夏に幸せについて考えてみたりもする
あれはたしか森見登美彦氏の著書「太陽の塔」ではなかったろうか
「幸福も相対評価だったら良いのに」と話す主人公の友人が出てくるのは
それを読んだとき
その瞬間の衝撃は忘れられない
幸福すらも「相対評価」で測ろうとする
そのような人が存在し
それをこのような方法で表現した森見氏の筆力に圧倒された
けれどもその後人と出会い
また旧知の身近な人々と接するうちに
その人の価値基準が「相対評価」であることが
意外と多いことに気付いた
◆
この夏は思いっきりスイーツを堪能した
どれも美味しかった
「みんなちがって、みんないい。」
そんなことを言いたいわけではない
それを語るには私の食レポの力は貧弱すぎる
その一つ一つが美味しくて
それらを食べている一瞬一瞬が幸福だった
朝起きて歯を磨いている
それだけのことに幸福を感じることもある
道を歩いていて何もないところで躓きかけて
転ばなかったことにも幸福を感じる
私の幸福への基準値がとても低いのかもしれない
お盆休みの温泉旅行の二泊目
アフタヌーンティーのセットが部屋に運ばれてきたとき
こんな幸運なことが再びあるなんて
なんて強運の星のもとに生まれたのだろうとよろこびを感じたのだ
もしかしたら贅沢なようでいて
案外と安上がりな老女かもしれない
それはそれで幸福である
幸福はこの何もないテーブルの上に
たくさん散らばっているものなのかもしれない
前出の主人公の友人の言葉のおかげで
「幸福は絶対評価である」と知ったのであった
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