戯曲 スタンド・バイ・ミー!

(登場人物)

・トミー…主人公。双子座のAB型。


この芝居はトミーの一人芝居として上演される。
以下の登場人物はすべてあらかじめ録音された声のみの出演となる
・フランキー
・カリフォルニアガール
・シャイボーイ
・ジャージー州の農夫
・ステラ
但し、舞台装置でラジオスタジオや電話口などを設けた場合、上記のキャストは声のみならず役者が演じても良い。トミーとフランキーの二人芝居でも良い。つまり出演者は1〜6名で調整できる。

(注意事項)
この舞台はオールディーズを楽しむことを目的としている。
観客はオールディーズがかかったら迷わず唄うべきである。
そのためにパンフレットには歌詞の記載があると良いだろう。英語詞は読めない方もいるので、ルビを振るなどご配慮願いたい。暗い客席でも歌詞カードが読めるようにペンライトを用意するなどの配慮もあると良い。
幕前に会場スタッフは趣旨を説明し、歌声の練習を共にするべきである。
オールディーズがかかったら客席前のスタッフは共に歌い、客を歌声に誘うべきである。
だがしかし、もしも上演者が恥ずかしくて唄うことを厭うようならば、この指示は忘れてくれて構わない。

(注意事項)
ト書きと独白が入り乱れているため、キャストはどの言葉を読み、どの言葉を読まざるべきか戸惑われることと思う。ト書きなのか独白なのか、決めるのは上演者にお任せする。舞台人の感性を大いに発揮して欲しい。

(上演時間の目安について)
一時間を想定する。それ以上時間を掛けてはいけない。すべての台詞、独白を読み上げ、歌まで歌うと一時間を超えるため、適当にカットされたし。
カットしやすいように章を細かに分けている。
戯曲に上演者の仕様を加えることで、初めて戯曲は命を頂くものに思う。

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(開幕)

0
暗闇から流れるイントロはスタンド・バイ・ミーだった。


オイルライターの火が灯る。
ぼうっと部屋が明るくなった。
大きく肺に煙を吸って、
深く吐き出してから
ベッドサイドのランプをつける。

2
真夜中に目が覚めた。
時計が逆向きに回転していた。
俺はマイドッグを足でつついた。
俺のドッグはレザースーツを着ている。

だけど、犬だと思ったそれはゴキブリで
つつかれたゴキブリたちは方々に散った。

俺はマイドッグを探している。
女房じゃないぜ。犬だ。
女房は今頃寝室で眠っている筈だ。
レザースーツに身を包んで。

望遠鏡を覗いた。
俺の失くした時間は何処にあるんだ?
時間が遡っていた。
星が逆向きに回る。

このまま星が逆回りしたら夕方になっちまう。
夕方になったらどうなる?
夕方?
夕方ってなんの事だ?
笑えるぜ。

(スタンド・バイ・ミーがフェードダウン)

3
ラジオが喋りだす。
「こちら天国一丁目。スタジオヘブンです。最初にお送りしたナンバーはベン・E・キングのスタンド・バイ・ミー。今日もDJを務めるのはあなたの友達、フランキーです。今宵もあなたと共に音楽を。今晩も宜しくお付き合い下さい。」

再び音楽はフェードアップ。

ダーリン、ダーリン、スタンド・バイ・ミー。
傍にいてほしいんだ。

*****
スタンド・バイ・ミーがぶつりと途切れてラジオから無機質な男の声が聞こえる。

「臨時ニュースをお伝えします。」
カリフォルニアでナイフを持って暴れていた男が逃走中です。男の行方は不明です。被害者の数が多く現在、怪我人の数を確認中です。犯人は何処に潜んでいるか分かりません。近隣の方は充分お気を付け下さい。

「こちらスタジオのフランキーです。物騒な世の中になったものですね。ラジオの前の皆様にご不幸が訪れませんように。」

4
通り魔だって?
全くもって物騒な世の中だぜ。
俺はラジオのスイッチを消そうとした。
寝るつもりだった。

「トミー、ウェイト!待ってくれ!」
とラジオが喋った。

「まだ、夜は長いんだ。スイッチを消すなよ。」

俺はラジオに伸ばした手を止めた。まるで俺に話しかけているみたいじゃないか。

退屈なんだ。夜は。
マイドッグもいないし。
女房は寝ているし。
俺のレザーもないし。

俺は独りごちた。
ラジオに向かって。

「トミー、トミー、トミー、退屈ならラジオを聞けよ。一緒に夜を明かそうじゃないか。」とラジオは言った。

ワッツディス?

ラジオを止めようとすると。
「待てよ!」
とラジオが止める。何処かから見られてるのか?

「部屋の中を見回したって監視カメラなんかないよ。…おい、ほっぺをつねってもコレは夢じゃない。」

何なんだ!

「いつもラジオを聞いてくれてありがとう。俺たちは友達だっただろ?それにお前だって」

俺だって?

「さっき言ったじゃないか。ダーリン、ダーリン、スタンド・バイ・ミー。一人は淋しいな、トミー。俺は傍にいるよ、いつでも。」

ああ、なんてこった。俺は悪魔に魅入られたのか。

「記念に一曲かけようじゃないか。リクエスはあるか?よし、それじゃあ、プラターズのオンリー・ユーはどうだ?」

オンリー・ユー。タラタタララー。
オンリー・ユー…。

5
「トミー、トミー?」
俺はラジオに話しかけられている。
全くもって世も末だ。
いくら友達がいないとはいえ、ラジオが友達になるとは思わなかった。

「聞けよトミー!」
聞いてるよ!

俺はベッドに寝っ転がって真上にある天窓を見ていた。
星が明るい夜だ。

「オンリー・ユーは1955年のヒットナンバーで全米のヒットチャートで発売当初、7週連続1位を記録しました。美しいバリトンボイスのサビ「オンリーユー」が心に沁みる名曲ですね。トミー、聞けよ!」

聞いてるよ!

時間は何処だ。俺の失くした時間は。
俺は望遠鏡を覗いて天体に時間を探した。
星雲の間を黒い小虫が飛んでいて気分が悪かった。

「トミー、悩みがあれば聞くよ。悩みはないか?女房との関係はうまく行ってる?」

悩みなんてないぜ。
それにあったとしてもお前には言わないぜ。

「何でだよ!それじゃ番組が盛り上がらないじゃないか!」

番組ってなんだ!
このやり取りを誰か聞いてんのか?

「ラジオの前のみんなが聞いているんだよ。」

聞くなよ! 

「怒るなよ!ほら、サビが来るぞ。一緒に歌おう。オンリー・ユー…。歌えって!」

オンリー・ユー…。
タラタタララー。
オンリー・ユー…。

「プラターズのオンリー・ユーでした。誰かに向かってオンリー・ユー、囁いたことはありますか?あなたの言葉は不思議な力を持っています。誰かを特別にする魔法の言葉、オンリー・ユー、素敵な言葉ですね。」

6
「それではリスナーからの悩み相談です。今日はカリフォルニアの女の子から手紙が届きました。お名前はジャッキーさん。…ええと。『親愛なるフランキー。いつもあなたのラジオ楽しみにしてるわ。』ありがとう、ジャッキー。君に喜んで貰えて嬉しいよ。『わたし、好きな人ができたの』良かったじゃないか。おめでとう。『でも、その人は結婚してるわ。』オウ…ジーザス。『でも好きなの。ねえ?どうしたら良いの?』…ジャッキー、愛は偉大だ。愛は君をとても強くするだろう。でもね、愛は神の導きによって正しい方向に向かうべきだ。私は、君の恋は応援できないよ。」

「トミー?君はどう思う?」

知らねえよ!

「ジャッキーに何かアドバイスは?」

くそったれ!

「ええと、汚い言葉が出てしまいましたね。リスナーの皆さんにお詫び申し上げます。私から訂正致しましょう。『うんこたれ』こう言うことですね?」

シット!

「さて、ジャッキーと電話が繋がっています。」

「ハイ、ジャッキー。」
「ハイ…」
「ラジオは聴いていた?」
「イエス…。聴いてたわ。トミーの汚い言葉も。」
「彼はまだオンエアに慣れてないんだ。」

聞こえてるの?本当?どうやって?
俺は改めて部屋を見回した。
どう見ても、ここは俺の部屋でスタジオではなかった。
「トミー、レディに謝って?」

本当に?聞こえてたの?
ソーリー、気が立ってたんだ。

「良いのよ…」
「ジャッキー、報われない愛なんて空しいものだよ。」
「そうね。でも好きなのよ。」

好きなんて気持ちはオママゴトみたいなもので、くだらないぜ。

「ジャッキー。君はまだ子どもだ。好きなんて気持ちは一時のものだよ。」

そうだ、フランキー。良いことを言う。

「でも…」
「今の彼と同じくらい好きになれる人が、きっと、できる。私が保証するよ。」

そうさ、俺だって保証する。

「寝たわ、彼と。」
「オウ…。」
オウ…。
「一度だけ。もう離れられないの。ねえ、フランキーお願いよ。あたしの恋を応援して。」
「ジャッキー…。」
「プリーズ。」
「もうリクエストの時間だ。掛けて欲しい曲を言って?」
「ねえフランキー、もしあなたが私の恋を応援してくれるなら、「コール・ミー・ネーム」をかけて。」
もし応援しないなら?
「応援してくれないなら「悲しき雨音」にして頂戴。」
「オーケイ、分かったよ。電話を切ってラジオに耳を傾けて。私からのメッセージを受け取って欲しい。」
どうする?フランキー。
女の子が悩んでるんだ。
女の子を励ましてやれよ!

ラジオから流れた曲はカスケーズの「悲しき雨音」だった。
ああ、なんてこった!

7
ラジオのミュージックで雨が降りだしたように、外でも雨が降ってきた。
ああ、最悪だ。どうしてか分かるかい?雨が降るとこの部屋は…

シット!
雨漏りするんだよ。

俺はタライやバケツやコーヒーカップを集めて雨漏りに当てた。

ベッドだって動かさないといけないぜ。
場所を変えても変えても雨漏りしやがる。
この部屋にすら、俺の居場所はないんだ。

「トミー、大変そうだな。さっきの女の子の変わりにお前の部屋が泣いてるみたいだぜ。」

そう見えるならそれで良いさ。

「雨が降る日もあれば」
晴れる日もある。分かってるよ。
「元気出せよ、トミー。」

「スタジオから臨時ニュースです。本日発生したカリフォルニア通り魔事件の被害者が次々と州立病院に運ばれてきました。被害の全容はまだ分かりません。しかし、被害者は相当数いるとのことです。臨時ニュースは以上です。引き続きフランキーの番組をお楽しみ下さい。」
「こちら、フランキーです。被害に遭われた方のご不幸をお悔やみ申し上げます。さて、お送りした曲はカスケーズの「悲しき雨音」でした。あなたと夜と音楽と。フランキーの人生相談は続きます。次のお便りはレインドロップ・フォーリンさん、男性です。お手紙を読み始める前に、先にリクエスト・ナンバーをかけましょう。ジョニー・ビー・グッド。」

8
「ハロー、聞いてくれフランキー!」
聞いてるよ、ミスターレインドロップ。
「好きだった女の子に想いを打ち明けたいんだ。」
ミスター、いい話だよ。頑張って、応援してる。

俺は口笛を吹いた。ヒュー。やるじゃないか。勇気がある。

「ずっと好きだったんだ。でも彼女は人気者で、俺なんか近付けない。だけどこの前のパーティで彼女と喋ることが出来たんだ。凄く気が合ったし、趣味も共通していた。彼女もオールディーズファンで、実はこの番組のリスナーだったんだ。」
本当かい?それは奇遇だね。きっと君たちはお似合いのカップルになるよ!

同感だ。オールディーズファンに悪いやつはいないぜ。


「この番組が始まる前に電話をかけるつもりだ。番組が始まる頃には結果が出てると思うよ!フランキーに知らせたいんだ。絶対、電話くれよな!そうそう、祝杯の用意を忘れるなよ!」
レインドロップさん、お手紙ありがとう。
番組スタッフが祝杯の用意をしてくれたよ。
グラスにブルゴーニュワインが揺れています。

ちょっと待ってくれ!
俺もベッドサイドから酒を探した。
確かスコッチがあった筈だ。


このグラスで乾杯できることを祈っています。
早速電話が繋がったようです。

アロー?
フランキーかい?レインドロップだ。電話ありがとう!
ミスターレインドロップ、手紙を読んだよ。結果はどうだったんだい?

フランキーはマイクに向かいながらワイングラスを構えた。俺もスコッチのボトルを構えた。

勿論、成功だよ!

イエス!
みんなで乾杯しようぜ。
チアーズ!
チアーズ!

(ジョニー・ビー・グッドがフェードアップ。)

ゴー、ジョニー、ゴーゴー!
ゴー、ジョニー、ゴーゴー!
ゴー、ジョニー、ゴーゴー!

ジョニー・ビー・グッド!

フランキー、気分がいいぜ。
トミー、私もだよ。
女房と付き合い出した頃を思い出した。
トミー、私もだよ。

ゴー、ジョニー、ゴーゴー!
ゴー、ジョニー、ゴーゴー!
キッズの頃から俺たちもオールディーズファンだったんだ。

9
「次のお便りは漕げよマイケル、さん。男性です。」

「今晩は、フランキー。いつも番組聞いてるよ。」
ありがとう、マイケル。嬉しいよ。
「悩みというのは他でもない。孫の事なんだ。」
お孫さんがいるんだね、マイケル、君は幸福だな。「俺の息子夫婦に子どもが生まれたんだけど、あいつらちっとも孫を連れて来ないんだ。」
お孫さんは可愛いでしょう。寂しい気持ちは凄くよく分かるよ。
「この前の、久々に孫が来たんだよ。だけど、ああ、神様!聞いてくれ!体中がアザだらけなんだ!」
なんだって!?

なんだって!?と俺も叫んだ。
フランキー、コレはただ事じゃないぜ。

そうだな、トミー。一体どうしたら良いと思う?
おっと丁度電話が繋がった所だ。
…ハイ、マイケル?
「ハイ、フランキー。俺の手紙を受け取ってくれてありがとう。」
そんなことよりマイケル。アザってどういう事なんだ?
「フランキー、おお、信じられない。息子夫婦が孫の事を虐待してるんだ。」

すぐに児童相談所に行かなきゃ!
(と、俺は言った。)
今だってどんな目に遭っていることか!

まあ待てよ、トミー。ねえ、マイケル?児童相談所に相談は?
「まだなんだ」
そうだね、分かるよ。自分の子どもだものね。
「どうしていいか、分からないんだ。」
自分の子どもは通報できない?
「優しい子だったんだ。」

子どもをぶん殴る奴は許さねえぜ!

落ち着けトミー。フランキーが言った。

俺は無性に興奮していた。
俺の空手チョップをお見舞いしてやる!
ハチョー!

マイケル、あなたがお孫さんを引き取ってみればどうかな。君の息子夫婦はきっと疲れているんだよ。
「だけどフランキー、小さな子どもを親元から引き離しても良いんだろうか。」

爺さん、お前のその優柔不断が事態を悪化させているんだぜ!ハチョー!
俺の空手チョップは今日もキレてるぜ。

「…」
そうだね、トミーの言う通りかもしれないよ。
「ありがとう、フランキー、そしてトミー。吹っ切れたよ。息子夫婦に申し出てみる。」
上手く行くと良いですね。
そうだな、上手く行くと良いな。
「なに、文句言われたらぶん殴ってでも。」
マイケル、暴力は良くないよ。
「おっと、そうだったな。本当にサンキュー。」
マイケル、オールディーズのリクエストはあるかな。
「そうだな、ダニーボーイ。どうかな?孫と俺の息子に捧げたいんだ。」
オーケイ。
電話を切ってしみじみと聴いてくれ。
きっと万事上手く行くよ。

10
曲が流れる裏側で俺たちは話をした。
色んな悩みがあるものだな。

「そうだね、人は沢山の悩みを抱えている。そして、一人で悩みを解決できる人間は少ないよ。誰だって不安の中にいるのさ。そして、その不安が時々人生の歯車を狂わすんだ。」

悲しいな、それは。
「そうだね、悲しい。だから人は誰かを求める。自分の正気を支えてくれる誰かを。もし支えてくれる人間がいなければ、きっとみんなおかしくなってしまうよ。」

ダニーボーイか。懐かしいな。
曲はサビに差し掛かった。俺は小さな声で一緒に歌った。
その声にフランキーの声も重なった。

俺、小さな頃、この歌よく唄ったよ。意味も分からずにさ。

トミー、それは俺もだよ。子供の頃は何でも輝いていたな。
オールディーズも、ラジオも。
トミー。悩みがあれば聞くよ。
夜は長いんだ。遠慮するなよ。

フランキー。俺は悩みなんて無いよ。
雨が止んだな。
俺は再び望遠鏡をかざして天窓を見上げた。

「なあ、トミー?
 昔のことは思い出せる?
 例えば昨日の夕食は何を食べたとか。
 子供の頃の友達の名前とか。
 誰だって輝かしい時代があるだろう?
 お前は時間を失っていないかい?」

時間を?俺が?

「そう、時間だよ。昨日の夕食とか。」

覚えているさ、もちろん。
昨日の夜はトマトのパスタさ。

「じゃあその前の晩は?」

…その前?その前の晩もトマトのパスタだ。

「じゃあ、その前は?」

…トマトのパスタ…。変だな、フランキー、ちょっと待ってくれ。そんなに立て続けに質問するなよ、頭がぼんやりするだろ。ええと、そんなに俺は毎晩トマトのパスタを食べていたっけ?畜生、頭がぼんやりする。

「トミー、ゆっくりで良い。そう、ゆっくりだ。目を瞑って深呼吸して。」

フランキー意地悪は止してくれよ。誰だって一昨日の晩御飯なんて覚えてられないぜ、そうだろ?なあ?お前だって、一昨日の晩御飯なんて覚えてないよな?

フランキーは何か言いかけた。
だが、その言葉は臨時ニュースに遮られた。

「スタジオから臨時ニュースです。カリフォルニアの通り魔事件で被害者のひとりがお亡くなりになりました。通り魔事件は通り魔殺人事件となりました。お亡くなりになった方は同州に住むジャクリーン・モローさん20歳です。ご冥福をお祈りします。番組進行は引き続きフランキーです。フランキー、どうぞ。」
「こちらフランキーです。被害者の方は20歳?まだ若い。これから何でもできたのに。悲しい事です。ご冥福をお祈りしましょう。」

フランキーは胸で十字を切った。
そうだな。20歳。まだ子どもじゃないか。若さって可能性だよ。その可能性の芽が無為に摘まれてしまった。悲しい事だ。
俺もフランキーと一緒に十字を切る。

「皆様には引き続き『ダニー・ボーイ』をお楽しみ下さい。」

(ダニー・ボーイ、フェードアップ。)

オー、ダニー・ボーイ…。
声高に歌い上げる。

11
トミー、お前は犬を飼っていたな。
犬は何処に行ったんだ?

なんだって?
犬?
俺が?

そう、お前は犬を飼っていたな。
2歳のダルメシアンだ。
白黒斑のさ、スラッとした利口な犬だ。

何を言ってるんだ?
フランク?
家に犬なんていないぜ?

名前を呼ぶと人懐こそうに駆け寄って来るんだ。
可愛いよな。確か名前は…。

「CMです。」
快活なCMが始まる。
「ジョン?車の内装変えたの?」
「サリー、よく気付いたね。ハンドルカバーを変えたのさ。オシャレだろ?」
「とっても素敵よ。あとはあなたの&%$677(ノイズ)を治すだけね。」
車の事でお困りごとはございませんか?整備に車検、部品交換。あなた好みのカスタマイズも行います。「誰かあたしの旦那のカスタマイズもして!」

「フランキーのあなたと夜と音楽と。この番組はジョンアダムズ自動車商会、マッキンリー印刷出版の提供でお送りしています。」

12
「現在の時刻は午前三時三十分です。時間が過ぎるのはあっという間です。番組の残り時間はあと30分。間もなく東の空から朝日が登ります。」
「次が最後のお便りになるかな。カリフォルニアの星影のステラさん、男性です。『やあ、フランキー、いつもラジオ聞いてるよ。』ありがとうステラ。それが聞けて嬉しいよ。『悩んでるんだ、凄く。』どうしたんだい、ステラ。話を聞くよ。『女房が犬を連れて出ていってしまったんだ。利口な犬だった。名前を呼ぶと尻尾を振って駆け寄って来るんだ。なのに、出ていってしまった。』どうしたんだい、ステラ。ひどい話じゃないか。『俺は一人になってしまった。一人になると時間が止まったかのようだ。』オウ…可哀想に。同情するよ。『女房は俺のボスとデキてたんだ。』なんてことだ!ひどい話だ。『俺は仕事をクビになった。』オウ…ジーザス…。『今までの人生は何だったんだ。毎日、部屋の中でぼんやり過ごしている。外に出るのが怖いんだ。』『俺はどうしたら良い?フランキー、俺は復讐してやりたい』いけない、ステラ。復讐は何も生まない。空しいだけだ。『オーケイ、相談したら気が楽になったよ。電話は掛けないでくれ。きっと出れないと思う。その代わりナンバーをリクエストしても良いかな。アンチェインドメロディ。』」

良い選曲だ。
アンチェインドメロディ。
オー、マイ・ラブ。マイ、ダーリン。

フランキーが言った。
「トミーどうだ、気分は?落ち着いたかい?」

オーケー。もう大丈夫だ。

「さっきの手紙はどう思う?」

俺だって悲しいことは沢山あったよ。そのうちのいくつかはとても理不尽だった。いつも悲しみは勝手に俺の所にやってくる。頼みもしないのに。だけど諦めるしかないな。理不尽な悲しみは、誰かと分かち合うしかない。慰め合って忘れるしかない。
そうだろ、フランキー。

同感だ、トミー。

分かち合う。いい言葉だ。

13
子どもの頃、犬を飼っていたんだ。ダルメシアンだ。利口な犬だった。
名前を呼ぶと尻尾を振りながら駆け寄ってくる。

学校からの帰り道、その日は友だちと喧嘩して俺は落ち込んでいた。トボトボ帰っていると、俺の犬が見えたんだ。

俺は名前を呼んだ。

嬉しそうに犬は尻尾を振って駆け寄ってきた。
そして俺の目の前でトラックに挽かれた。
トラックはそのまま、走り去った。ひき逃げだよ。でも俺は子供だったし、トラックのナンバーも覚えていない。それどころかあまりに一瞬のことで、何色のトラックかさえも覚えていなかった。
犬を抱き上げて泣くしかなかった。

犬の名前は…。

あの時、一緒に泣いてくれた友達がいたな。
一緒に俺の犬を土に埋めてくれた。
一緒に墓標を立てた。
俺たちはずっと友達だ、そう誓い合った。

あれは・・・?
誰だ?

「トミー、踊ろうか。ラジオを持ってくれ。」
オーケー、フランキー。良い提案だ。

俺はラジオと一緒に踊った。
いい音楽。
それにいい夜だ。

「昔、一緒にオールディーズを聴いた友達がいたんだ。友達の名前が思い出せない。フランキー、思い出せない。」

「思い出せない」

「思い出せない」


突然、音楽が止まり、暗転。

14
どうした?
ラジオは何も言わなくなった。
フランキー?
返事はない。

チューニングを合わせても何も音は出ない。
壊れてしまったのか?
シット!

おい、フランキー!
何も聞こえない!
聞こえない!

フランキー!

シット!シーーーット!

俺は電話帳をめくり電器屋に電話を掛けた。
「アローアロー、俺のラジオが壊れたんだ。」
店主は迷惑そうに「何時だと思ってるんだ」と言って電話を切った。
「アローアロー」
俺はすぐさま電話を掛ける。
「ラジオが壊れたんだ。」
店主は言った。
「お前のラジオなんか知るか!」
「夜はまだ明けてないんだぜ。」
「キチガイめ。明日にしろ!」
再び電話は切られた。
「アローアロー?」
再び電話はかけたが、もう電器屋には繋がらなかった。いいさ、この町の電器屋がお前だけだと思うなよ。マザーファッカー!

「アロー?」
「何なの?こんな夜中に。」
電話に出たのは女だった。
「僕のラジオが壊れたんです。今すぐ直せますか?」
「誰なの?ふざけてるの?」
「おい、売女!さっさと俺のラジオを直しやがれ!」
電話は切られた。何なんだ!
ファッキュー!

俺は大きくため息をついた。
どうしようもない。
俺は朝までラジオ無しで過ごすしか。

ない。

(取り敢えずベッドに突っ伏した。)
(足をバタバタする。)
(寝返って仰向けに。)
(暫くぼんやりしていたが)
(腹筋でもしようかな。)
(疲れたから止めた。)
(仰向けになっていると真上に黒い虫が飛んでいる。)
(手で振り払うが、退治できない。)
(望遠鏡を取り出して振り払う。)
(小虫退治に夢中になって立ち上がる。)
(ニュースペーパーを丸めて振り回す。)
(小虫はラジオの上に止まった。)
(そろそろと近付いてラジオめがけてニュースペーパーを振り下ろした。)
(命中!)

イエス!
イエスイエス!
アイ、ガリット!

イヤッフー!
(小虫を退治した達成感からベッドに向かってダイビング。達成感もつかの間で再びやることがなくなってしまった。)
(丸めた新聞を広げて読み始めた。)

「キャンプ場で犬泥棒」
「若手女優、映画プロデューサーと不倫か」
「児童虐待容疑で両親逮捕。通報は祖父。」
「恋愛相談。憧れの女の子と仲良くなるには?」
「白昼の凶行。妻殺しの男、カリフォルニアで通り魔殺人。逃亡中。」

俺は新聞を丸めて望遠鏡代わりに天窓を覗いた。
星が瞬いていた。気分が良かった
「星が踊ってるぜ、フランキー。アルタイルとベガが手を取り合って。」

望遠鏡代わりの新聞で何気なく俺は部屋を見渡した。
それこそ鼻歌交じりに。
だが窓に向かって望遠鏡を向けたとき、俺は奇妙なものを発見した。

15
「誰だ?」
カーテンに人影が映っていた。
誰かが窓際に立っている。
「誰だ?」
電器屋が来たのか?
それともフランキーなのかい?

その人物は窓をノックした。
コンコン。

誰だ?

「開けてくれ。」
ラジオから声がした。
「逃げてるんだ、匿ってくれ。」

誰だ。
フー・アー・ユー!
名前を名乗ってくれ!

「トミー、俺だ。」と声が言った。
「逃げてるんだ。匿ってくれ。」

「臨時ニュースです。通り魔殺人事件の犯人が潜伏している建物が特定されました。現在州警察が非常線を張っています。犯人は銃を所持しています。今後銃撃戦が始まることも想定されます。付近の皆さんは危険な行為をお控え下さい。」

ラジオが喋りだした。

誰だ、お前?
名前は?

「ハロー、トミー。俺だよ。ステラだ。」
ラジオは喋りだした。
「さっきは悩み事を聞いてくれてありがとう。スッキリしたよ。」

ステラだって?
俺は記憶を手繰った。そう、ステラだ。先程、フランキーに手紙を送った奴だ。確か。
女房に逃げられたんだってな。
「そうだ。俺の人生は何なんだ。」
同情するよ、ステラ。
「だから俺は復讐する。トミー、分かってくれるだろ?」
ノー、ステラ。復讐は駄目だ。
「どうして?」
どうして?
「トミー、お前だって分かってるだろ。俺たちがやらなければ、アイツラはのうのうとしてるんだぜ。俺たちが悲しみに沈んでる真隣で。そんな幸福を許せるのかい?」
そりゃ分かってるさ。自分が馬鹿みたいだってこと。だけど仕方ないだろう?
「トミー、ズボンのポケットに何が入ってるんだ?」
何?ポケット?

俺はポケットを探った。
何かが入っている。
これは何だ?

入っていたものはナイフだった。

「やっつけてやりたい。そうだろう?そのナイフを突き刺してやりたい。そのためのナイフだ、そうだろう?」
このナイフは玩具だよ。これで人は刺せないぜ。
「そのナイフが玩具なのか、本物なのか。それはお前が決めることだ。奥で寝ている女に突き刺してやれば良い」
奥で寝ている?
女?
誰のことだ?
「お前の女房だよ」

俺は一人だ。

「いいや、お前の女房さ。お前のボスとできていた。レザーに身を包んだ?違うなレザーじゃないだろう、トミー?黒いポリ袋さ。お前、女房を黒いポリ袋に入れたろう?」

とラジオは言った。
窓の外の人影が怪しく蠢いていた。

フランキー、フランキー!
変な奴がいるんだ。
助けてくれ!

16
俺はフランキーを呼んだ。
ラジオのチューニングが歪んだ。
ノイズ混じりにフランキーの声が聞こえた。

トミー、トミー、聞こえるか。

フランキー!
聞こえるよ!

トミー、トミー?聞こえているかい?

フランキー、聞こえてるよ!
俺の声は聞こえるかい?

再びラジオは途切れた。
フランキー、何も聞こえない!
フリクエンシーは何だ!

トミー、落ち着け!
深呼吸しよう。

フランキー、俺のフリクエンシーは?
俺の犬は?

トミー、落ち着こう。深呼吸だ。
深呼吸をして、チューニングを合わせよう。
チャンネルを左に3回回せ。それから右に2回。
もう一度左に回して5で止めろ。
それがお前のフリクエンシーだ。

「臨時ニュースです。」
ラジオが喋りだしたんだ。
「カリフォルニア通り魔殺人事件の犯人の潜伏場所を州警察が包囲しています。今後銃撃戦になることも予想されます。犯人は銃を持っています。付近に住む住民の皆様は通りに出ないで下さい。窓際に立つこともお控え下さい。危険です。」

フランキー、窓に変な奴がいるんだ。誰なんだ、あれは。と俺は喋った。…大丈夫だ、トミー。深呼吸して。それは幻だよ。じっと見つめてご覧。消えるから。歌を歌え。落ち着こうじゃないか。ダーリン、ダーリン、スタンド・バイ・ミー…。歌ってご覧。そうフランキーは言った。ダーリン、ダーリン、スタンド・バイ・ミー…。そうだ、その調子。フランキー、俺は怖い。俺は怖いんだ。オール・ライト、オール・ライト、オール・ライト…、トミー。とフランキーは言った。

「トミー、何も怖くない。カーテンを開けてご覧?幻は消える。」
フランキー、俺は怖い。
「トミー、大丈夫だ。俺が付いてるよ、お前の傍に。さあ、カーテンを開けよう。せーの、で。カーテンを開ける。良いかい?行くよ?せーの…。」

(一気にカーテンを開ける。)

17
外には誰もいなかった。
窓に映っていた人影は消えていた。
もうすぐ夜が空けるらしい。
東の空は夜の色が薄らぎ始めた。

もう夜が終わる。
そういうことなのかい?
フランキー?
どうした?
どうして黙っている?
お前、何処にいるんだよ?

俺は街に向かって望遠鏡を覗いた。

フランキー?お前は何処だ?

「臨時ニュースです。犯人が窓際に立ちました。手に何か筒状の物を持っています。銃のようです。周囲を警戒しています。犯人は銃を持っています!」

フランキー、何を言ってるんだ!?
犯人って誰だ?
犯人が近くにいるのか?
それとも俺が犯人に間違えられてるのか!?
これは望遠鏡だ!
星を見るための。
銃じゃないぜ!

「犯人が何か叫んでいます。いまカメラが確認しました。犯人が叫んでいます。」

なんてこった!
俺は犯人じゃない!
フランキー、お前からも伝えてくれ!
犯人はさっきの奴だろ?
俺じゃない!
犯人は何処だ!
フランキー、お前は何処だ!

「危険です。騒然としています。犯人が何事か喚いているようです。何か要求があるのでしょうか。…、発砲許可です。警察が発砲許可を出しました。狙撃手が今、まさに犯人に向かって銃を構えました---!」

フランキー!何処にいるんだ!
フランキー!

(銃声。)

18
「只今、犯人に向かって発砲されました。銃弾は?命中ですか?銃弾は命中したんでしょうか?ここからは確認できません。ここからは確認できません。・・・お知らせが入りました。銃弾は犯人に命中した模様---!銃弾は犯人に命中しました!」

アメイジング・グレイスが流れる。
祈りのうた。

フランキー、星が見えているよ。
綺麗だ。
星は。
あれは金星だな。


神様ってきっといると思うよ。
こんなにも空は美しいんだから。

フランキー、覚えているかい。
二人で星を見た夜があったね。
俺たちがまだ子供の頃だ。
家を脱け出して、学校の裏山の秘密基地で星を見た。

あの時もラジオからオールディーズが流れていたな。
俺たちはどんな大人になるかって話をしていた。
お前はあの時言ったように、ラジオのアナウンサーになった。成功したな。同郷の人間として鼻が高いよ。誇りに思ってる。
俺は?
ロクな大人にならなかったよ。
だけど、俺はお前のこと今でも友達だと思ってるよ。フランキー、お前のラジオだけが俺を支えてくれる。

俺、何をやっても上手くいかないんだ。最近、女房が出て行ってさ。いま一人なんだよ。仕事もクビになったし。

一人は淋しい。一人は心が揺らぐ。
フランキー、たまには帰って来てくれよ。
またオールディーズを聴こうぜ。

お前と聴きたい曲があるんだよ。
俺たち友達だよな?
フランキー、お前に手紙を書いたよ。
返事してくれよ。

アメイジンググレイス、フェードアップ。
トミーの頭上に天窓から光芒が差す。
天上から天使の羽がちらちらと降り注ぐ。
両手を広げて天使の羽を一身に浴びるトミー。

「終幕」

暗転。

アメイジンググレイスが暫く流れてフェードアウト。幕が下りる。

「カーテンコール」
ビーチボーイズのサーフィンUSA。

フランキーが観客席に向かって手を振る。
舞台袖からカリフォルニアガール登場。
フランキーと固い握手。
客に手を振って退場。
ジャージー州の農夫、電器屋の店主、女店主が登場してはフランキーと抱擁を交わし握手して去っていく。
最後におずおずと出てきたのはトミー。
フランキー、大きく両手を広げてトミーを迎え入れる。何事か言葉を交わしているが音楽に消されて聞こえない。

フランキー「トミー、お疲れ様。いい演技だった。」
トミー「本当かい?それが聞けて幸せだ。俺の人生に拍手を貰う日が来るなんて思わなかったよ。」
フランキー「お前は最高だよ、キャストとしても、そして友達としても。」

再び抱擁を交わす二人。フランキー、トミー手を繋いだまま、客に向かって大きく手を挙げる。

客席からまばらな拍手。
再び暗転。
そして男の夢は終わる。

19
窓際に立っていた男。

「臨時ニュースです。只今、犯人が取り押さえられました。怪我をしています。犯人は今、警察に抑えられながら護送車に乗り込みました。犯人逮捕です。犯人逮捕です。」

窓から朝日が差していた。
夜は終わったんだ。

男は大きく伸びをした。

「緊迫の一夜でしたね。付近の皆様は無事だったでしょうか。時刻は午前四時。夜の終わり、そして朝の始まりです。今日も一日お元気で。フランキーのあなたと夜と音楽と。番組進行はあなたの友達、フランキーでした。番組の最後を飾るエンディングテーマはベン・E・キングのスタンド・バイ・ミー。それでは皆様御機嫌よう。」

「スタンド・バイ・ミー」のイントロ。

ダーリン、ダーリン、スタンド・バイ・ミー。
お願いだから、傍にいて。

朝日の中のトミー、キッチンでコーヒーを作り自分のためにカップに注ぎ、たった一人の朝を迎える。

朝日とモーニングコーヒーとスタンド・バイ・ミー。

小声で鼻唄を歌い、コーヒーを飲む。

(終幕)

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(蛇足的後序)
noteで有料記事を作ろうと考えたときに、「これは戯曲を書くしかない」と盲目的な確信を得たのです。
戯曲って面白いですよね。実用的だから。
私の傾向として極度の貧乏性のため有料記事って手が出せません。無料で面白い記事沢山あるし。後から新作出続けるし、たった一回読むためにわざわざ有料記事なんて買わないよ。(なんて考え方は先細りだから本当は良くないんだけどね。)
しかし、戯曲は実用だから上演する場合は台本として手元に置かないといけない。覚えるまで何度も読まないといけない。そこに有料の価値ってあると(中略)

で、戯曲を書いたものの。
うーん…折角のお時間を費やして読んで下さった方からお金を頂戴しようなど、とてもとても…。結局有料化断念。もっと万人が涙するような凄い作品が書けたら有料にします。

もしも何かのご縁を頂戴して本作の上演を考える酔狂な御仁がいらしたらとても嬉しいのでご一報下さい。観に行きます。