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「遺伝カウンセリング」のほんとうの役割

「付き合って3年の彼氏がいますが、私の兄弟が重度の自閉症がいる事で、結婚はやっぱり考えられないかもしれないと言われてしまいました。理由は自分達の子供の障害の障害の確率が上がるから。だそうです。もう絶句です。」

ツイッター(現 X)でのある投稿です.「確率が上がる」のがほんとうかは状況や家系図をくわしく聞いてみないと判断できませんが,実際は単なる誤解であることがほとんどです.「遺伝相談」はこのような悩みも守備範囲です.彼氏とふたりでカウンセリングを受けてみるのも一法だと思います.

以下一般論として書きます.このような悩みや相談は深刻ですが,世のなかにはときどきあります.障害や発達遅滞がある家族がいるためパートナーが結婚に躊躇したり,パートナーの家族が結婚に反対するというのはよく聞く話です.実はこういったケースは,広い意味での「遺伝相談」の守備範囲になります.

本人あるいはカップルで相談に来ることもあるし,当事者ではなくパートナーの親族が来ることもあります.心配というよりは結婚に反対する理由をさがしていることもめずらしくありません.遺伝カウンセラーはこういった相談に適切に対処し,認知の歪みがあればバランスのとれた状態に正すことをします.

臨床遺伝専門医と認定遺伝カウンセラーは,遺伝についての専門的知識と高い人間性,倫理性をもち,こういった理不尽な社会的偏見や差別に向きあってきました.たとえば一昔前に社会に広くあった色盲や近親婚にたいする偏見や差別が,いまはだいぶ薄れてきたのはその功績といっても過言ではありません.

ところが今の遺伝診療は専門化高度化をめざし,こういった偏見や社会問題を対象にすることを嫌がる傾向があります.「遺伝相談」が「遺伝カウンセリング」という名称にかわった2000年ごろから顕在化した流れです.すくなくとも大学の遺伝診療では,当事者ではない家族からの相談など門前払いでしょう.

いまの遺伝学研修をうけて臨床遺伝専門医となった若手は,この投稿のケースを相談されたら対応に面くらうかもしれません.しかし故大倉興司先生が提唱した「地域遺伝カウンセリング」では,こういった遺伝への誤解にもとづく社会の偏見や差別にていねいに対応して解決に導く方法論がたしかにありました.

地域遺伝相談は,大学病院やセンターの遺伝外来の椅子にすわっているだけではけっして実現できません.地域に密着する,たとえば保健師さんと協力が決定的に重要です.メンデル遺伝病の遺伝子を特定し,再発リスクを評価し,出生前診断や着床前診断を考えることだけが遺伝カウンセリングではありません.

社会のなかに潜在する広い意味での遺伝の悩みや不安を地道にひろいあげ,遺伝カウンセリングにつなげること.個々のケースに徹底してつきあい,カウンセリングの技術を用いてよりそいながら,クライエントの真の幸福を願っていくことが,ほんとうの意味での遺伝相談/遺伝カウンセリングの目的なのです.

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