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Return to Sender vol.5 | Viola

第5弾となりました「Return to Sender」

今月は石本藤雄さんが1976年にマリメッコから発売された《ヴィオラ》(Viola/スミレ)というタイトルのテキスタイルについて、ミズモトアキラさんに執筆して頂いています。ヴィオラの花言葉から、ノーベル賞作家の小説、クローン、命の交換、天然美とリ・デザイン、、の展開は流石。

後半には「あとがき」として(あとがきとしては毎度長めですが...)黒川がテキスタイルについて解説をしています。先日、石本さんにも直接インタビューして情報を確認した上で書いたそうです。

スタッフとしては、石本さんも帰国されましたので「Return to Sender」も年末特別編としてリアルイベントを企画できればいいなと考えています。では、どうぞ。

Viola

Text by Akira Mizumoto

ちょうど2年前の今ごろ、愛媛県美術館で開催された「石本藤雄展 マリメッコの花から陶の実へ」を見に行った時、最も印象に残った作品が、この「Viola(ヴィオラ)」でした。

厳密に言えば、石本さんがさまざまなテクスタイルを構想するにあたって、トレーシングペーパーにサインペンで手描きされたスケッチを何枚も貼り合わせたものが展示されていて、その中に「Viola」に関するスケッチも含まれていて、その線や色彩がとても心に残ったのです。*1

*1 もっとつぶさに見たかったのに、映像がプロジェクションされている、いちばん薄暗い部屋に展示されていたのがやや残念でしたが……。

Violaは外来種のスミレ……いわゆるパンジーのことです。

昔は大輪の花が咲いたものをパンジーと呼び、小輪で株立ちするものをヴィオラと呼んで区別したそうですが、品種改良が複雑に進んだせいで、今では明確に分けられなくなってしまったそうです。

昨日、たまたま近所のホームセンターに行ったとき、園芸コーナーにヴィオラの苗が入ったポットが所狭しと並べられていて、お花好きのご婦人たちが一生懸命、選んでいる姿を見かけました。

見た目にも可憐、値段もお手頃、種類も豊富で、花壇が殺風景になるこれからの季節に、あでやかな花を咲かせるヴィオラはぴったりなのでしょうね。

ヴィオラの花言葉を調べたところ、花をやや下向きに咲かせる特徴から、「少女の恋」「純愛」「誠実」「わたしの心はあなたでいっぱい」「わたしを離さないで」など、ひと昔前の少女マンガみたいなキーワードがたくさん並んでいました。

乙女がうつむき物思いにふけるさまを彷彿とさせるというのが要因みたいですが、こういう部分もご婦人たちをときめかせる一因になっているのかな?

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「わたしを離さないで」といえば、ノーベル賞作家、カズオ・イシグロの2005年に発表された小説を思い出します。

2010年にはイシグロの本国であるイギリスで映画化され、日本でも2016年にドラマになり、先ごろ亡くなった三浦春馬さんも主役のひとりとして出演されていました。

舞台になっているのは1990年代のイギリスです。外界から途絶した寄宿学校「ヘールシャム」に、ある特殊な役割を担う子どもが育てられていて、主人公のキャシー、ルース、トミーはそこの生徒たちです。

じつは「ヘールシャム」の子供はみなクローン人間で、18歳になると自分たちの臓器を他人(おそらくは裕福な人々)に提供する運命が待っています。運命を受け入れながら、それでも自分たちの生きる意味を求める彼らの姿が小説の中で淡々とした筆致で描かれていきます。

他人のために何か───たとえば時間や労働力、愛情、肉体───を差し出すことで、ぼくたちは日々の糧を得て、生きている。イシグロの小説は、それを読者の心へより深く刺さるように誇張しているだけで、動物や植物たちも、自然界の中でそうした命の交換をしながら、自分たちの〈種〉をしぶとく保存してきたわけですよね。

これは、この世に生きる生きもの全てが抱える普遍的な〈原罪〉です。

そういえばこのあいだ、みかんや柑橘に特化した愛媛県立果樹研究センターで新品種開発の現場を取材してきました。

PCR検査機械を使った、最尖端の遺伝子研究も行われていましたが、ほとんどの部分は手作業。ある品種のおしべに、いろんな種類のめしべを研究員が手で押し付けて、それを何年もかけて育てながら、地道に交配作業を繰り返していました。

おいしいと評判の品種同士をかけ合わせても、まったく味のしない果実が産まれてしまったり、奇妙なかたちの果実が産まれたり───と、一筋縄じゃいかない様子が見て取れて、すごく興味深かったのですが、帰り途にふと「植物だったから平気だったけど、これがもし動物の品種改良だったら、相当おそろしいな」と考えてしまいました。まさに「わたしを離さないで」の世界です。

もともと野原に自生する野生種だったスミレを、よりきれいな花が咲くように仕向けられたヴィオラのように、ぼくらがふだん天然の美として認識している花々でさえ、人間の感受性に合うようにリ・デザインされたテキスタイルのようなものだとも言えますよね。

石本さんのチャーミングな絵を眺めているうちに、とんでもないところまでぼくの思索は進んでいってしまいましたが、どうか〈わたしを離さないで〉ください(笑)


あとがき

Text by Eisaku Kurokawa (Mustakivi)

ミズモトさんとの連載企画・第5弾は、今の季節に出回っている「ヴィオラ(小ぶりのパンジーのような植物)」から、石本藤雄さんが1976年に手掛けられた同名のテキスタイルデザインを取り上げました。

図1

1976年にマリメッコからリリースされた《ヴィオラ》(Viola)。確認できているカラーバリエーションは2種ですが、手元にあるのは1種のみ。もう1種は長年探しても出会えません。

冒頭でミズモトさんも触れているとおり、以前の個展で原画(スケッチ)が展示されていましたが、ヴィオラは、石本さんがマリメッコで初めて手掛けられたテキスタイルデザインとしても知られる《クヤ》(Kuja/路地)等と一緒に展示されていました。

図2

先日、石本さんにインタビューして初めて知ったのですが《ヴィオラ》は、石本さんがマリメッコに入社する前に採用されたデザイン3種のうちの1つだったそうです。(デザインは入社前の1973年、発売は1976年)

図3

(左)クヤ(Kuja/路地)(中央)タルヴィッキ(Talvikki / 同=花の名前)(右)ヴィオラ(Viola/スミレ)

「全然売れなかった。当時これはマリメッコじゃないというセールスの人もいた。」と石本さんは当時のことを振り返りますが、個人的には名作中の名作だと思います。

余談ですが、石本さんのヴィンテージ・テキスタイルの中で見つけ難いものの要素には以下が挙げられます。

① 年代が古いもの
② 再発(リバイバル)されていないもの(リバイバルされた回数が少ないもの)
③ 販売量が少なかったもの(同じデザインでも色目によって流通量が全然違う)
④ 人気が高く使い切られたもの(生地として残っていないもの)

《ヴィオラ》は、①と②と③に重複して該当する類のものではないかと思います。

この「Return to Sender」というミズモトさんとの月一企画があるからこそ、書籍等でもあまり掲載されていないこともご紹介できると思いますし、読んでくださる方と石本さんとの新たな接点に繋がればとも願います。

国民の幸福度の高い国としても知られる「フィンランド」。

同国の人々の生活に彩りを与え続けてきた代表的なブランドともいえる「マリメッコ」で歴代2番目のデザイン数を生み出したのが日本人の石本藤雄さんであるということ。デザインの過程で、和のデザインをフィンランドデザインと融合させ、文化的な交流を促進することに繋がったということ、きっと同国を始めとした国々の「親日感情」にも繋がったということ、そして、、、生み出されたデザインの多くに石本さんの故郷(愛媛)の原風景が影響しているということは、ほんと、我々としては異例中の異例というか、故郷の地からさまざまな活動を通じて、皆さんに伝えていかなければならない、、、という気持ちになります。きっと、幸せな暮らしの「ヒント」をお届けできると信じています。Mustakiviの価値観の「」です。

スクリーンショット (67)

今後ともヴィオラの花言葉「誠実」「信頼」「忠実」を忘れず、読んでくださる方に、少しでも明るい気付きを得てもらえるような連載になることを目指して続けていきたいと思いますので、引き続きよろしくお願いします。

では、また来月。

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