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つぶやき損なったことばを、日常から掬いだしたくて。

きのう、はしごが空から降ってきた。私は思わず「アッ」と声を上げて立ち止まってしまったけれど、それより大きな声で「わっ」と男性の叫び声が聞こえてきた。クラクションの音が響いて、工事現場のミスなんだなと恐々見上げる。その日の夕方そのビルの前を通ると、何事もなかったかのように工事は続いていた。

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京都旅行中、台風が迫っている雨予報なのに、一度も降らなかった。「私晴れ女だからなあ」と思わずこぼすけれど、結構本気。きっと天に恵まれているのね。祖母の通夜と葬儀の日は、それぞれ暴風と雷で家が震えるほどの雨だった。

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今日の空には、雲ひとつない。いつの間に秋になったのだろう。七分袖のワンピースに差し込む日差しは強いのに、涼しい風が通り過ぎてゆく。むんわりと包まれる空気を振り払ったらもうすぐ冬が来てしまうのを知っているけれど、私のクローゼットの中身はまだ半袖のまま。

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眼科でコンタクトの度数を強めるのは、高校生になってつけ始めて以来、初めてのことだった。「このレンズ、前のより大きいですか」ついでに少しいいレンズをお勧めされたからつけてみると、お医者さんがにこりと笑った。「大きさも厚さも同じなんです。」こういう質問にはなれているのだろうか、私が知ったような口を聞いたからか。ちなみに、前のレンズより柔らかいらしい。

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焼き場に棺が収められるとき、「お母さん」と何度もこぼし続ける叔母の声だけが冷たい床の上で響いていた。ざあっと骨が引き出されるとき、なぜだか棺だけはそのままのかたちで出てくるような気でいた私は、そこに残るのが当然横たわった祖母の骨だけなのを見て心が潰れるようだった。祖母の骨は大きく、節がしっかりとして太く、まさに祖母のまんまだった。

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化粧をしていたらチャイムが鳴って、シャインマスカットが届いた。去年のふるさと納税をした自分からのご褒美だ。朝ごはんを食べていなかったから、すぐに8粒摘む。みずみずしくて甘いそれには、ひとつだけ種が入っていた。ガリっと噛んでしまったあと、急いで出した。果実のある生活は、社会人2年目の私にはとても豊かなものなのだ。

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Twitterで回ってきた絵、多くの声と同じくリアルな「ズボラ」を描いていないに一票だ。だって一番リラックス出来ない固いズボンを玄関で抜いでいないし、普段ホック式のブラジャーを使っているということだし(締め付けが嫌だとGUのブラトップしかつけられない)、賞味期限切れくらいなら余裕で食べるし。初心者かて。

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好きなYouTuberが二人三脚をやっていた。二人三脚を速く走るコツは「なるべく背格好の近い人とペアになり、腰骨を相手ととにかく密着させる」ことなのだと唐突に思い出した。中学一年生のころに運動会の二人三脚リレーのために、先輩から怒号とともに叩き込まれたのだ。女子校時代のことだった。

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恋人がゲームセンターでミッフィーのぬいぐるみを取ってくれた。よっしゃ一発どり、と誇らしそうな彼は本当に愛おしい。私はクレーンゲームはやらないので腰が引けていたが、挑戦した台には「VERY EASY MODE」とデカデカと貼ってあってむしろ安心した。叔母が大切そうに祖母との思い出と見せてくれた中に、青いミッフィーがあったのを思い出す。その子はうさこちゃんと呼ばれていた。

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ひさびさの海外旅行の準備をする。スーツケースをベッド下から引きずり出して、うーんと唸る。国内をバックパックひとつで巡る日々だったから、この大きな荷物を持て余す気がする。スーツケース用のベルトをあんなに持っていたのに、どこへ行ったのだろう。

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祖母の写真をパスポートケースに入れていくつもりだ。この一週間で、死と生はゆるく、確実につながっていること、そしてそれが隣り合って混ざり合ったまま、日常は変わらずに淡々と続いていくことを知った。悲しくて涙が出るのに、嬉しくて声を出して笑うこともある。それらは相反するものではなくて、ころころとサイコロを振るように変化する。日常の中にときどき浮かんでみせる非日常に、飛行機で飛んでいこうじゃないか。





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