【連載小説】聖ポトロの彷徨(第2回)
3日目
コムログの充電に2日もかかった。
太陽光線の吸収率が予想以上に悪く、通常なら地球時間で4時間程度で済む充電に、思いもよらない時間がかかってしまった。
理由は不明だが、光量そのものは十分あるはずなので、太陽光線に充電を妨げる何かが含まれているか、あるいは必要な何かが不足しているか、のどちらかだろう。
だがしかし、手持ちの観測機器がこのコムログ程度では、確かめるすべなどありはしないのであるが。
コムログをバックパックの背中にぶら下げたまま、ピトの廃墟から歩くこと現地時間で2日、ピトの北西にある集落の跡と思しき場所までたどり着いた。
しかし残念ながら、ここにも人の気配はない。集落の中心部であったろう井戸は、現在は完全に涸れているようで、ここでも水分と栄養の補給は「圧縮水分」に頼るしかないようである。
この透明なキューブ状のグミキャンディー一粒に、一日分の水分と栄養分が含まれているとはいえ、こうも食事をとらない生活が続くのは、なんとも味気ない。
考えてみれば、われわれ人間を含む生物の行動の大部分は、食料獲得と食事のために費やされているわけで、それを必要としないこの現状はどうも「生きている」というよりは「生かされている」とでも形容できる気がして、なんとも複雑な心境である。・・・いや、今はセンチメンタルなことを記録していられる状況ではない。
コムログの示すとおり、この周囲数キロには、生物の活動を示す反応がないと考えて間違いない。この集落も完全に打ち捨てられており、ピト跡と同じく、地面に数軒の建物の痕跡が見て取れるのみの状態となっている。
唯一、人工的構造物である前述の井戸が残されてはいるが、これも現在は完全に機能不全で、ただ深い穴と、その周辺に築かれた荒い組み石が残るだけである。底のほうをスキャンしてみたが、乾いた砂地以外の反応は返ってこなかった。周辺には地下水すら存在を期待できないようである。
しかし、『前任者の本』には、あれほど豊かな水と緑が描かれていたのであるが、いったいなぜそれが現在のような不毛の荒地に変化してしまったのだろうか。
地球からの観測では限界があり、まさかこの星がこのような状況になっていようとは、誰も想像だにできなかったであろう。つまりこの場所が、現在私が見ている景観であるということを知りえる地球人は、この私以外誰もいないということだ。
私自身、当初の予定を相当変更せざるを得なかった。というよりも、予定ではすでに人工知能『ロヌーヌ』に謁見しているところだったはずであった。しかし今の私にできることといったら、コムログの充電と徒歩圏内の探索、そしてキャンディーを口に放り込むことくらいに限られてしまっている。
要するに、任務の達成は困難を極めている状況と言っても差し支えないだろう。
当面、現地人類の探索および周辺の観測と記録、そしてこの星に一体何が起こったのかを調査することにする。コムログの充電に時間がかかる以上、探索に割ける時間が限られるのが問題であるが、圧縮水分があと30個ほどあるはずなので、節約すれば何とか生き延びることはできるだろう。
【記録終了】
「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)