をつくるために直島事業部や福武財団の人たちと話していくなかで、「アートがその人の持っている何かを引き出してくれる」とか、「アートが人生を見つめる触媒になってくれる」ということを、わたし自身が身をもって知っていくのです。

直島のアートをどう使えば、自分の可能性に気づいてもらえるんだろう?
この数日間を通して、その先にどういう未来を描いてもらえるだろう?

「直島のアートがなぜそこに置かれているのか」という物語を知って、「そこに中学生たちが来たらどんな化学反応が起きるだろう?」という未来を考えるのは、わたしにとってめちゃくちゃ楽しい時間でした。


そして2020年春…
満席で開催予定だったこのプログラムは、コロナの影響をもろに受けて開催中止になってしまい、実現できずでした…。学校閉鎖とか外出自粛のお願いが出される中で、リスク重視の会社でもちろん実施できるはずもなく、この企画はお蔵入りになってしまったのです(その後事業は縮小になってしまって、わたし自身も部署異動になったので、2回目をやれる人がいなかった)。

そのときはただ悲しかったし、自分の無力さが悔しくて仕方なくて。

けれど、そういう悲しみに浸りきった後に、「あぁ、わたしってこういうことを企画してることが好きだったんだ」ていう自分のなかにあった小さな希望のようなものに気づいたのです。

そして、「今度は、これを自分の力でできる人になろう」と思い、もう一度自分の足で歩き始めることにしたのでした。

コロナ禍だからできたこと。できなかったからこそ、生まれたもの

コロナで色々大変なことはあったけれど、わたしにとってはコロナ禍で仕事がフルリモートになったことで、通勤の時間がなくなって、化粧する時間も会社に行く服を考える時間もほぼ要らなくなって、飲み会も減って、シンプルに自分の時間が増えたんですよね。同時にオンラインの選択肢が増えて、できることが増えた時期でもありました。

そんな中、「あのキャンプをもう1回やるなら、どういうことを身につけておけばいいのだろう?」と考えた結果、シンプルに「アートに関する知識」と「場づくりの経験」を身につけようと思い、色々講座に申し込んでみました。


このときっていろんなことが自粛自粛で、ある意味「人間らしさ」が否定される生活だったと思うのです。それを見ていて、これは絶対いつか反動が来るはずだから、そのときにみんなが参加したくなるような場所をつくろうって思っていました。

コロナって、実はいろんなことを考えるきっかけにもなっていた気がして。

「行きたい場所には、行けるときに行ったほうがいい」とか、
「リスクがあっても会いたい人は誰なのか」とか、
「不要不急の範囲ってどう捉える?」とか、
「オンラインの想像以上の可能性」とか、
「やっぱりリアルで会えるっていいよね」ってこととか。

やっぱり体験してみないとわからないというか、その場になってみないと気づかないことって、たくさんあるのだと思います。


そんななか、友人の紹介でCompath(北海道にあるフォルケホイスコーレ)にいくことに。これもフルリモートじゃなきゃ絶対に参加できなかったです。

もともと、その場所が持っている空気感とかエネルギーを使いたいと思っていたし、自分を表現したり対話するような機会をつくりたいなって思い始めていいたのもあって、話を聞いた瞬間に「わたしこれ行かなきゃ!」って思いました。

実際に行ってみたワーケーションコースは、そのときのわたしに本当に必要な体験ばかりで。ちょっと復活して、新しいことを詰め込みまくっていっぱいいっぱいになっていた自分をゆるめられたのと、デンマークには国としてそういう価値観を育む土壌があるらしいと教えてもらえたことが、次の転機につながっていきました。

仕事を気持ちよく辞めることは、きっとできる

そうやっていろんなアップダウンを繰り返しているうちに、次にやりたいことがなんとなくわかってきたのです。

旅とアートがわたしに教えてくれたように、「違い」に出会うことで、自分を見つけていくことができるのかもしれない。

素直な自分を表現できて、心からの対話ができるような場所を、わたしがつくっていけばいいのかも。

そう気づいたら、この会社でやり残したことは全部やって、次にいこうって思えたのです。会社では、フリーランスの実験企画とか、大学生のモニター企画とか、デザイナー向けコミュニティとかいろんなことにチャレンジしてみました。プライベートでは、芸大の大学院と東京都美術館のアートコミュニケーターに応募したのですが、なんとまさかの両方落ちて、

こっちの道じゃないのかも?
そしたらデンマーク行けちゃうのでは??
どうせいくなら、長く行きたい!

ってことで、1ヶ月後の面談で「この夏で辞めます」って伝えました。その前に謎のやる気出してたこともあって、上司は「えっ?!?!#▲○%&×」って感じでしたが…(ごめんなさいw)。

退職宣言をした翌日、意外と時間がないと気づき、デンマークに行く方法を探しはじめたら、なぜか情報を持っている人たちに連続で出会って、学校を紹介してもらって、気づけば7月にはデンマークに渡航していました。

というわけで、話があっちこっち行ってしまったけれど…

結局、いいこととか悪いことって、どこの時点で見るかで変わってくるんだと思います。わたしは婚活での自分迷子とスペインでのひったくり事件と事業部縮小とコロナでめちゃくちゃ凹んだけれど、その結果、もう一度自分らしく生きようって思えて、自分のやりたいことがわかって、新しい道ができてきたんです。

そういう経験を通して、今はいろんなことがあっても大丈夫だって思えるようになってきたような気がします。

ものごとにはいい悪いがないとしたら、すべては起きてきたことをわたしがどう見ていくかだけ。だとしたら、「幸せに生きられるものの見方を身につければいいんだ!」って気づいて、また歩き始めました。

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