第321回/工作入門者にゼヒ![炭山アキラ]
1月に私が監修したムック本が発売された。音楽之友社ONTOMO MOOKの「スピーカーをつくろう!」である。2018年に同じくわが監修で出版された「バックロードホーン・スピーカーをつくる!」の続編というべき構成のムックで、バックロードホーン(BH)以外のスピーカーというか、要は平面バッフルから始まり後面開放、密閉、バスレフへと至るスピーカー・キャビネットの歴史をひもときながら、それぞれの設計法を紹介し、実際に製作して音を聴き比べ、周波数特性を測定する、という企画が誌面前半の大きな骨子となる。
それで昨年の11月末頃からは屋外のカーポートで工作に没頭していたのだが、何より困ったのは、折からの「ウッドショック」で板材が圧倒的に不足していることだ。後述する製作品も含め、この年末はサブロクの定尺板にして6枚分使って工作したのだが、いつも愛用している15mm厚のMDF(中密度繊維板。安定した品質の板が入手しやすく、メーカー製スピーカーにも多く採用されている)がホームセンターの店頭に3枚しか在庫されていないではないか。いつもなら、フォークリフトで運び込むような在庫を持つ店なのだが。仕方なく、平面バッフルと後面開放型はザラザラの下地用針葉樹合板、密閉とバスレフはラワンのランバーコア材を用いる羽目になった。ラワンベニヤすら1枚も(!)在庫されていなかったのだ。
なぜ平面バッフルと後面開放に下地材を使ったかというと、この両者は気密の必要がなく、ザラザラでも作りやすかったからだ。見た目ほど音は悪くない、という要素もある。密閉とバスレフにランバーコアを使ったのは、それぞれの板取りが910×910mmサイズの板を想定していて、ちょうどランバーコアに当該サイズを見つけることができたからだ。ランバーコアはべニアやMDFに比べて比重が軽いものが多く、音も馬力が出ないことが多いのだが、今回の板はそこそこしっかりしていて助かった。
設計法のページでは、ダブルバスレフ(DB)型の設計法も加えたが、DBにはいろいろな方式がある。元祖は故・長岡鉄男氏の計算式で、これはバスレフの2~3倍の内容積が必要となることから、バスレフと同等の内容積でも実現できるように元フォスター電機のエンジニア名古屋氏が開発された通称「名古屋式」、わが同業の小澤隆久さんが長年の試行錯誤と精密な測定で実現された方式などだ。
そんな中から今回のムックでは、長岡式を少しばかり簡略化して作りやすくした方式を掲載した。われながら「こんなのでいいのかな?」と首をひねるような簡単さである。
連日深夜までかかってヒイヒイいいながら製作した甲斐あって、それらの作例群は見事なまでにそれぞれの特徴を音に乗せてくれた。誌面へ掲載した周波数特性もそれぞれ大いに特徴的なもので、製作者冥利に尽きるというものだ。
こういう作例は本来、工作ビギナーの若い人、なかんずく小学生くらいのお子さんを連れたお父さん、お母さんにこそ聴いてほしい。親御さんたちにとってもスピーカーおよびキャビネットの原理を知るいい機会になるだろうし、それで子供たちが興味を持ってくれたなら将来の有望なスピーカー工作者が生まれるかもしれない、などという皮算用もあるからだ。
しかし、残念ながら今のご時世では「親子スピーカー工作教室」といった催しを執り行うことは極めて困難であろう。何より、そういうことを一番行うべきオーディオショーの「音展」がここ2年間、会場へお客様を呼ぶ形式では開催できていないのだ。オンライン音展は昨年開催されたが、この形態ではスピーカーの音質を届けることは絶望的だ。
というわけで、作ったはいいもののそれらの作例は音楽之友社の倉庫でアクビをしている。どなたか有望な使い方を思いつかれた人は、ぜひご一報いただけると幸いだ。
ムックでは、長岡氏の大傑作「モアイ」のアップデート微修正版も製作した。フルーティストの加藤元章氏が長岡氏へ依頼して設計・製作された作例で、超フラット&ワイドかつ猛烈なハイファイサウンドは、聴く者の心臓を鷲づかみにしないでおかない。とてつもない作例なのだが、残念ながら氏が亡くなられて間もなくウーファーがモデルチェンジされ、作りにくくなってしまっていた。
かてて加えて昨年のこと、ついにトゥイーターのFT96Hまでが生産完了となり、後継となるT96Aはバッフルにネジ留めできないタイプとなってしまったので、これでついに「モアイ」をそのままの姿で製作することはかなわなくなってしまった。それで、恐れ多くも小生が長岡氏の傑作へ手を入れ、現代ユニットで製作できるようにした次第だ。
とはいっても、FT96H用にキャビの中へ設えられていたサブキャビネットを撤去してフルレンジの取り付け位置を上へずらし、天板へ載せるトゥイーターとのつながりを良くしただけである。あとは一切手を加えていないから、オリジナルの「モアイ」よりむしろ作りやすくなった作例ともいえる。
今回の微調整「モアイ」ではもう一つ、せっかくあるのだからと音楽之友社「低音を自在に操る」ムックの付録バスチャンネルデバイダーを使い、マルチアンプ構成にしたことも新たなトライといえるだろう。もちろんアンプ2台が必要になってしまうのでコストアップになってしまう方式ではあるが、それでもいわゆるクロスオーバー・ネットワーク、とりわけ大きな定数のコイルを入れたシングルアンプの装置とは、まるで比較にならないスピード感と立ち上がりの鮮やかさが味わえることを保証しよう。何といっても私自身がそのバスチャンデバを使用しているのだ。こんな確かな証言もなかろう。
なお、やっぱりアンプは1台でいきたいという人のためにも、シングル接続用の配線図も掲載した。初期「モアイ」ほど低域の量感を持たせるのは難しいかもしれないが、ほぼフラットにはなるはずである。
ムックの企画を進めているうちに、フォステクスから限定ユニット発売の報が届いた。2月に発売された10cmフルレンジFE108SS-HPである。本来ならBHにこそ好適なユニットなのだが、本ムックではBHを取り上げることがないので、ならばそれを使って「スリムモアイ」を作りますよ、と私が手を挙げた。
「モアイ」の名を頂いてしまった本作だが、実際のところフルレンジ+SWという方式のみ引き継いでいるだけで、中身はほとんど別物といってよい。FE108SS-HPには逆ホーン型のキャビネットを宛がい、SWは何と16cmフルレンジFE168EΣを使っている。逆ホーンはフルレンジの低域をダラ下がりとしてSWとつながりを改善する目的で、SWのフルレンジ使用はフルレンジとできるだけスピード感を合わせたい、という目論見からである。
SWをかなり超低域まで欲張ったDB方式としたせいもあり、少々凹凸の目立つ作例となったが、おかげでオルガンの16フィート管も雄然と再生する、とんでもないワイドレンジの作例となった。もともとFE168EΣは、BH用プレミアム・フルレンジとしては異例なくらい低音のよく出るユニットだが、それと見込んで任せたのは大正解だったと感じている。
「スリムモアイ」は基本的にバスチャンデバのマルチで成立するスピーカーで、パッシブでも一応6~7mHくらいのコイルを入れれば帯域的にはつながるだろうが、SWの能率がちょっと足りないのではないかという気がする。実際のところはやってみなければ分からないが、設計者としては自信を持って薦めることの難しい作例である。例えばフルレンジ側のユニットをFE108EΣやFE108NSなどにすれば、ひょっとしたらつながるかもしれない。
本ムックでもう一つの大きな目玉は、BH以外の長岡氏の作例を28作厳選して掲載した項目だ。各作品について、現代ユニットなどへの対応を私が短文で記してあるので、これから作りたい人はご参照いただきたい。
それにしても、長岡氏という人は本当にとんでもない着想の泉だったんだなと、いまさらながら驚かされる。平面バッフル、バスレフ、スタガードバスレフ、DB、ユニットを前後に2発使うアイソバリックとその変形というか換骨奪胎、共鳴管に、いくつかの動作方式がハイブリッドになっているとしか思えないような作例もある。思えば変形アイソバリックやPST低音補正回路、共鳴管などは長岡氏の"発明"といってもよい。BHでは「スワン型」が歴史を変えてしまったのだし、こういう人こそが「不世出」という言葉を冠されるべきなんだろうな、としみじみ思うところだ。
他にも、生形三郎氏と佐藤勇治氏の作例が掲載されているし、石田善之氏、生形氏、小澤氏、キヨトマモル氏、佐藤氏の5人でキャビネットの仕上げ法を伝授する講座や、神楽坂アクロージュ・ファニチャー代表の岸邦明氏によるSP工作のための工具アドバイスも開かれている。時に大真面目に、時に軽いおふざけを交えつつのQ&Aコーナーも面白い。
自作スピーカーを愛する若者2人の訪問記事が掲載できたのも収穫だった。ネタばらしをすると2人とも私の友人で、20~30代ながらいいスピーカーを作る腕利きぞろいだ。息子のような年齢の人たちに後事が託せるというのは、何と幸せなことだろう。
一からキャビネットを工作するのはちょっと……、という人にはキットという選択肢もある。生形さんがフォステクスやフィデリティム、横浜ベイサイドネットなどのキットをレポートされているし、同社の通信販売で扱っているユニット群をフォステクスの手頃なキャビネットへ入れて聴いたリポートも掲載されている。もともとはムックの付録だったユニットたちだが、一部はユニット単体でも通販されているので、一度販売サイトへ赴いてみられるのもよいだろう。
やれやれ、今月はいろいろな話題があったので「身辺雑記」的に触れていくつもりが、またしてもムック本の紹介だけでずいぶんな文字数を費やしてしまった。今回書き漏らした情報については、またおいおい触れていくこととさせていただこう。
(2022年3月10日更新) 第320回に戻る
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昭和39年、兵庫県神戸市生まれ。高校の頃からオーディオにハマり、とりわけ長岡鉄男氏のスピーカー工作と江川三郎氏のアナログ対策に深く傾倒する。そんな秋葉原をうろつくオーディオオタクがオーディオ雑誌へバイトとして潜り込み、いつの間にか編集者として長岡氏を担当、氏の没後「書いてくれる人がいなくなったから」あわててライターとなり、現在へ至る。小学校の頃からヘタクソながらいまだ続けているユーフォニアム吹きでもある。
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