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第334回/ビートルズの「ゲット・バック」っていい曲だなあと初めて思った7月[田中伊佐資]


●7月×日/ビートルズの「ゲット・バック」を初めて聴いたのは確か小学5年生の3学期だった。友達の兄貴がビートルズのレコードをほとんど揃えていて、適当に曲を選んで録音したカセットテープを兄貴に内緒で作ってくれた。そこに入っていた。
 第一印象としては、アップテンポで軽快な感じが「おお、格好いいな」と表面的には思ったけれど、心の奥底ではもうひとつその良さがわからなかった。同じノリがいい曲だったら「ヘルプ」のほうが数段よかった。
 ビートルズ・ナンバーの凄いところは、聴いた当初さほどぴんと来なくても、聴いているうちにどんどん好きになるような伸び代が絶大にあるところだ。そしていつまでも飽きない。
「ゲット・バック」もそうなったかといえば、これが例外的になかなかの頭打ちで、個人的ビートルズ愛聴曲ランキングでは、同じ『レット・イット・ビー』に収録されている曲でいうなら「アイヴ・ガッタ・フィーリング」や「ディグ・ア・ポニー」(ともにカセット未収録)に軽く抜かれていった。
「三つ子の魂百まで」とはよくいったもので、「ゲット・バック」が万人に好かれ続け、昨年公開されたドキュメンタリー映画のタイトルにもなっているほどなのに、なんかよくわからんなあといった思いはずっと払拭できなかった。 
 で、その映画や未発表収録のボックスセットの影響は完全にゼロではないが、偶然にもオーディオの作用で「ゲット・バック」のランクがぐーんとアップすることになったのである。
 本コラムの「第322回/水でこねた粉をオーディオに付けたら、ずんと音が変わった2月」で、金井製作所による仮想アースについて書いた。この結果がよろしかったため、メインで作っているインシュレーターはどうなんだろうと購入してみたら当たりだったのだ。

仮想アースに続いて購入した金井製作所のスピーカー用インシュレーターKaNaDe02 su

 型番でいうとKaNaDe02 su という大型スピーカーの下に敷くタイプ。スピーカーをとても一人では動かすことができず、ステレオ吉野編集長が別件でうちへ取材に来たときに装着を手伝ってもらった。
 左スピーカーだけに入れた段階で、ジャニスの『チープ・スリル』モノラル盤をかけ、左と現状のままの右を単独で鳴らして聴き比べてみたが、この段階で左スピーカーの広がりや響き、音のほぐれにアドバンテージがあった。当然左右に入れた後では以前と比べてだいぶ違う。スピーカーがラウドに歌いだした。

ジャニス・ジョップリン『チープ・スリル』のモノラル盤

 ちなみに吉野さんもこの現象にはびっくりして、後日自分も購入したところ「変わりすぎて結構戸惑います。左右のスピーカーの音の違いがモロに出てきて調整に苦労しています」と○なのか×なのかわかりにくいメールが来た。
 今回もあんまり金井製作所のことばかりを持ち上げると、何か裏にあるのかもしれないと勘繰られるかもしれないが、無論そんなことあるわけはなく、むしろ同社にしてみたらどうせネタにされるなら僕のようなライター風情よりも、歴としたオーディオ評論家がいいと思っていることだろう。
 ともあれ、このインシュレーターをはめてスピーカーに全身マッサージを施してやったかのように、朗々と音が前に出てきた。
 ここで音質のチェックをするときに欠かさず取り出す英国盤『レット・イット・ビー』をかけてみた。A面2曲目「ディグ・ア・ポニー」の冒頭で「ワン、トゥー、スリー」とカウントをかけた直後に、右側から「ブワン」とギターの試し弾きのような音が一発が入る。瞬間的な一音に過ぎないが、これがぶっとく生々しいとそれに続く演奏は気持ちよくのれる。
「ブワン」の突進力が強くなり余韻が広がった。そこからすぐに始まるジョンの声や演奏も厚みがあってとてもいい。


 そのことはそのこととして、この件と重なるかのように「第328回/気がついたら4320、パラゴン、4343とJBLを聴くことが多かった4月」で書いたが、コンセントベースの存在も大きかった。
 無垢のブラックウォールナット製の音を聴いてみたくて、神楽坂の「アクロージュ・ファニチャー」にデザインや仕上げなどは手をかけなくていいですからと試作をお願いした。
 ちょうど幅130mm、厚さ30mmで2m以上の良材があったので、そのまま単純にカットして作ってもらうことにした。その結果、サイズはやや大ぶりになるが、素材の音がより濃厚にわかったほうがむしろいい。

アクロージュ・ファニチャーにストックしてあった
幅130mm、厚さ30mmで2mを超えるブラックウォールナットの板材

 すでに装着済みのフルテックのコンセントベース「GTX WALL PLATE」と比べてみることにする。テクニクスのレコードプレーヤーで試した結果でいえば、ブラックウォールナットが中高域が明るめで弾けていた。フルテックは低域の張り出しが強い。アルミ合金削り出しの素材からすると低音はタイト方向の細マッチョに感じられるかと思ったが、ベース、ドラムスの刻みがしっかり出てくる骨太な質感だった。

フルテックのコンセントベース「GTX WALL PLATE」

 つまりはどちらかに統一させるのではなく混在させたほうがよさそうで、プレーヤーをフルテック、フォノイコとプリアンプをブラックウォールナットにしてちょうどいい塩梅になった。

ブラックウォールナット製のコンセントベース

 ここでまた『レット・イット・ビー』だ。「ディグ・ア・ポニー」の冒頭「ブワン」が一層でかい。演奏にもドライブがかかっている。
「アイヴ・ガッタ・フィーリング」のイントロ、ざらざら歪んだギターが気持ちいい。ボーカルがポールからジョンに変わってからのメロディアスなベースラインが浮き上がってくる。ポールはベースを弾いても稀代のメロディーメーカーだなとしばしば思う。
 そのままB面を聴いていくと最後は「ゲット・バック」だ。曲の前にジョンの喋りとか音合わせなどがあって不意に演奏が始まる。このざわつきはフィル・スペクターが、おそらくバンドのライブ感を出す目的で後から挿入したものだが、さりげなく始まるこの瞬間が「うっ、かっこいい」と思った。
 そしてうねりまくっているベースと「カッカッカッカッ」とカッティングするギターの一体感が強烈。これはこれはと楽しくなってつい音量を上げた。このグルーヴの骨格は、不和を取り沙汰されていたポールとジョージのコンビによるものだから皮肉ではあるけど、まあそういう裏話はこの際どうでもいいのだ。
 この時に「ゲット・バック」の長年どこがいいのかわからないモヤモヤがさっさと霧散した。僕にとっての「ゲット・バック」の魅力はバウンドするリズムを体感するということで、この聴き方はソウルやジャズと同じものだ。そしてこのノリはキーボードにビリー・プレストンが参加していることも無縁ではないだろう。
 そんなことで「ゲット・バック」は個人的ビートルズ愛聴曲ランキングで赤丸急上昇を果たした。ビートルズにしかも愛聴する『レット・イット・ビー』に好きな曲が増えて本当うれしいと感激する7月だった。どんだけ遠回りしてんだよって話ではあるのですが。

(2022年8月22日更新)   第333回に戻る


※鈴木裕氏は療養中のため、しばらく休載となります。(2022年5月27日)


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田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 

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