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やっと来たわね/読者のミステリー体験

「ムー」最初期から現在まで続く読者投稿ページ「ミステリー体験」。長い歴史の中から選ばれた作品をここに紹介する。

選=吉田悠軌

やっと来たわね

大阪府 22歳 谷口実

 3年ほど前から2~3か月に一度くらいの割合で奇妙な夢を見るようになりました。

 高く晴れた空、そしてどこまでも広がるのどかな田園風景。その田圃のなかのあぜ道を、ぼくが歩いているのです。おそらく季節は、夏だと思います。
 しばらく行くと、向こうから日傘をさした親子連れが現れます。傘を持っているのは、白っぽい和服を着てきれいに髪を結った女性です。彼女は、もう一方の手で小学3年生くらいの黒い学生服を着た男の子の手を握っています。
 その親子連れが近づくにつれ、いつもぼくは、どうしようもない恐怖にすくみあがります。なぜなら、その親子には顔がないのです。まるで、ゆで卵のむき身のようにツルリとした、のっぺらぼうなのです。しかもその男の子には耳が3つもあるのです。ちょうど左の頬からアゴの線にかかる位置に3つめの耳があるのです‼

 そしてぼくは、恐怖に身を硬くしながら、その異様な親子連れとすれ違います。

 夢はいつもそれだけで、風景も何もかもずっと同じで変わりません。

 ぼくが友人のMにその奇妙な夢を話したのは、いまから数か月前のことでした。すると、なんと驚いたことに、彼もまったく同じ夢を見ているというのです。前半部をぼくが話したところで彼が気づき、後半部を彼が語ったのですから間違いありません。ふたりで夢の細かいところまで確認しあいましたが、違うところは何ひとつありませんでした。
 いろいろ話していくと、どうもこの夢は3年前にふたりで沖縄旅行に行ったころから見はじめたことがわかりました。が、ぼくもMも沖縄でこの夢に関係するような体験はなにもしていません。ただ時期がぴったり合うというだけのことです。

 ふたりでその夢について話していると、Mがとんでもないことをいいだしたのです。
 原因がわからないのなら、その親子に直接聞いてみればいいではないか。今度あの夢を見たら、すれ違うときに親子に声をかけてみる、と。
 もちろんぼくはそのときMが冗談をいっていると思いました。

 それから2か月ほどたって、またぼくはあの夢を見ました。夢の中でMの言葉を思いだしましたが、ぼくには恐ろしくて、親子連れに声をかけるなどという気にはとてもなれませんでした。いつものように、身を硬くしたまま顔を合わせないようにして、そっと親子連れとすれ違おうとしました。

 すると、そのときです。
 ゾッとするようなことが起こりました。
 いつもなら無言でぼくとすれ違うはずの親子が、言葉を喋ったのです。

「ああ」

 母親のほうが、そう声をあげると子供に向かっていいました。

「やっと来たわね、坊や」

 その瞬間、のっぺりとした母親の口あたりが、パックリと真っ赤に割れたのが、視界の隅に見えました。

「うん。やっと来たね」

 子供のほうが、母親にそう答えました。ふたりとも、ぼくにはまったく気づいていないようでした。


 翌日の夜、ぼくがMの家に電話をかけると彼は留守でした。その日はただ、どこかに出かけていて帰りが遅くなったのだと思っていたのですが、それから数日後に彼が家出をしていたことがわかりました。ぼくがあの夢を見た翌日に、Mは家を出て行方不明になっていたのです。
 Mも、同じ日にあの夢を見たのでしょうか。彼の家出とあの夢は何か関係があるのでしょうか。あの夢がいつもと違っていたのは、Mが親子連れに何か話しかけたためだったのかもしれません。

 Mが行方不明になってから、もう3か月になります。以来、ぼくはあの夢を見ていません。


(ムー実話怪談「恐」選集 選=吉田悠軌)

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