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大量(自主)退職時代の到来〜The Great Resignation〜(3) 退職を防ぐ10の施策

米国において9月の第1月曜日は、レイバー・デー(労働者の日)という国民の祝日であり、労働者を祝福する日。伝統的にアメリカ人にとってレイバー・デーは同時に夏の終わりを意味し、連休を取得して最後の夏を楽しむ時期となっている。しかし今年に限っては、The Great Resignationを背景に多くの労働者にとっては夏の終わりと同時に、現在の雇用先での勤務に終わりを告げる準備を用意周到に進めている時期なのかもしれない。

The Great Resignationを防ぐ10の施策

前回は自主的に従業員が大量に退職してゆくThe Great Resignationという現象が何故起きているのか、10の理由についてご紹介をさせて頂いたが、今回はその防止策、企業や雇用先が今から準備できることについて述べてゆきたい。

1. リスキリングにより成長機会を提供

Qualtrics社が今年6月に実施した調査で、The Great Resignationを加速させている3大要因は上から順に、①成長機会の欠如、②過剰なストレス、③バーンアウト(燃え尽き症候群)という結果が出てる。またMonster社が今年7月に実施した調査では、「80%の従業員が勤務先が成長機会を自分に提供していない」「86%の従業員がパンデミックの中、自分のキャリアが行き詰まっていると感じている」という同様の回答結果が得られている。

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同様に、Harvard Business Reviewの記事によると、「管理職の75%が研修プログラムに『不満』を感じている」「70%の従業員が自分の仕事に必要なスキルを学べていない」「研修で学んだことを仕事に活かしているのは、わずか12%」といった結果が出ている。こうした従業員の不満を解消し、彼らの成長を支援するリスキリング施策を導入することで、優秀な人材の社外流出を防ぐことができると考えられる。。

北ラスベガスの観光都市リノの地方紙reno gazette journalの記事によると、観光業における低賃金の従業員の中には、現状に止まる不安から、将来の見通しや収入を向上させるために教育プログラムを受講する人たちが増えている。ネバダ州雇用訓練リハビリステーション局の担当者は、「パンデミックの影響で、リスキリングやアップスキリングの重要性にさらに大きなスポットライトが当たっている」と述べている。

DEIトレーニングの強化

DEIとは、Diversity, Equity, and Inclusionの略で、今まで提唱されてきたダイバーシティ&インクルージョンに、Equity(公平性)が加わった概念だ。特に、性別、人種、年齢、性的嗜好等、様々な違いを公平性をもって受け入れることができていない組織では、DEIトレーニングの導入を行い、組織文化を変革することで、従業員の退職を防ぐ手段を増やせるのではないか。New York Times誌に寄稿したIlana Redstone氏によれば、従業員のエンゲージメントを高め、チームビルディングやイノベーションの促進にもつながるという。またQualtrics社の調査で、Z世代の従業員は転職先を考慮する際、多様性あるリーダーのいる環境を重視する結果が出ている。

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The Great Resignationに対応して従業員の成長を支援し、リスキングに取り組む企業の事例は多数あり、別機会に改めて書いてみたいと思う。

2. 従業員との対話、ウェルビーイングの最大化

ウェルビーイング・テクノロジー分野の第一人者である奥本直子氏が、誰もが「Best Version of Yourself(最高バージョンの自分)」になれる世界を共創する重要性を説いているが、企業は自社の従業員一人ひとりの気持ちに寄り添い、丁寧に対話を重ね、ウェルビーイングを最大化する努力をすることが重要である。

ウェルビーイングを高めるプログラム導入

新型コロナウィルス感染拡大の最中、ウェルビーイング施策を複数導入し、The Great Resignationの影響を受けずに経営を維持しているLumen Technologiesの事例をご紹介したい。同社はパンデミック初期の時点で、出社したい従業員、リモートワークを希望する従業員それぞれに対応するハイブリッドワークを採用した。筆者が参加したウェビナーにおいて、タレントマネジメント部門のディレクターであるPaige Blackhurst氏は、健康やフィットネスに関する情報や家計を健全に保つ方法などを共有するためのコンテンツプログラム「Navigate Together」をマイクロソフトのTeams上に構築し、人事部が中心となって不安になる従業員たちとの丁寧な対話を実践したという。

またERG(Employee Resource Group)、従業員リソースグループと呼ばれる、組織の中で共通の特性や人生経験に基づいて職場で一緒に働く従業員の自発的な活動を支援し、従業員同士の繋がりを維持する試みも開始した。

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その中でも特にLumen's WELL-BEING ERGにおいては、従業員のワークライフバランスや心と体、家計を健全に保つための教育支援的な機能を担っている。

また2019年から継続的に行なっているMentoring Circlesというプログラムにおいては、優秀な業績を残している女性や人種的マイノリティに属する従業員たちが会社の中で居心地の良い繋がりと、帰属意識を持てる仕組みづくりを実践している。具体的には部門横断でメンター&メンターシップ制度を構築し、また役員らシニアリーダーとの定期的な対話の機会を設け、きちんと評価されていることを実感してもらえるようにしているのだ。

心理的安全性の確保

上記で紹介した従業員のウェルビーイング向上施策や対話については、心理的安全性が確保されていることが大前提である。心理的安全性が担保されていない関係性の中で一方通行な対話を会社側が求めても、従業員の冷めた気持ちには影響力がない。

今年9月のFast Companyの記事において、退職を防止するために、第一に企業は従業員の心理的安全性の確保に優先順位を向けるべき、と論じられている。「心理的安全性を感じられない社員は、ミスをしがちになり、リスクを取れなくなり、健全な意見の対立を避け、自分に与えられた役割の中で成長することができない。反対に、心理的に安全だと感じているチームメンバーは、生産性が高く、革新的で、組織への帰属意識を持つことができる」とHarvard Business ReviewのJon Christiansen氏は述べている。

3. ハイブリッド&フレキシブルな労働環境を提供

今年5月に世界経済フォーラムとIpsos社が29カ国、12,500人の雇用されている人々を対象に行った調査によると、

・世界の2/3の人々が新型コロナウィルス感染症の蔓延が終息した後には、フレキシブルな働き方をしたいと考えている

・世界の約1/3の人々は、上司からオフィスに出勤するフルタイムでの業務を命じられた場合、仕事を辞める覚悟をしている。

また今年8月にBusiness Insider誌が実施した調査によると、女性回答者にとっては特にリモート勤務におけるフレキシブルな働き方が重要である、との結果が出ている(男性回答者にとっては賃金の上昇が重要)

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会社や上司の視点で考えれば一律全員出社、全員リモートワークといった運営の方が管理の手間が省けて当然楽にはなる。しかしパンデミックを経験して、自分の心の声に素直に従い、自分の希望のスタイルで働くことを優先する優秀な従業員の意見を聞き入れないことで人材流出を招くのであれば、フレキシブルな対応を心がけ、ハイブリッドな仕事環境を用意することが重要になるのではないか。

4. 給与等、待遇条件の改善

今年6月にIndeedの調査において、企業が大幅な賃金上昇を公表した後に検索数が大きく上昇する、というデータを発表した。

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大幅な賃上げを公表した企業に対する求職者の関心は劇的に上昇し、時間の経過とともに徐々に関心が薄れていったことが検索データから明らかになった。ただし、注目度の上昇は企業によって大きな差があり、Bank of Americaの検索シェアは370%、Amazonは24%上昇した。賃上げ発表後に求職者の関心が高まるということは、労働者を獲得するために競争している企業が、賃上げを知らせる施策を講じることで、従業員を惹きつけることができることを示唆している。賃上げは強力な手段であるといえる。

現在米国では空前の人材不足であり、労働統計局が9月第1週目に発表した最新の求人件数(7月)は、過去最高の1,090万人を記録した。エグゼクティブ・サーチ会社のKorn Ferry社の調査によると、94%の小売業者が空いている職務を埋めるのに現在も苦労している。そうした人材不足を補うべく、転職市場においては入社時に一時的なサインアップ・ボーナスを支払う慣習があり、雇用主は競合他社を含めた企業の給与水準に注意する必要がある。今年7月のBBCの記事によると、TargetとBest Buyは賃金を引き上げ、McDonald'sとAmazonは$200から$1,000の範囲で採用時に支払われるサインオンボーナスを提供している。

5. 様々なニーズを反映した福利厚生サービスの充実

上記1で示したQualtrics社の調査において、世代によってperks(福利厚生)に対する意識の差が世代によって大きく分かれていることが明らかになってる。Z世代は福利厚生を重要だと考える割合が低く、47%であるのに対し、ミレニアム世代は51%、X世代は60%、ベビーブーマー世代は74%と世代が上がるについて、重要だという認識に変わっているのだ。特に新型コロナウィルス感染症を反映したリモートワーク環境下においては、1人ひとりの生活を反映したサポート、福利厚生サービスが求められる。以下、The Great Resignationへの対策としていち早く策を講じた企業の具体的な事例をご紹介したい。

Amazonは自社の75万人以上のオペレーション部門の従業員に対し、大学授業料を全額負担すると自社のブログで発表した。授業料、書籍代、手数料を含む大学の学費を全額負担する。大学を卒業してこのプログラムには、2025年まで約$12億の費用がかかる可能性があるとしているが、そこまでしてでも人材の確保に投資をする必要があることを示している。

今月9日Forbesが報じた記事によると、米国最大の小売業者であるウォルマートは、従来実施していた1日$1支払うと大学卒業支援を受けられる「Live Better U」プログラムの料金を廃止し、150万人の従業員の学費と教科書代を全額負担することを決定した。同様に小売業者大手のターゲット社は先月、無借金の大学プログラムを発表してから1週間で、34万人の第一線で働く従業員のうち1万人以上が情報を求めて登録したと発表している。スターバックスやマクドナルドなどのメガブランドも同様の学費プランを提供しており、大型店舗やファストフード企業は、比較的コストがかからず、税金の償却も可能で、学位取得が必要な期間は従業員が自社で働くことを約束してくれる、人生を変える可能性のある福利厚生で、パートタイムや時給制の小売店や飲食店の従業員を引き寄せ、引き留めようとしている。米国では多くの大企業が、パンデミックの危機的状況を反映して、低賃金労働へのインセンティブとして、以前はホワイトカラーの特典とされていた無借金の大学進学手当を支給しているのだ。

また、ヒューレット・パッカード・エンタープライズ社では、社員全員に瞑想アプリ「Headspace」のアカウントを無料で提供する試みを開始し、従業員のウェブビーイング向上に着目した福利厚生サービスに取り組んでいる。

6. 全社一律の休暇取得によるメンタルヘルス改善

米国の多くの会社がThe Great Resignationという現象が顕著になってから取り組んだのは、バーンアウト(燃え尽き症候群)やストレスを解消し、人材流出を防ぐために、全社一律で1週間の有給休暇を従業員が取得する、という試みである。

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各社それぞれ、「Self Care Week」「Global Week of Rest」「Recharge Week」「Operation Chillax」といった名称をつけて実施をしているが、セルフケア、リチャージ等、従業員の健康状態や心のケアを目的とした休暇となっている。

今年4月のNew York Timesの記事によると、いち早くLinkedInが全従業員約16,000人が1週間の有給休暇を取得したと報じられた。また、Twitterでは「#DayofRest」と呼ばれるプログラムで、月に1日、充電のための特別休暇を提供している。スイスの金融機関Credit Suisse社では、若手銀行員に$20,000の「ライフスタイル手当」を支給し、同じくウォール街の企業であるHoulihan Lokey社では、多くの従業員に費用全額負担の休暇を与えている。また9月には、

"We’ll Give You a Week Off. Please Don’t Quit.(1週間の休みをあげます。会社を辞めないでください)"

というタイトルの記事で、有名ファッション誌を多数発行しているHearst Magazines、SNS管理プラットフォームのHootSuite,、今年2月に上場した女性に寄り添うデーティングアプリBumble社などでも一律の1週間休暇を取得したことが報じられている。

休暇取得とは少し異なるものの、いくつか興味深い試みがある。全世界で従業員21万人を擁する銀行Citigroupの新CEOのジェーン・フレイザー氏は、"Zoom Free Friday"というルールを発表した。これは1年にわたって従業員がビデオ通話に集中しなくてはいけない環境にあったことを鑑み、週に1日、Zoomやその他のビデオ会議プラットフォームから離れることを奨励するというもの。 メディア投資会社のGroupM社は週末の電子メールの遮断を実行している。

興味深いことの1つとして、Twitterやブログ等で1週間休暇の取得を対外的に知らしめていることである。勿論、クライアントや取引先へ周知する目的も兼ねている可能性もあるが、The Great Resignationの最中に、自社の従業員を大切にしていますという対社内の雇用維持の目的、対社外に向けた採用マーケティングの意味合いが強いと考えている。

7. 職場環境の改善

従業員の満足度、能力を最大化するテック投資

Eagle Hill Consultingの「Employee Experience Survey 2021」をはじめとする数多くの調査では、従業員が自由に使えるワークテクノロジーにどれだけ不満を抱いているかが明らかになっている。

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1年以上もリモートワークをしていると、バーチャルコラボレーションに誰もが詳しくなってきている。そこで、職場でのコラボレーションツールの導入をまず優先して検討するのではなく、従業員が職場でより良く繋がり、率直なフィードバックを共有し、評価され、尊重されていると感じられるような環境を整えるためのテクノロジー活用を心掛けるべきである。特に、DXや生産性向上にだけフォーカスした企業内のテクノロジーへの投資は、経営者の意識が、生産性>従業員の満足度、となっていることを宣言しているようなものである。

リーダーシップスタイルの変化〜上司と部下の関係改善〜

ギャラップ社の調査によると、従業員は会社ではなく、上司のもとを去るという結果が出ている。The Great Resignationが進む中で、組織におけるリーダーシップ文化や上司と部下の関係性の見直しに着手し始めた事例を挙げてみたい。

今年9月のWorld Economic Forumに掲載された記事によると、一部の企業では従業員のやる気や自発性を高めるために、"un-boss"、つまり上司と部下の上下関係をなくす取り組みを行なっている。ある製薬会社では、イノベーションとエンゲージメントを促進するために、組織をフラットにすることで、上司なしの文化を目指しているという。この会社では、新しい組織設計の一環として、従業員が好奇心を持ち、自己管理することを奨励し、それを実現できるマネージャーが評価される。これによって、従業員が自分のスキルや価値をより良く認識できるようになり、エンゲージメントが高まるのだ。

筆者自身の経験においても、部下の自発性を最大限に発揮させるために「管理しない」リーダーシップスタイルの上司の下で働いてきた時に、最高のエンゲージメント、実績を残すことができたことがある。筆者の性格を深く理解し、多少ルールから外れること(社内の本質的でない細かいもの) をやってもこいつは結果を出す奴だから多めに見てやろう、といつも管理せずに泳がしてくれたのである。自分にとって本当に心地よいリーダーシップで、常に自分のやる気を引き出してくれた。これを「片眼をつぶれるリーダー」と勝手に命名しているのだが、リモートワーク環境下にあっても、常に部下の監視をしているようなマイクロマネジメントは、優秀な人材を流出させる大きな原因となる。

8. 個人の希望を最大限叶える配置転換

上記で挙げてきたような処遇や働き方の改善ではなく、自分のやりたいことを追求したい優秀な人材の流出を防ぐには、個人の希望を最大限叶える配置転換を行うことが重要である。

The Great Reshuffleに学ぶ人事異動

LinkedInのCEOであるRyan Roslansky氏が今年7月に自身のフィードで動画を投稿し、従業員が自発的に退職してゆく現象をポジティブに捉え直し、"The Great Reshuffle"という考え方を発表した。日本語訳は「大異動時代」というニュアンスだろうか。

Ryan氏は、「誰もがすべてを再考する時代の到来。ビジネスリーダーたちは、ワークモデル、文化、企業価値のすべてを再考しており、同時に従業員は働き方だけでなく、働く理由についても考え直している。柔軟性の向上、給与の改善、より深い充足感など、自分のニーズに最も合った機会を求めている。このような状況の中心にあるのは、雇用主と従業員の間の新しく、よりダイナミックな関係の始まりだ」と述べている。

このThe Great Reshuffleという考え方を社内に応用すれば、従業員の希望を最大化する人員の配置転換を社内で実行することで、優秀な人材の流出を防げるのではないか。日本の銀行などでは、本人の希望を反映しない形での人事異動を毎年数回行う玉突き人事を伝統的に行なってきたが、個人の希望に最大限配慮した配置転換を行うことも可能であるはずだ。

社会的に意義のある仕事の創出と再配置

今年9月の掲載されたThe Boston Globeの記事によると、HPでは、クライアント企業が二酸化炭素排出量やエネルギー消費量、水の使用量を削減できるように、営業スタッフをトレーニングしている。環境保護を標準的な営業活動の一環として行い、社会的目的を追求することで、従業員の健康状態を向上させていることがデータで示されている。他の研究においても、たった数分間の社会的目的を感じることができることで、数週間にわたって幸福度が高まることが確認されている。例えば、高い業績を上げた社員の中には自分が選んだ非営利団体への寄付で貢献する、またリーダーシップ研修の空席を地元の非営利団体のスタッフに無償提供するなど、従業員の幸福度とパフォーマンスの向上につながったと報告されている。

個人の情熱を業務に取り入れる工夫

上司が創意工夫をこらし、従業員が興味関心を持っていることを、日々の業務の中で生かせないか、真剣に検討することも退職を防ぐ一つの方法である。

見込み顧客の管理プラットフォームを提供しているLeadiQ社のVPであるRyan O’Hara氏は、今年7月のFast Company誌への寄稿において、自身の好きな趣味を仕事に取り入れた事例について共有している。子どもの頃コメディアンになる夢を持っていたが、仕事する勇気が持てずビジネス分野に。しかしお笑いをやりたいという欲求を無視できなくなり、仕事の中に組み込もうと試みた。顧客を獲得するためにお笑いの要素をと入れるべく、見込み客ごとにユニークなお笑いビデオを作成し、送ってみたのだという。すると反応率が急上昇しアポが取れ、売上に結びつくように。LeadiQの事業成長とマーケティングの業務の中で顧客を惹きつけるためのビデオを制作するという方法に成功したのだ。

またRyan氏は、以前軍隊で犬の訓練をしていた部下と話し合い、見込み客が犬を飼っているかどうかをSNSで調べ、犬を飼っている人にしつけ方のビデオを送った。それをきっかけにミーティングの設定が可能となり、ビジネスの獲得につながったのだという。このようなプロセスを経ることで、従業員は仕事に夢中になり、満足感を得て、生産性を高めることができるという。Ryan氏は、個人の情熱と仕事が結びつけることは、様々なキャリアで可能であるという。企業がその実現を支援することが重要であり、優秀な従業員の退職を防ぎ、未知の才能を引き出す可能性を高めると述べている。

筆者自身の過去の経験でも、同様の試みを何度も行なったことがある。なかなか自信を持ってチャレンジができない内向的な従業員が筆者の事業開発部門へコールセンターから異動してきたときのこと。1on1でよくよく話を聞いてみると、30歳になったときに、自分の生まれた国の健康食品を輸入してオンラインで販売する会社を立ち上げたいのだという。そこでデジタル化が遅れていた自社のオンライン販売サイトの立ち上げプロジェクトにアサインし、ベンダー企業とのミーティングに参加するところから始めた。少しずつ成長し、1人で1カ国のインバウンドマーケティングを担当するまでに成長した。

社内のヘッドカウントや人事異動のタイミングなどを考慮した上で、従業員1人ひとりの情熱を生かす業務をアサインすることはとても難しい。しかしまず最初に大切にするべきことは、従業員個人の興味関心を現在の業務に反映させようという上司の姿勢を本気で示すことである。自分が必要とされているという実感と、自身の将来の成長に期待が持てるようになることが、ベースとなる信頼関係を従業員との間に築く第一歩となるのだ。

9. 契約形態、勤務形態の見直し

上記8では、社内の中での正社員という勤務形態を前提とした配置転換の事例であった。次に、将来的に起業を検討したり、フリーランスとして個人事業主になることを検討してる従業員については、パートタイムや業務委託といった契約形態の変更を柔軟に行うことで、良い関係性を維持し、優秀な才能を継続的に現状の業務で維持することが可能、と今年6月のFast Company誌の記事で述べられている。

例えば、育児が必要な家族を抱える従業員への手厚いサポート環境を用意するため、ヒューレット・パッカード・エンタープライズ社では、子どもが生まれたばかりの従業員に最長3年間のパートタイム勤務の選択肢を与える試みを開始している。

社内起業支援制度の拡充

放っておくと社外に流出してしまう、新たな成長の機会を社外に求めている優秀な人材を繋ぎ止め、友好的な関係性を維持するために、まず社内起業に関心があるかどうかの打診を行ってみることも重要である。

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米国バーミンガム州で人材紹介業を展開するOnin Groupでは、従業員が組織内で起業家として活動し、自分のビジネス目標を追求することを認める「イントラプレナー」プログラムを設立した。会社から$150,000(約1,650万円)の出資を受け、会社に利益をもたらすアイデアを構築し、発案者は利益の20%を永続的に配分される。社員の成長欲求をサポートしながら、イノベーションを生み出すインキュベーターを社内で育成することにも繋がる。また社内の人材に再投資し、隠れた才能を引き出すことも大きな成果となる。

無理矢理社内に正社員として留めようとすることがネガティブに作用する可能性もある。そのためこれからは契約、勤務形態を柔軟に見直し、フルタイム、パートタイム、もしくはフリーランスといった個人事業主を組み合わせたハイブリッド型の人材ポートフォリオを前提とした労働力確保が重要となってくるのではないか。

10. ヘッドカウント、採用計画の見直し

上記で述べてきたような施策を実行してゆくことと同時に、従業員が大量に退職する事態を避けられらないことを前提に、採用計画を見直し、何が起きても良いようにヘッドカウント管理を柔軟に対応できるようにすることも重要である。具体的な準備としては、採用マーケティング予算の事前確保と、退職者増加による欠員を補うための採用チームの強化、アクションプランの構築等は必ず準備しておくべきである。特にデジタルトランスフォーメーション断行の中核を担う人材に対しては、高額な報酬を払うテックジャイアンツや、潤沢な資金調達に成功した伸び盛りのスタートアップからのヘッドハンティングが現在も水面化で活発に行われているため、今から上記1から9で述べてきたような対策を開始し、社内外の優秀な人材を惹きつける努力を行うことが重要である。

まとめ

以上、The Great Resignationに関する100以上の記事をリサーチし、筆者の経験も交え重要だと思う10の施策としてまとめてみた。改めて思うのは、パンデミックが起きる前から、実行されるべき当たり前の内容であるとも言えるし、また理想的な絵空事のようで自分が所属する組織では実現不可能だと感じる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、ここで最大限注意を払わなくてはいけない事実は、このThe Great Resignationが起きている米国の現在の状況は、過去稀に見る、労働者側の「売り手市場」にあるということだ。労使関係のパワーバランス、オプションの選択権が労働者側へシフトしつつあるため、雇用主と従業員の関係性の見直しをいかに実行できるか、が重要な鍵となる。大切な優秀な人材を流出させないため、できるところから対策を事前に講じることが重要である。そして、日本ではまだこれから防ぐ準備をすることが可能である(と信じたい)。しかしながら日本でも起きると仮定し、その対策を講じるため、次回はThe Great Resignation真っ只中の米国の現在の状況から、将来的にどのような変化がこれから現れるのか、ポスト大量退職時代について書いてみたい。

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