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「本気」で変わる、大人の習い事の形(インタビュー)

 大人の音楽レッスンが本格普及しないのは、手軽さを重視するあまり、継続的な学習に結びつくレッスンが提供されていないからではないか。

 そんな問題意識を元に、これまで、「大人の習い事」のあるべき姿を追い求めてきました。インタビュー形式で、私たちの教室での取り組みをご紹介します。


「大人だって、成長したい」。心の奥底に眠る、そんな気持ちを大切にしたい。

――教室を開いて10年近くになりますが、開校当初のレッスンと、今現在のレッスンとでは、何か違うことはありますか。

 「昔は生徒さんに「やりたい曲」を選んでもらっていました。自分に提案する力が無かったというのもそうですし、教える側のエゴでもあり、媚でもあったと思うのですが、生徒が好きな歌を歌っている時が、一番幸せだろうと思っていました。その人のレベルとか、音域とか、課題とか、そういうことはあまり考えずに、とにかく好きな歌を歌ってもらう。そういうレッスンをしていました。」
 「今も生徒さんに選んでもらうこともありますが、そういう時には必ず、レッスンを通して「何を身につけたいか」ということを先に決めて、「歌を選ぶことも一つの課題」だという位置づけで、曲を選んできてもらいます。そして、探すという「過程」が大事なので、一曲ではなく、複数の曲を提案してもらうようにしています。私が選曲をする時は、その人と課題を共有したうえで選びます。そこがまず、大きな違いだと思います。」
 「あとは、客観的に自分の声と向き合ってもらうという機会が、断然増えたと思います。あらゆる手段で向き合ってもらいます(笑)。人前に出ることだったり、レコーディングをすることだったり。録音してみるというだけでなく、粗い状態で一回録って、そこから課題をクリアする練習をし、最後にもう一回録る。それを聴いて、次の課題を見つける。記念受験ならぬ、記念レコーディングということは一切やっていません(笑)。」
 「端的にいうと、「自分で考えてもらうこと」が多くなったということです。生徒さん自身に考えてもらう。一緒に課題を見つける、一緒に答えを見つける。その中で、主体性をどちらが持つかということは、かなり変わりました。」


――ただ、そうなると、初心者とか、レッスンを受講する動機の浅い人は、ついていけなくないですか?

 「逆だと思います。課題を見つけるという作業は、次の一手を探すということです。次の一手というのは、「遠い先のことを考えましょう」ということではありません。生徒さんが、遠い先の目標しか立てられない人だったら、そこに到達するまでのステップを細分化するのが私の仕事です。特に初心者の人って、どういうステップでうまくなっていくかを知りません。また、すごい遠くの目標が、近い目標だと思っている人が沢山います。」
 「例えば、カラオケデビューをしたいという人がいたとして、今まで一度も人前で歌ったことが無い人と、歌う事は好きだが、歌いたい曲がわからないという人とでは、次の一手が全く違います。しかし目標として、「カラオケデビューしたい」という文言は一緒。その人なりの状況を、私がしっかりと見極めて、間のステップを細分化する必要があります。「今の状況で、あなたに必要なのはこれですよ」という次の一手を提案するのが、私の仕事です。それは、どんなキャリアの人であっても、誰に対しても、やることは変わりません。」


――なるほど。でも、遠い目標だとわかってしまうと、やる気がしぼんでしまったり、モチベーションが持続しないように思うのですが、そのあたりはいかがでしょうか。

 「難しい問題です。まずは時間を区切るということ。いつまでにこれができるようになるというように。」


――目標を立てるということですか?

 「そうですね。遠いと感じるのは、「時間が長い」ということではなく、「いつ終わるか、わからない」ということだと思います。昔は、夢を見させることが先生の仕事だと思っていました。「大丈夫、あなたならきっとできるよ」と。心を推してあげることが、先生の大切な役割だという思いは今も変わりませんが、夢を見させるということは、すごく酷なことです。場合によっては、嘘をついているということになりかねません。その人を傷つける必要はありませんが、現実はしっかりと伝えないといけません。」
 「音域が極端に狭い人には、「歌える歌(選択肢)は少ない」、あるいは、「今の段階では、この歌は歌えない」ということはしっかりと伝えます。しかし、それは絶望ではなく、「もし、あなたが練習して、あと2つ音域が広がったら、歌える歌が格段に増えます!」と、具体的に伝えます。アバウトな言葉で夢を見させることは、生徒さんのために良くないと思います。特に初心者には。その代わりというわけではないですが、あなたにはきれいな響きがあるとか、音程を取る力があるとか、感情を読み取る力があるとか、本人が自覚していない長所を見つけ、しっかりと伝えることが大切です。そして、時間を区切って、「今、あなたに必要なのはこれ」と明確に伝えることが大事です。「私もできると思ってやっているから、あなたもできると思って頑張ってね」ということを伝えます。」


――「この先生の言うことなら信じられる」という関係を作る第一歩ということでしょうか?

 「結果として、そうなったら良いと思いますが、大人の場合は、「信頼」というよりも、「安心」がキーワードだと思います。」


――安心とは、何でしょうか?

 「レッスンは基本的に弱点を指摘されるものだから、そういうものだとわかっていても、「恥ずかしい」とか、「ボロを見せたくない」とか、「うまいと言われたい」とか、キャリアが浅い人ほど、そういう面での殻が固い(=指摘を受け入れられない)んです。そういう殻を一個一個外してもらうためには、この先生は自分のことは馬鹿にしないとか、この先生の前でなら失敗することにも意味がある、受け止めてくれると思ってもらうことが大事です。そのために、怖がられない、安心してもらえるような雰囲気作りをしています。」
 「失敗することの気まずさ、恥ずかしさが無くなると、その先に、今度は意欲が表に出てくるようになります。生徒さん側からしたら、「こんなことを先生に要望しても良いのか」というようなことを言えるようになってきます。それが信頼関係。定義なんて知りませんけどね(笑)。横並びで肩を組んでいる感じ。感極まったときに、先生とハグできちゃう感覚でしょうか(笑)。」


――そうやって、ひとつひとつ丹念に、安心、信頼を作っていくと。傍から見ると「劇的ビフォーアフター」のように、何かをきっかけにして大きく変わるように見えますが、実際の過程については、全く劇的でないということですね。

 「そのとおりです。モチベーションを保つという意味では、1個課題をクリアしたら、自分が「何ができるようになったか」を振り返ることが大切です。発表会の後に反省会があるのと同じですが、「こんなことを、できなかったのにできるようになった」と、「自分で」認識をする。「先生に褒められた」=「できるようになった」というのではなく、自分でできるようになったとわかること。認めること。ここが大事なのです。」


――できることがどんどんと増えていく喜び。それに繋がるわけですね。

 「モチベーションが無くなるというのは、飽きてしまうことだと思います。飽きてしまうのは、同じことを単純に繰り返している時とか、前に進んでいる感じがしない時。「できた、できた」と実感していけば、飽きることはありません。飽きない限り、いくらでも深く進んでいける。そのための目標決めであり、アプローチなんです。」
 「できることが増えていくと、今度は、いろいろなことに興味がわくという好循環も生まれます。ハマっている人って、そういう状態ですよね(笑)。もうやりたいことがいっぱいあって、これもできるようになりたい、あれもできるようになりたいと。」


――なるほど。「真剣にやりましょう」、「本気でやりましょう」ということを直に伝えるのではなく、1個1個課題をクリアし、前に進んでいくことで、次第に本気になり、真剣になるということですね。たしかに、大人に対して、「本気で練習してください」と促して、「じゃあ、本気で練習します!」とはならないですものね(笑)。


変わっていく、「先生」と「生徒さん」との関係

 「私たちの教室では、半年をかけて発表会の準備をするのですが、ある生徒さんが、発表会が終わった後に、歌い込んでいた半年間から日常に戻り、解放というよりは、逆に物足りなくなってしまい、「課題が欲しいんだ」、「目標が欲しいんだ」と。それで、「この先にやる数曲は、全部暗譜(=楽譜を見ないで歌えるようにすること)してきます。」といって、本当に暗譜をしてきたことがありました(笑)。」
 「なぜ暗譜だと言ったら、「暗譜は「最低限のライン」だと気づいた。その先にやりたいことがいっぱいあるから(暗譜に時間をかけるのがもったいない)、まずはできるところまでやってきます。」と。なんでしょうね、この湧き出るようなモチベーションは(笑)。」


――その方は最初、どんな方だったのでしょうか?

 「入会の動機としては、「カラオケで歌える歌が欲しい」ということでした。目的としては、ごく一般的です。レッスンでも、「それ、カラオケでウケますか?」という発言をしていて(苦笑)。」


――そういう方がどうやって、歌や、歌うこと自体に興味を持っていったのでしょうか。

 「まず大きかったのは、レコーディングです。それから、腰を据えてやった4か月間のリズム練習。これはかなり効果がありました。」
 「レコーディングでは、例えば、生徒さん自身は「課題をクリアできている」と思っていて、むしろ、「なぜ先生は何回も同じことをさせるんだ」くらいに感じているものが、実際は「全然できていない」と、わかってしまうことがあります。「あれー??」と(笑)。」
 「そんな時、その生徒さんのすごかったところは、自分にうそをつかなかったということだと思います。自分のできていないところを素直に認めたのは、私の力ではありません。その方の性格の良さと言いますか。自分の現状を正しく把握することをきっかけにして視野が広がるということは、頻繁にありますね。」
 「レコーディングをすると、やりたいこと、できていないことが、一度にたくさん見つかってしまいます。課題が多すぎて、一回ゴチャっとなるので、下手すると自暴自棄になります。今までの練習は何だったのかとか(苦笑)。その時に、課題が見つかることはダメなことではないと、私が冷静に対処しないといけません。むしろ、「おめでたい、嬉しいね」、「あなたはもっとうまくなりますよ」と。」
 「ただ、「課題を細分化する」と最初に言いましたが、それだけでは駄目で、その作業はいずれ私から生徒へとバトンタッチしていく作業なのだと思います。それができるようになるタイミングが、生徒が本気になる、飽きなくなるというタイミングです。」


――つまり、教えるという作業から、サポートする、自立を促すという風に変わっていくということでしょうか。

 「そうですね。前で引っ張っていた私が、横や後ろに回るというようなイメージです。」


――先生と生徒の関係がだんだんと変化していくと。

 「生徒さんが1人で歩いているのを、後ろから黙ってついていって、生徒さんがこちらを振り向くまでは何も言わないという。こないだテレビ番組でやっていた「初めてのお使い」ではないですが(笑)、自らの足で進んでいくようになります。」


――年齢や性別に傾向はありますか。

 「関係無いと思いますね。日本における子供のレッスンは、先生が前に立ち過ぎだと思います。必ずそうしなければならないということではないのに、「早く成果を挙げて、(子を習わせている)親に安心してほしい」、「だから辞めないでくださいね」という風になってしまっている。でも本来的にはレッスンって、最初は先生が前、その先もずっと前ではなくて、その生徒さんを前に送り出して、自分が後ろから見守ったり、答えを求めた時にだけ、応えられる状況の方が良いと思っています。そうなると、先生側としても楽しい。手取り足取りの子が、いつまでも歩けなかったら不安になってしまうのと同じです。」


――今後、どういう人を育てていきたいと思っていますか。

 「自分で歌うことの楽しみを見つけたり、深さ、広さを味わったりできる人がたくさん増えたら良いなと思います。心から音楽を楽しむって、そういうことですよね。」
 「振り返った時に、自分の課題や疑問点を馬鹿にしないで聞いてくれるという安心感のために私がいる、という状態になったら良いと思います。「先生がいないとできません!」というのは全然嬉しくない。とんでもないことです(笑)。」


――この教室に通うと、どんな未来が待っているのでしょうか。

 「技術の習得はもちろん必要ですが、この教室に来ることで「心が動くこと」が増えると思います。感じたり、考えたり、予期せぬことが起きたり、軽いショックを受けたり、それを刺激と言ってしまったら単純ですが。」
 「生徒さんを見ていると、普段使っていない、眠っている心や感情が動いているのだと思います。それが日常に、還元、循環して、ワクワクする。そしてまた、ここに来て、新たな発見をし、トライアンドエラーをする喜び。生きているという実感。それがこの教室に通う醍醐味だと思います!」



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