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第322回/水でこねた粉をオーディオに付けたら、ずんと音が変わった2月[田中伊佐資]

●1月×日/出水電器が静岡県・伊豆の国市に新しい試聴室を作ったので泊まりがけで取材した。それについてはオーディオアクセサリー誌に書いたので、それはそれとして、編集の中野要さんが、こんなもん持ってきましたと弁当箱のようなものをカバンから取り出した。

 中味はなんなの思っていたが、一向に蓋を開けてくれない。これ仮想アースなんです、開けないほうがいいでしょうと玉手箱を扱うような返事だった。

静岡県の伊豆の国市にある出水電器の新試聴室。
スピーカーは外側がソニーのプロモニターSEM-5S、内側がディナウディオC4。
筆者はここでKonadeアース01の音を初めて聴いた

 埼玉にある金井製作所が作っている「Konadeアース01」というもので、これも同じ雑誌にリポートが載っているが、そのときはまだ正式発表されていないサンプルだった。

 取材とはまったく関係ないアクセサリーをわざわざ持ってくるというのはよっぽどのことだ。中野さんはもうすでに試して、効いたということなんだろう。この部屋ではどう変わるのか知りたかったし、みんなの反応を見たかったに違いない。

 さっそく出水電器のシステムに繋いでみる。出水電器の島元澄夫代表が愛聴するナナ・ムスクーリのCD『地中海へ』から「リ・ラ・リ・ラ」をかけてみた。

 それまでの音も十分に澄みわたった音だったのに、また一歩それが進んで、歌声も演奏も微妙なニュアンスが表現された。

 島元さんはこの変わりぶりにラジオ体操の後屈をする勢いでのけぞって「これ、買います」と躊躇なく反応していた。

 値段を訊いたら6000円。この価格ならは僕も右へならってもいい。

●2月×日/「Konadeアース01」が発売されてすぐに購入。

仮想アース「Konade」は粉末に付属のアース線を挿し、
200ccの水道水を入れてビニール袋の上からよくこねれば出来上がり

 僕は仮想アースについては「あってもいいが、まあなくてもいいか」くらいの超優柔不断な態度でいる。

 率直にいって、6000円だったから買ったが、6万円ならやめておいた。出水電器での効果がその程度だったのではなく、あの場所ではむしろ6万円以上の見返りがあったと思う。島元さんは、これだったら3つ4つは欲しいと言っていたほどだ。

 それというのも、いまから8年くらい前に、銅や備長炭を用いた自作廉価タイプからエントレック社の高級品までの仮想アースを試したことがあった。

 そのときの経験では、仮想アースは確かに音は変わるが、プラスのポイントがアップするというよりも、横に動くというか、音質のタイプが変わっただけだった印象がある。

 廉価版は、素材や作り方がよくなかったせいだと思うが、見映えが悪いこともあって、邪魔くさくなって片付けてしまった。無くなったからといって、どうしても元に戻したい欲求はなかった。

 エントレックは、オーディオファンが歓喜する空間拡張型のハイエンドな音に変貌した。でも僕はそこに投資するよりもまだやることがいっぱいある段階だった。

 だからといって否定できない部分も大いにある。

 あるマニア宅で紀州産の100グラム5000円もする食用備長炭パウダーと複数の異種鉱物を混ぜたものを見たし、また別のマニア宅では真鍮製金属たわしを銅箔テープを貼ったアルミケースに入れたものがあった。どちらも如実に効果をもたらしていた。

 Konadeで最も気になるのは中味の成分だ。「アラミド繊維、活性炭、珪酸アルミニウム、珪酸カルシウム(陶器用一般粘土)、非晶質シリカ、粉末ゴムの6種類」と取り扱い説明書に書いてある。レシピを公開しても、そこには微妙な配合具合もあるだろうから、コピーするのはかなり難しい。

 これは一応キットになっていて、簡単ではあるけど作業が必要だ。粉末の内容物にアース線を挿し200ccの水を注いでから揉んでやる。ねばり気が出てきてやがて粘土のようになる。紙製の外箱に入るように形を整えれば出来上がり。

オーロラサウンドのフォノイコライザーVIDAに「Konade」を取り付ける

 まずはフォノイコライザーに付けてみる。レコードは2017年にリリースされたコートニー・バーネットとカート・ヴァイルの『Lotta Sea Lice』。素朴なヘタウマ感のある1曲目、「Over Everything」を最近よく聴いている。

 マスタリングはスターリングサウンドのグレッグ・カルビ、カッティングがレイ・ジャノス。音がいいのも大きな魅力のレコードだ。

 この音は僕の仮想アースに対するモヤッとしたいぶかしさを粉砕した。まったく出水電器試聴室で聴いたときと同じ変化だ。

 茫洋としていた部分がスカッと抜け上がって、フォーカスが締まった。その部分に対してまるで不満はなかったけど、実は改善の余地はあったでしょと課題を指摘された気がした。

 外してみると、有りと比べて全体がなんとなくのっぺりしている。付けるとメリハリがついて音が立つ。50年も60年も前の音源では、もしかすると当時の風合いが減じてシャキッとしすぎるかもしれないが、少なくともこの盤ではスターリングサウンドらしいより明快な音になった。

Courtney Barnett & Kurt Vileの『Lotta Sea Lice』は。
音がいいだけでなく観音開きのジャケットも楽しい

 仮想アースの存在価値は見いだせないでいたが、さすがにここまで違いを出すと、レギュラーアクセサリーとして活躍してもらうことに決めた。

 となると付ける機器を変える、個数を増やす、箱やアース線を変更するなどによってどう音は変わるのか、なかなか興味は尽きないところではある。

 とはいえ、これがいいとなったら急ぎ足でのめり込みすぎると道を見失うのがオーディオだ。しばらくこのまま現状で使うことにする。なにしろこのところレコードをバンバン買っているので聴くほうが忙しい。

(2022年3月22日更新)   第321回に戻る


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田中伊佐資(たなかいさし)

東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。近著は『大判 音の見える部屋 私のオーディオ人生譚』(音楽之友社)。ほか『ヴィニジャン レコード・オーディオの私的な壺』『ジャズと喫茶とオーディオ』『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。 Twitter 


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