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ムサビ授業14:MBAよりMFA? 改めてビジネスとデザインに思いをはせる(Takram 佐々木さん)

武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダシップコース クリエイティブリーダーシップ特論 第14回(2021/10/11)
ゲスト講師:佐々木 康裕さん

◆「クリエイティブリーダーシップ特論(=CL特論)」とは?
武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコースで開講されている授業の1つです。
「クリエイティブとビジネスを活用して実際に活躍されているゲスト講師を囲んで、参加者全員で議論を行う」を目的に、社会で活躍されている方の話を聞き、受講生が各自な視点から考えを深める講義となっております。

◆注記
この記事は、大学院の講義の一環として書かれたものです。学術目的で書き記すものであり、記載している内容はあくまでも個人的な見解であります。筆者が所属する組織・企業の見解を代表するものではございません。

講演者:Takramディレクター 佐々木さん

私の2つの職場を掛け持ちして、経営や新規事業開発のような仕事をしているのですが、VUCAの時代における「アート×ビジネス」または「デザイン×ビジネス」といった考え方に影響を受けています。

また、少しずつではありますが、大企業のマネジメント層と話していても、「顧客の課題から始めよ」といういわゆる「デザインシンキング」的な進め方を要望する方も増えてきた気がします。

そうした要望に対応するのは、ビジネスコンサルタント1人でどうしようもないこともあり、デザインファームの紹介をするのですが、今回お話を伺ったTakramは、日本の中で代表的なデザインファームと言えるでしょう。

今回が修士1年としては最後のCL特論となりましたが、ディレクターの佐々木さんのお話は、なぜ自分が大学院に来たか原点を思い出させるような、最終回に相応しい内容だと思いました。

佐々木 康裕さん Takram ディレクター / ビジネスデザイナー
クリエイティブとビジネスを越境するビジネスデザイナー。ユーザリサーチから、コンセプト立案、エクスペリエンス設計、ビジネスモデル設計を手掛ける。デザイン思考に加え、認知心理学やシステム思考を組み合わせた領域横断的なコンサルティングプロジェクトを展開。Takram参画以前は、総合商社でベンチャー企業との事業立ち上げ等を担当。経済産業省では、Big dataやIoT等に関するイノベーション政策の立案を担当。 早稲田大学政治経済学部卒業。イリノイ工科大学Institute of Design修士課程(Master of Design Method)修了。

キャリアの開始は伊藤忠ということで、元々はビジネスサイドで経験を積まれたということは驚きです。知り合いの伊藤忠の方に聞いた話ですが、『D2C』等が有名になったことで、伊藤忠ではカンパニー(=事業部)が違ってもよく知られた存在だそうで、若手に与えている影響も大きいとか。

『D2C』は「いかにコンセプトとストーリーが重要か」「少なくとも深い共感を得ることが事業成功の鍵になる」、「そして、そうした事業にテクノロジーはどう介在しているか」ということが具体的に説明されています。

私も、beBitの『アフターデジタル』と共に周りの人に勧めていたのですが、若い人は「そうだ!」となっても、偉いおじさん方は「マスをターゲットにしなくて、どうスケールさせるのか」の一点張りで話が噛み合わなかったのをよく覚えています。

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なお、D2CブランドはZ世代が多い北米を中心に拡大を続けており、ビジネスケースとして研究するのも面白いです。社会課題を解消するような事業になっていることも多く、株主中心資本主義からステークホルダー資本主義への移行も期待させます。

デザインスクールという名のビジネススクール

伊藤忠時代は、シリコンバレーの花形を扱って、ベンチャー投資もしていた、という佐々木さん。テック企業はどういう風に生まれて廃れていくのかを目にしたそうです。

そんな中、大前研一が翻訳した『ハイコンセプト』(ダニエル・ピンク原著)に感化されたことで、デザインスクールに進むことを決意します。2006年に刊行された本ですが、今後のビジネスでのエッセンスを言い当てています。

ハイコンセプトで語られているエッセンス
「機能」だけでなく「デザイン」
「議論」よりは「物語」
「個別」よりも「全体の調和」
「論理」ではなく「共感」
「まじめ」だけでなく「遊び心」
「モノ」よりも「生きがい」

「これからの時代は、MBA(経営学修士)よりも、MFA(美術学修士)」という言葉もこの本が初出だったような気がするのですが、「ビジネスマンもデザインを学ぼう」という風潮は15年前からあったんですね。↓の記事も参考になります。

さて、佐々木さんが通われたのは、IIT ID(イリノイ工科大学デザイン大学院)です。今回の話を聞いて調べていたのですが、noteに現在留学されていた方の留学体験記がありました。

(卒業生が)デザイン、コンサル、テック企業で3割ずつを占めているのは米国でのビジネストレンドを考えると妥当に思えます。次にHealthcareが来ているのがなるほどなと考えさせられます。

なるほど、日本ではまだこういう大学(アートスクール)は主流じゃないよなと思いつつ、日本で一番その位置に近いのは、武蔵美のCL学科なのかな、とも思います。

今後は「社会人になってから心機一転、武蔵美で学んで、卒業後はTech Giantでビジネスデザイナーです」みたいな事例も増えるのかもしれません。先生方からすれば、まず在校生がそうなれるよう頑張れよ、という話かもしれませんが、、

少し話が逸れてしまいましたが、IDの話で面白かったのは「①デザインスクールというより職業訓練校」ということと、「②西海岸流のデザイン思考とシカゴ流のデザイン思考は違う」という2点です。

①デザインスクールというより職業訓練校

IDではバラエティに富んだ授業が展開され、「市場投入戦略」、「行動経済学」、「新規事業のケーススタディ」等々、佐々木さんの言葉を借りれば「デザインスクールの皮を被ったビジネススクール」の様相を呈していたそうです。

右脳(クリエイティブ)に限らず、左脳(ロンテリ的思考)もやる、と考えるとわかりやすいかもしれません。その背景にあったのは「puzzle」と「mystery」という2つの問題の考え方で、「puzzle」は論理的思考で解決できるが「mystery」は色々な思考体系を投入しないと解けない。「mystery」の解き方を教えるためには、学術横断的にやる必要ということでしょう。

佐々木さんに2つの要諦をまとめていただいていたのですが、学際的に広げつつ再現性を求めるというのは難易度が高いと感じました。自身を顧みると様々な授業を受けても「どういう型(アプローチ)に体系化できるか」までは及んでいない気がします。

1. 超・多様性
:デザイン思考や論理思考、その他を有機的に組み合わせた新しいアプローチが必要。

2. 創造性非依存の再現性あるアプローチ
創造性やインスピレーションに依存せず、高い再現可能性を持った規律的プロセスとして新規事業創出を行う。

これらは授業で勉強するというより、実践によって体系化できるものような気がしており、とにかく手を動かさねばならぬ、と思います。

②西海岸流のデザイン思考とシカゴ流のデザイン思考は違う

デザインシンキングのアプローチにおいて「西海岸(シリコンバレー)と中西部(シカゴ)で対比できる」という考え方は面白かったです。

・西海岸(シリコンバレー)
:リベラルかつダイバーシティに富み、テック系の新興企業が早いスピードで勃興する。リーンスタートアップ。
・中西部(シカゴ)
:同質性が高い。歴史ある大企業が多く、北米においては保守的である。生え抜きの白人男性が役員を占める。日本が近いのはこちら。

日本で「デザインシンキング」といってイメージするのは西海岸のものですが、前提となる企業風土にはマッチしていません。そのやり方をそのまま導入してもうまくいかない、ということが示唆されます。

西海岸のようにリーン型でできるのであれば、とにかくスピード感が重要であり、「出してみて客に受けるかが全て」と単純化することができます。顧客の課題=ビジネスであり、課題解決が果たせるかと、それに対する対価が得られるかをKSFに置けばいいでしょう。

翻って、そうできない場合。佐々木さんは「プロダクトは2回買われる」と言います。1回目は社内で買われ、2回目は顧客に買われる、ということで、顧客に受ける以前に、社内で受け入れられなければ日の目を見ることができない。

そのため社内調整を十分にしながら検討に検討を重ねるプロセスが必要となり、新規事業を興したい、もといイノベーションを起こしたいのなら、まず社内調整という憂き目にあってしまう。

早稲田大学で経営学者の入山教授が「新規事業成功において、若者とベテランの組み合わせが重要」ということを言っているように、保守的な会社でイノベーションを起こすには根回しが必要です。

一方で、それ自体面倒なこと(非合理的に思えること)だったりするので、なかなか新規事業が進まないということもよく目にします。

「顧客の課題が重要なのに、マネジメント層が理解してくれない!」と嘆くのではなく、現実主義者として戦略的にデザインシンキングを馴染ませていかなければいけない。

大企業のマネジメント層は、当然のように生え抜きで、組織の論理に矛盾も感じながら、会社のやり方に適用することによって出世してきた人がまだまだ多く、「考え方が古いからアップデートしてください」みたいに入っていっても拒絶反応が出て終わりなわけです。

私自身からしても深く実感できる話であり、「何か大きなことが起きれば、ショック療法的に大企業の風土も変わるのでは」と期待していたのですが、コロナ禍という大きな出来事があっても本質的には何も変わっていない様子をありありと見せつけられており、保守的な会社が変わるのには時間がかかるというのを実感しています。

ビジネスデザイナーとは?

Takramでは、デザインやエンジニアリング関連のプロジェクトはもちろんのこと、クライアントの新規事業のコンセプト策定やそれを実現するための戦略策定支援など、ビジネスに比重があるプロジェクトを多数行っています。

そうしたプロジェクトでは、事業環境が短期間で急変し、これまでの市場定義が曖昧化して状況に置かれたクライアントに対し、顧客インサイトや文化的トレンドも加味しつつ高度にビジネスやクリエイティブを統合した事業機会を探っていく必要がある、としています。
(https://ja.takram.com/careers/businessdesign/)

そして、近年重要となっているのが、気候変動やジェンダー、多様性の問題などのグローバルアジェンダに対応しているのか?ということ。

佐々木さんは「グローバルアジェンダとの接続」という言い方をされていましたが、「事業 = 売上と利益」という考え方は古く、社会的課題を自分ごととして捉ければ企業としての責任を果たしているとは言えないという時代が来ています(副業で社外取締役をやっていても、機関投資家からそういう質問を受ける場面も増えました。今後は個人投資家からもそういう質問を受けるのかもしれません)。

印象に残った話(質疑応答)

質問タイムでは30分以上、一つ一つ真摯に答えてくれていたのが印象的でした。

Q.
シカゴのデザイン思考という話について、組織にデザイン思考を根付かせるためにどうすればいいか。
A.
日本のデザイン思考はIDEOや西海岸のスタイルが大きいと思っている。西海岸は大企業で立ち上げるのでなく、社内調整とか全く不要。事業立ち上げたばかりの企業がいかに共感を得てグロースしていくかを体系化したもの。
プロダクトは2回変わらないといけない。1回目は社内、2回目は社外。西海岸は社外だけでいい。日本でやるには社内で承認をもらうのが重要。根回しがとても大事。根回しの重要性はシカゴのイノベーションでは根回し担当のvice presidentがいる。
日本のデザイン思考のプロジェクトは花火打ち上げる的にやる。本当に根付かせるには毎月ユーザーインタビューするとか、業務のオペレーションでデザイン思考のエッセンスが染み込んでいるというのが大事。
デザイン思考はあのままやらなくていいと思う。大学院時代の同僚はGoogleのエスノグラフィー。エンパシーという話だが、ひたすら知見を貯めるというのやっている。ひたすらある領域を突き詰めるというのもありうる。

Q.
未来を構想していく、見えないものを作っていくという言葉があったが、価値観で組織を導いていくという視点。日常の中で心がけていることはあるか?
A.
単発のプロジェクトで導くのは難しい。日々のプロジェクトから離れてグローバルアジェンダから学ぼうとか実践すること。俯瞰的に世の中変わっているということに気づくということ。プロジェクトが走っているときに「ジェンダー」と言われても受け入れない。プロジェクトごとに闘っていても辛い。「導く」というスタイルは現代的でない。いろんな価値観をインクルーシブにしながら動くというのが重要。

Q.
日本の「デザイン思考論」は、デザインの方法の民主化と、クリティビティの発揮の2つが混じっている。センスの重要性やセンスのマネジメントについてどのように考えているか?
A.
再現性不可能性は大事である。山口周さんもいっているが、(右脳的なことは)アカウンティビティに弱点がある。「佐々木さんがいうなら、これがいうならいいと思います」という信頼関係を作れるかで勝負が決まる。
Takramで言えばクライアントワークをしても、「説明しなくてもいい」という状態をどう作るかが重要。クリエイターのマネジメントという意味でいうと、デザイナーのことを100%信じて、良いものを作ってもらうということかと思う。デザイナーが判断したものが否定されないようにするということ。

クリエイティブリーダーシップとは?
〜それぞれのスタイルがあるが、越境すること〜

さて、今年度だけで全14回の「クリエイティブリーダー論」があったわけですが、活動も考え方も哲学も全て違うことがわかります。

世界がとてつもない勢いで変わっていて、クリエイティブリーダー像というのも単一のモデルに回帰するというよりは、多様なスタイルに広がっていくのは間違いないと思えます。

佐々木さんは最後に「ビジネスとクリエイティブを行ったり来たりできるような人が増えていってほしい」と仰っていました。

クリエイティブとは何か、リーダーシップとは何を指しているか、未だに明確な解はないですが、私はいま「領域を越境する」ということがキーかもしれないと仮説を立てています。

実際、大学院に通ってまだ半年ですが、全く触れてこなかったアートやデザインの世界に踏み出し、「今まで見てきた世界は半分以下だった」いうことを痛感しています。

かつて「合理的に説明できない」という理由で無視していた感覚的、観念的な世界が思っていたよりロジカルであることも知ったし、なぜ自分はこういうものの見方をするのか?というのは全然論理的に説明できない(こう思うとしか言えない)というのを知りました。

仕事につながるかは置いておいても、美大に来たことで確実に人生は豊かになっているような気がするし、何かしら成長している実感があります。まだまだ学生生活は続きますが、初心忘れべからずで、貪欲に学び続けて行きたいと思っています。

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