見出し画像

【エッセイ】『引きこもりだった僕が「天気の話題」で変わった話』

◆天気の話は話題の入り口

「今日天気イイっすねー」
と話しかけることができたら合格。もう「顔見知り」が一人完成だ。

 だが、あらゆる人間関係で失敗してきた五年前の僕は極度の人見知りで、こんな簡単な会話すら苦手だった。知らない人に話しかけられたくなかったし、人類はマクドとファミマ以外全員滅べ、とすら思っていた。数少ない知人とは会うたびにケンカだし、そもそも誰とも会いたくなかったし、そんなわけで42歳の僕はほぼ引きこもり状態だった。

◆ASDとSST

 いわゆる大人の発達障害(ASD)が見つかったのはちょうどそのときだった。他人からチヤホヤされたいくせに好かれ方が全然わからなかった僕は、その検査結果に大いに納得した。自分に足りないパズルのピースを見つけたような気持ちだった。僕はすぐさまSST(社会性訓練)を申し込み、デイケアに通い始めた。

 それまで半分引きこもりだった僕にとって、当初は「通うこと」そのものが大変な困難を伴った。タダで食える昼飯が唯一のモチベーションだ。
 だが、それが月日を経て「そこに行けば話せる人がいる」という安心感に変わっていった。ひとえにSSTのおかげだ。SSTはあいさつから話題選び、トラブル解消法など「自分に足りなかったもの」を全部教えてくれた。僕は施設で誰かを怒らせたりイラつかせたりの「苦い失敗」を何度もしたが、それらすべてを糧に必死に食らいついた。

◆会話のオープナー「たちつてと」

 話題の基本「たちつてと」を習ったのもその頃だ。

  • た(食べ物)

  • ち(地域)

  • つ(通勤)

  • て(天気)

  • と(富・景気)

 誰かに話しかけるときはこれらの話題を選ぶと無難だそうだ。冒頭の「天気の話」ひとつで、会話が始まり、広がっていくのである。これは人見知りの僕にとって、とても画期的で重要なスキルだった。
 さらに、少しでも何か話したことがある相手は「顔見知り」に昇格するとその時学んだ。これがかなり大きい。

 僕は結局三年みっちりSSTに通ってたくさんの「顔見知り」ができ、その中には今や友達と呼べる人もいる。辛いときも頑張って通ってよかったと今は思っているし、だから人間関係に悩んでいる若い人たちにもぜひSSTを試してほしいと願っている。

2022年1月 日南本倶生(ひなもとともき)


※今月の課題図書はこちら

『すごすぎる天気の図鑑』
(荒木健太郎)


◆追記◆
ASDとSSTについてちょっとだけ補足。

ASD……
社会的なコミュニケーションや他の人とのやりとりが上手く出来ない、興味や活動が偏るといった特徴を持っていて、自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群といった呼び方をされることもあります。問診や心理検査などを通して診断されます。親の育て方が原因ではなく、感情や認知といった部分に関与する脳の異常だと考えられています。

SST……
ソーシャルスキル・トレーニング(SST)とは、社会で人と人とが関わりながら生きていくために欠かせないスキルを身につける訓練のことを指します。大人の場合、仕事をする上で大切な技能でもあります。精神疾患や発達障害のあり/なしに関わらず、病院などで広く取り入れられている技法です

個人的な所感……ちょっと前まで「アスペルガー」と呼ばれていた発達障害がASDです。ASDは「障害」なので病気ではありません。病気ではないので「治療」しません。することは「リハビリ」です。つまり「訓練」です。
その訓練にあたるものがSSTです。
 ASDは個人個人によって大きく「特徴の出方」が変わります。僕の場合は「こだわりが強く、周囲を意に介さない(空気を読まない)」
「自分の振る舞いが周囲にどう受け取られているかを『具体的な言葉』で教えてもらわないと理解できない」
という大きな特徴があり、これによって社会生活が阻害されていました。
SSTでは、臨床心理士の方とマンツーマンで「訓練」に取り組みました。具体的には、自分の「できないこと」をはっきりさせ、集団の中で「できていないこと」を具体的に教えてもらう、ということを繰り返しました。
 正直、苦虫を噛むような経験をたくさんしました。けれども、それが自分の理想「周囲の人とうまくやっていきたい」という方向性に合致している手応えを感じていましたから、結果として3年もやり続けられたんだと思います。
 正直、誰でも僕みたいに上手くやれるよ! ということは難しいのかもしれません……ASDには個人差がありますから。ですが、世の中には楽しいこともたくさんあるし、自分がうまくやれるようになれば楽しめる人間関係もたくさんあると知りました。もし人間関係や社会生活に「つまづき」を感じていらっしゃる方がおられましたら、一度SSTの受講をぜひご検討ください。

◆補足◆
※初出時タイトル『やろうぜSST!』…ダサいので変えました(笑)。
※800文字の制限があったのですが、転載にあたり文章をいじった際に少しオーバーしました。


「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)