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【6日目】現実はアニメーションである(セカイのトリセツ)


◆電光掲示板という道具の仕組み

 前回の『仕組み』……モトの明滅によって物体の存在と移動が「表現されている」という実態は、カンタンにはピンとこないんじゃないかと思います。この本はエキスパート編ですから遠慮なく難しい話を書いていますが、やっぱり相当柔らかいアタマの持ち主でないと、なんとなくでも「理解」するのは大変なんじゃないかと思っています。
 ですから少しでも分かりやすくなるように、5日目で書いた『仕組み』を僕たちにとってわりと身近なもので例えてみます。

 それは……個人経営の飲食店などの店先にある「文字が動く看板」です。そう、ご存じ

『電光掲示板』

という装置です。

 最近の電光掲示板(デジタルサイネージとも呼ばれます)はとてもよくできていて、まるでフツーのテレビみたいなフルカラーのものも増えてきましたが、一番最初の頃のやつは「オレンジ一色」だったんですよ(電球だったからです)。現在でも安価なものはLEDの「赤・緑・オレンジ」の三色でいろいろな文字や絵が表現されます。
 ああいう看板で
「うまい!!」
という文字が右から左にスーッと流れていったり、
「やすい!!」
という文字がクルクル回ったりするのはなぜか? というのは分かりますよね?
 そう、板の上に並べられた電球(LED)が、文字の形に点灯して、それが「点いたり消えたり」しながら「文字を移動させているから」なんです。

 電光掲示板によるこういう「文字の移動」を

アニメーション

といいます。皆さんもよく知っている言葉ですよね。これはたくさんの絵を次々に表示することで「絵が動いて見えるようにする」技術のことです。電光掲示板の文字が動いて見えるのはそれが「アニメーション」だからです。
 電光掲示板にはマイクロチップが付いていて、そこに入れられたプログラムに従って、発光するLEDを「表示しては消す」そしてすぐ隣に「表示しては消す」という作業を繰り返してアニメーションを表示しています。


◆モトによる現実世界の仕組み

 さて……。そこで、ですよ。

 僕たちが今見ている、現実世界の「物体の移動」が、5日目で書いたような原理で「モトの出現と消滅」によって表現されているのだとしたら……この「物体の移動」という現象の本質は、実はなんと

モトによるアニメーション

である、という結論になってしまいます!!!

 ものすごく大事なことですし、モトの話のキモになる部分でもあるので、もう一度書きますよ。僕たちが見ている、過ごしているこの【地獄世界】という『現実』にあるものすべては

モトによるアニメーション

によって『表示』されているんです

 【4日目】に書いた「紙の世界」を思い出してほしいのですが、あれは「紙」なので描かれた棒人間が移動することはできませんよね。でももしあの世界が先ほどの「電光掲示板」のようなもの、もしくは似たような原理で動いている「テレビ画面」や「パソコンのモニター」のようなものだったとしたら……描かれた棒人間に「アニメーション」させることは可能になりますよね。
 実際に、僕たちはテレビゲームなどで中のキャラクターを「操作する」ことができます。あれはコンピュータが一度画面にキャラクターを描き、そしていったん「すべてを消して」、また新たに「前の画面の『次』の画面」を描きなおしているから「動いて見えている」という仕組みなんです(専門用語で「リフレッシュレート」といいます)。

 それと同じ現象が、素粒子である『モト』というものの性質を利用して、僕たちの見ている「現実の世界」(=地獄)で行われているはずだ、というのがこの『モトの話』からみた「セカイの姿」ということになります。


◆現実とアニメーションが同時に存在する「仕組み」

 前回の話もそうとう難解で、感覚的に理解するのは困難だったかもしれませんが、今回の話はそれに輪をかける形で難解なのではないかと思います。
 前回と今回をまとめると、こうなります。前回「この世界は『触れることができるマボロシ』のようなもの」だと書いたのですが、そのマボロシというのが、時間という流れに沿って刻一刻と「次の瞬間のモトの配置」そしてまた「次の瞬間のモトの配置」と変化している、というのが今回の話です。
 言い換えると、このセカイ(地獄)という場所は、モトという「オンとオフ」を表現できるLEDで三次元的に組まれた「巨大な3D ディスプレイ」のような構造をしているのだと推測されます。その3Dディスプレイの中で、今あなたの目の前にある本の形にモトが並んでいて、そしてあなたの肉体の形にモトが並んでいて……さらに、そのあなたの肉体の周りを覆うように、あなたのココロを形作るモトが並んでいるんです。そして次の瞬間には、また別のモトが本やあなたの肉体やココロを「描きなおして」いるのです。

 この話は、人によってはまさに「パラダイムシフト」のような考え方なのかもしれません。僕たちの現実は「アニメーション」だ、という話なのですから……。ですが、前回書いた通りそれは「現実」というものを否定する話ではありません。難しいと思ったらこう考えてみて下さい……この世界というのはやっぱりちゃんとした現実であって、そして同時にマボロシのようなアニメーションでもある。これら両方を満たす、まさに奇跡のような「構造」が存在するのだ、ということなのです……つまり両方とも「正しい」ということなんです。


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「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)