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それって幸せであることに必要なんだろうか

娘からLINEが。
海外出張にいく、ビザが必要だからパパの生年月日と住所教えて、と。

もう戸籍違うよ、っていったら、
「あ、そうか」
だって笑

1994年に蓮舫さんと結婚して、
1997年に子どもたちがうまれて、
2020年に離婚した。

離婚した理由はいくつかあって、
ひとつは、コロナになって、リモートな働き方になった。
わたしはどこにいても仕事ができるけど、
彼女は東京都選出の国会議員だから、
東京で生活して仕事をしないといけなかった。

もうひとつは、子どもたちが学校を卒業して働き始めた。
子育てが終わったこと。

これが離婚の外的要因だとすれば、
内的要因は、お互いの「人生観」の違い。
どう生きるか、の違い。

価値観の違いではない。
価値観はもともと違っている。
たとえば子育て。
蓮舫さんとわたしとでは、子育てにおける考え方が違っていた。
どっちかに合わせないと、どっちも主張したり、
足して2で割るようなことをしたら、子どもたちは戸惑ってしまう。
(なんてできんのか問題もある)
だから、子育てに関しては、彼女の価値観にしたがった。

そんなことは、どこの家庭でもやってることだろう。
だけど、夫婦二人っきりになって、どう生きるか、が違ってきたとき、
同じ家に住むことだったり、
同じ姓を名乗ることだったり、
同じ籍に入っていることだったり。

幸せであることにおいて、
こうしたことは必要不可欠なんだろうか。

そう思った。

だから蓮舫さんも子どもたちもわたしも、
元家族なんだけど、
いまもファミリーだと思っている。

だから、ときどきながらお互いに助け合って生きている。

あと1日。
今日ですべてが終わって、
明日はきっと報われて、新しいことが始まる。