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Return to Sender vol.8 | Ukonhattu

第8弾目となりました「Return to Sender」。
今月は石本藤雄さんがマリメッコで手掛けられたテキスタイルの中から、1993年発売の《ウコンハットゥ》(Ukonhattu/トリカブト)について、ミズモトアキラさんに執筆頂いています。情景が目に浮かぶ素敵なストーリーです。後半の黒川の解説では石本さんがスケッチを描いた、夏の夕方のストーリーも記しています。両者のテキストからは、“布”という、人にとっての普遍性と温もりを連想させる素材の力を、また違った角度から感じられるのではないでしょうか。是非、最後まで読んでみてください。では、どうぞ。

Ukonhattu

Text by Akira Mizumoto

 かれこれ15年くらい前の話だが、ある雑誌でぼくの連載を担当してくれていた若い女性編集者が、婦人系の重い病気を患い、2ヶ月ほど入院生活を送ることになった。

 入院からひと月くらい経った頃、手術も終わっていろいろ落ち着いたと聞き、広尾の日赤病院へ見舞いに行った。
 渋谷から地下鉄日比谷線で最寄り駅に向かい、地上に出て、最初に目に入った花屋に寄ってみたところ、そこは高級なバラの専門店で、プロポーズならまだしも、仕事仲間の女性の病室に持っていくのはかなり不釣り合いに思えた(第一、目が飛び出るほど値段が高かった)。

 もちろんスマートホンなど無い時代だったので、他の花屋は適当に歩いて探すほかない。土地勘はさっぱり無かったが、病院へ続く商店街の途中で、一軒の古い花屋を見つけた。いわゆる《トレンディ》な広尾には似つかわしくない漢字二文字の屋号で、街が開発される以前から頑固に商売を続けていそうな、いわゆる町の花屋だった。

 店内のショーケースにさまざまな切り花が並んでいて、そのまま病室に持っていけそうな花束がいくつか包んで売られていた。花を買うことなど今もめったに無いが、そんな包装済みの花束を買っていくというのは、あまりに無難すぎるというか、芸がないように思えた。

 初めて仕事をしたとき、彼女は入社したばかりの新人で、編集者としても、社会人としてもひよっこだった。彼女から出てくるアイディアや仕事のやり方に対して、無難だの、芸がないだの、さんざん厳しくダメ出しをした。ぼくもまだ20代後半で、フリーランスになってからそんなに経っていなかった。今、思い返すと、他人に注意できるほどたいした実績もないのに、口ばかり達者な自分がすごく恥ずかしい。しかし、彼女はぼくのアドバイスを真剣に聞いてくれた。そして連載開始から2、3年経ったその頃には、すっかりパートナーと呼ぶべき存在になっていた。だからなおさら、そんな花束を持っていくのは彼女に申し訳ない気がしたのだ。

 TPOに合う花、合わない花はあるだろうが、ともあれ自分が気に入った花を持っていこう、と、ぼくは考えた。店内には女性のスタッフがひとりだけで、ほかの客の注文にかかりきりになっており、ぼくにかまう余裕はなさそうだった。でもそのおかげでゆっくり花を吟味することができた。

 見覚えのない珍しい花が目に入った。紫色の小さな花が、ほっそりした花茎の先に鈴なりになって咲いていた。一緒に並んでいるガーベラとかチューリップとかひまわりといったメジャーな花々は、たしかにどれも鮮やかで、見栄えはするけれど、どこか人工的で、いかにも《商品》という佇まいだった。それに対してその紫の花は、今朝がた、どこかの高い山や野原にひっそりと咲いていたのを誰かが摘んできて、たまたまショーケースにしまいこんだ、という雰囲気があった。つまり、なんというか野性味が損なわれていなかったのだ。

 バイクを停める音がして、男性の店員がちょうど配達から帰ってきた。ぼくは気になったその花のことを彼にたずねてみた。

 それはトリカブトだった。

 「トリカブトって毒殺に使うあれですよね」
 「ですね。でも、生け花なんかにはけっこう使われるし、取り扱っている花屋も多いんですよ」と店員はこともなげに答えた。
 「現物は初めて見ました。で、毒は大丈夫なんですか?」とたずねると、トリカブトの毒は主に根っこから抽出し、花や茎の部分にほとんど毒性はないことを教えてくれた。

 ぼくはトリカブトを花束にしてもらうよう頼んだ。値段がいくらだったかはっきり覚えてないが、2、3千円でけっこう見栄えのする量になった気がする。花束の目的をたずねられたけれど、見舞い用と素直に言えば、すこし面倒なことになりそうだったので、自宅用だとうそをついた。
 レジで代金を払うとき、女性の店員から「花を直接触ったあとはかならず手を洗うように」と念押しされた。

 ぼくはトリカブトをかかえて病室に行った。ぼくが花束を持ってくるなんてすごく意外だ、と彼女は喜んだ。そして、花の名を教えると手を叩いて笑った。

 「じつは昨日、恋人とここで大喧嘩をしたんです。あまりに激しく怒鳴り合ったもんだから、隣の病室から見に来る人もいたんですよ」

 ぼく相手には一度もなかったが、新人の頃から物怖じせず、納得いかないことがあれば、上司だろうが先輩だろうが食って掛かるという話は、彼女の同僚から何度か聞いたことがあった。

 「今日の夕方も見舞いにくる予定なので、もういっぺん喧嘩になったら、この花の毒であいつを殺してやりますね」と、彼女は言った。

 ひと月後、予定どおり退院したらしいが、そのあいだに別の担当がぼくの仕事に付くことになり、彼女とまた一緒に仕事をするどころか、顔を合わせる機会がまったくなくなってしまった。そのうち何年か経って、彼女が別の出版社に転職し、結婚して、仕事をやめたと知人のライターから聞いた。
 彼の話によると、結婚相手はぼくが持っていったトリカブトで殺めるかもしれなかった男性のようだった。お祝いにトリカブトの花束を送りたかったが、彼女の新しい住所は残念ながら調べがつかなかった。

 もし、彼女と再会することがあれば、トリカブトの花束ではなく、石本さんがデザインした”Ukonhattu”の布を贈ってあげたいと思う。それをダイニングテーブルに敷いて、彼女は家族と一緒にそこで食事をする。そしてある日、ぼくが隠した古いジョークに気づいて、手を叩いて笑う。今でもそんな女性のままでいてくれたら、とても嬉しい。


あとがき:

Text by Eisaku Kurokawa (Mustakivi)

ミズモトさんとの連載企画・第8弾で取り上げたのは、マリメッコ社から1993年にリリースされた《ウコンハットゥ》(Ukonhattu/トリカブト)。発売されたカラーバリエーションは恐らく9種

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書籍『On the road』Fujiwo Ishimoto, 2001, Marimekko. より

1993年のコレクションには、「毒性のある花の名前から名前が付けられた“危険植物シリーズ”と石本さんが呼ぶ、3種のテキスタイルがあり、ウコンハットゥ以外にも、スデンマルヤ(SUDENMARJA)は、フィンランド語を直訳すると「オオカミイチゴ」。フールカーリ(HULLUKAALI)は、「クレイジーキャベツ」」がある。

2018年に開催された石本藤雄展「マリメッコの花から陶の実へ」でも、シリーズの原画となったスケッチが展示されていた。

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(2018年の展示についてインタビューした際の自身のメモ)

石本さんのテキスタイルデザインのタイトルは、殆どの場合が、そのものを描いたのではなく、デザインからのインスピレーションによって、自由に決めていて、その言葉の意味とストーリーを聞くたびに、探求心が刺激され、胸がときめく気持ちになる。

この危険植物シリーズ(毒草シリーズ)も、ズバリそのものの草花を描いたのではなく、描かれたスケッチから後に付けられた名前。先日石本さんと話した時には、「オオカミイチゴは、別に“あかずきんちゃん”でも良かったね...(笑)」と言われていて和んだ。

石本さんは、インタビューした日、当時のことを更に語ってくれた。

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「凄く暑い夏の日。(マリメッコ社内の)3階の自分の部屋の外がバルコニーになっていたんだけど、その日はそこで、仕事の後に、社員でちょっとしたパーティーをしてた。パーティーが始まった頃には参加してちょっと飲んでいたんだけど、急に思いついて、部屋に戻って、数パターンのスケッチを一気に描いた。水彩で。
  描いている間も、周りはワーワー騒いでいたけど、なんかその日は気分が乗ったことを思い出すね。気分が乗った時って“筆が動く”。いまでも、なんか「乗ったな」という記憶が残ってる。」

そんなエピソードを聞くと、1992年の暑い夏の日に描かれたスケッチから石本さんのイマジネーションから走った筆の勢い力強さしなやかさ遊び心を感じ、より一層テキスタイルが魅力的に見えた。

石本さんのデザインや陶の作品から感じる、しなやか嫌みがなく、どこか温かみ親和性を感じさせるデザイン、その場の空気やリズムが動き続けるようなデザイン、見る人の気持ちを入れる「隙間」や「空白」を残してくれているようなデザイン...という感覚。頻繁に社内やチームのメンバーとも考える「石本藤雄の魅力とは?」について、今回の取材でも、新たな皮膚感覚は得た気がする。

このような機会を得ていることに改めて、感謝と勝手な責任感を感じつつ、この言語化しにくい気持ちを今後もどのように、純度高く、より先を見据え、反芻し、伝えたい人のために、どう伝え続けるかということ

行動していきたいと思う。


以上、最後までお読み頂き、ありがとうございました。
来月の「Return to Sender」もお楽しみに。ミズモトさん、来月も宜しくお願いします。


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