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子供の「ずるい😫」から学ぶ!賢い大人の嫉妬心との付き合い方🍀

子供はすぐ「ずるい!!」と言いますよね。
その姿に、「もー!心が狭いなあ」と思うこともしばしば・・・
でも、そんな大人の私たちも心の中では、
「ずるいなあ・・・いいなあ・・・」と思う場面がたくさんあります。
誰もが日々色々な嫉妬心を抱えていますね😂
この心と上手く付き合う”賢さ”について、 ぜひ一緒に学びましょう!

子どもと歩む人生に真面目に向き合う
子育てハッピーサロンPaOです。
遊びにきて下さってありがとうございます!
今日のテーマは「嫉妬心」です。

前々回は、子供の「欲張りな姿」から、
前回は、子供の「癇癪」から
「それは子供だけですか?」というテーマで勉強しました。

子どもの姿から大人も学び、不満を幸せの種に変える方法について学んだ内容ですので、よかったらこちらも読んでみてください(^^)

子供の姿から大いに学んで、大人としてどのような姿勢を取るのか、意識していきたいですね。
さて、今日もそんな過去2回に引き続き、子供の姿から学んでいきたいと思います。

今日は「嫉妬」の気持ちを紐解いて、原因と対策を学んでみましょう☺️
音声放送はこちらです!よかったらラジオもお聞きください。


アキラメが肝心?

冒頭に「ずるい」にまつわるエピソードを聞きました。

・私は子育てて自分の時間が全然ないのに、夫は自由に過ごしていて、夫ばっかりずるいなあ、と思うことがよくある
・要領の良い人を見て、ずるいなあ、良いなあ、と思う
・兄弟同士で、お菓子の量や持ち物を比べて毎日喧嘩している

などなど・・・
こういうことは誰しもが共感できるのではないでしょうか??

大人も子供も直面していますね。

よく「ないものねだり」と言われます。
自分に持っていないものを人が持っている時に「ずるいなあ」と思ったりします。

そんな時・・・
全然気にしない人や小さなことにこだわらない人を見ていると
あきらめが肝心なのかなあ、と思うことがあります。

この「あきらめる」という言葉は、実は仏教の言葉が由来となっています。

「あきらかに見る」という意味の仏教の言葉で
「諦観(たいかん)」
という言葉があります。
「諦観=あきらかに見る」から「あきらめる」に変化した
と言われます。

諦観(たいかん)→諦か(あきらか)に観る→諦める(あきらめる)

クヨクヨと後悔せず、割り切りなさい
という意味とは、実は少し違うんですね。

「諦」とは、真実や真理を表す言葉です。

「あきらかに見る」=真理や真実をありのままにみましょう

つまり、
真理や真実をありのままにみなさい

というのが「アキラメル」の由来となっている仏教の教えです。

では、この真理や真実とはなんでしょうか?
それは、「因果応報」や「因果の道理」と言われるものです。

今までの放送でも度々登場している言葉ですが、
自分が行ったことに応じた結果が、その人本人に返ってくる、という意味です。

<因果の道理>
善因善果=よいことをすれば良い結果が返ってくる
悪因悪果=悪いことをすれば悪い結果が返ってくる
自因自果=その人の行為に応じた結果が返ってくる

私に起きる結果も、他人に起きた結果も、
全ては、種まき(因)に応じた結果が返ってきます。

では、仏教では「あきらかに見なさい」となぜ教えられるのでしょうか?

それは、私たちが「見ることができていないから」です。
真理・真実をありのままに見ることができていない私たちに
「道理、真理を明らかに見ましょう」
と教えられています。

愚痴

私に起きた結果は私が蒔いた種
他人に起きた結果は他人が蒔いた種

そこが理解できていないところが
「ずるい!」と心がザワザワする原因となっています。

仏教で、人間には108つの煩悩があり、
私たちを苦しめていると言われます。

私たちを苦しめる心=煩悩

その中で、特に私たちを苦しめる「三毒」と言われる煩悩を
欲の心、怒りの心、愚痴の心
と言います。
3つ目の愚痴というのが、「嫉妬する」ということです。

よく「あの人は愚痴っぽい」とか、不平不満を言う意味で使われますが
元々は「ねたみ・そねみの心、嫉妬の心」を言われた言葉です。

ちなみに、欲、怒りについては前回、前々回と詳しく取り上げていますので
ぜひそちらの記事も読んでみてくださいね。

愚痴
=他の幸せな人を見て嫉妬する心、ねたみ、そねみの心

愚痴という漢字はよく見ると、愚かという意味です。

愚=おろか
痴=”知”が病だれに入っている

なぜ愚かなのでしょうか?
それは、因果の道理がわかっていないからです。

起きたことにはそれ相応の原因があります。
それは一人一人が過去に蒔いた種まきです。

私の友達が幸せになったとしたら、
良い結果を生み出すための苦労を過去にしているのです。

ところが、愚痴の心で因果の道理がわからなくなってしまうのが、私たちです。

植物に例えれば、種もまかないのに生えることはないとわかります。
ひまわりが生えたら、タネが撒かれたんだなと思います。
でも、他人の幸せとなると、突然生えたとしか思えないことがあります。

あの人は、私の知らないところで努力していたから成功したんだね
最近幸せそうなのは苦労していたんだね
と、分かると、妬みや嫉みの心は生まれないはずです。

それがわからないから、愚痴(=嫉妬)の心が出てきます。

嫉妬心への対処法

私たちは、相手の一部しか見ていません。
1日のうちほんの数十分しか会っていないのに
相手がどんな苦労をしてきたかわかりませんよね。
それをよく見ようともせず「ずるい!」と思ってしまうことがあります。
その嫉妬心で自分自身苦しんでしまうのです。

愚痴は煩悩の一つで、私たち自身を苦しめる種まきとなります。
逆に、その反対をすれば「よい種まき」となります。

愚痴の反対はなんでしょうか?
それは「智恵」です。因果の道理をよく知るという「智恵」を身につけることが、愚痴の反対となります。
欲や怒りへの対処法と合わせて振り返ってみましょう。

欲⇔親切
怒り⇔忍耐
愚痴⇔智恵(因果の道理をよく知る)

知恵を身につければ、
「他人の幸せな結果は努力をしたからなんだな」と思えます。

ちなみに・・・
他人に比べて、自分も同じくらい幸せなら妬みの気持ちは起きませんよね。
自分が幸せじゃないと思うから嫉妬の気持ちが起きます

私も頑張っているのに見合ったものが返ってこない・・・
と感じている時は、あれ?となります。

因果の道理は、因縁果の道理とも言われ、
実は「縁」が重要です。
タネを撒いても、「縁」が揃わないと生えませんから
努力をしても、必ずすぐに結果が返ってくるわけではありません。

でもだからと言って、タネを撒いたのなら、努力が消えてなくなるわけではありません。
縁さえ来れば実ると信じて、よい種まきを心がけられると良いですね。

また、愚痴は煩悩の一つなので、人間である限りなくなるものではありません
死ぬまでなくならず、私を苦しめ続けるものでもあります。

仏教を聞くと、怒らなくなる、欲しくなくなる、嫉妬をしなくなる
わけではないのです。

でも、愚痴を「愚痴だな」と受け止めることができます。
嫉妬の気持ちが起きているのは、自分が今、目の前のことだけ切り取ってしまって
因果の道理をわかっていないんだな・・・ということが、わかります。
そうすると、ねたみそねみのドロドロした感情から脱出することができます。

因果の道理を知って、よい種まきを心がけたいですね☺️

また、子供たちの「ずるい!!」発言に対しては、
「まだ智恵が足りないんだな」
「経験が足りないんだな」
「私もそう思うことあるもんな」

と思って共感してあげられると良いですね。

感想

夫に対して「ずるい!」と思うけれど、夫の一部分しかみていないなあ、と思った。見えないところで頑張って努力していることを、わかってあげたい。
また、夫から自分も「良いなあ」と思われているところもあるかもしれないなあ、と思った。

子供の「ずるい!」も大人の「ずるい!」も、知恵が足りないところから来るというのに納得した。智恵を身につけて賢い大人の姿をみせたいと思う。

終わりに

子育てハッピーサロンPaOチャンネルでは
自分自身を知り、幸せな毎日を目指して、メンバー自身日々学びつつ、発信しています。

記事を読んだりラジオを聞いてくださっている皆さんとも
ぜひ続けて一緒に学んでいきたいと思います。

少しでも興味を持ってくださった方は
フォローしていただいたり、スタエフの方でコメントをいただくなど、
ぜひお願いいたします!

これからも試行錯誤して、
居心地良く、学び多い、癒しの場を作っていきたいと思っています(^^)

ラジオでは、今日のようなブッダの話、
人生について真面目に考える放送や、
ママたちのゆる〜い雑談も、放送しています😊

子育て中の皆さんに共感いただける内容と思いますので、
ぜひラジオもお聞きいただけたら嬉しいです。

それでは、次回もお楽しみに!

ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。


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