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月を探しに、ふと外へ出てみた

月が綺麗なんだって。

スーパームーンの皆既月食なんだって。

そんなインスタのストーリーがいくつも流れてきたので、私も家の中に1人でいては行けないような気持ちになって外に出る理由を探しました。

プレゼンがどうやらうまくいったから。自分へのご褒美にローソンのミルククリームどらやきが食べたいな。

薄いジャケットを羽織ってパスモを突っ込みます。

1人で生ぬるい部屋に一日中こもるより、月を1人で見る散歩のほうが、ずっと趣のある孤独だと思いました。


ふと駅前の本屋さんが気になっていたことを思い出します。

チェーン店じゃなくて、個人商店みたいな店構えできゅんとさせられます。

低い天井と、古本と同じ色になった壁紙。狭い通路。

それでも本だけは新刊から丁寧に並べられていて、その鮮やかな表紙を蛍光灯の光で輝かせていました。

とりあえずぐるりと一周して、好きな作家さんの新刊はないことを確認しました。ふと読んだことはないけれど本屋大賞の作家さんが目に止まって、鞄を持たない私にはその薄さもちょうどよくて、これだと思ってレジに向かいます。

雑然としたレジの中に埋まるように佇む定員さん。

袋はいりません。カバーをつけてください。

いつもの文庫を買う時のお願いをして、ぼおっと通りを眺めていました。

ゆったりと過ぎたような時間は一瞬で、すぐに文庫は茶色の紙をしっかりと纏って戻ってきました。

文庫本を右のポケットにつっこんでふらりと一歩を踏み出します。


目的の場所があるわけではなくて、ただ空を見ていたくなったから。

こんな平日は、思い描いていた社会人の夕方にはなかったと思います。

でもだからこそ、まだふらふらとどこへでも行ける自分を確かめているのかもしれません。

まだどこまでも行ける。自分はもっと自由になれる。

そんなことを一人の夜に感じたくなったのかもしれません。


もう門を閉じた神社の周りを大きく一周して、知らない住宅街を通り抜けます。公園にはサッカーをする子供や犬の散歩をするお姉さん、そしてスケボーをする若者たちなんかがまだたくさんいて、住宅地の温度をひとりの私にも分けてくれました。

月を見たくて外に出たのに、夏の始まりを楽しんだ夕方は一向に暗くなってはくれませんでした。私の好きな時間。それでも少し切ない色。

公園も一周りしてしまって、薄暗くなっている青い空を見てみるけれど、うっすらとした雲が見えているだけでした。


もう帰ろうかな。

ふらりと立ち寄った1冊との出会いと、知らない道を気の向くままに歩いたその自由に満足した私は、自然と小さなアパートへと足を進めていました。

ローソンのクリームどら焼きを反対のポケットにつっこんで、最後にアパートの階段から藍色の空を見上げてみます。

月はなく、穏やかなぬるい空気が流れていました。

こうやって一日が過ぎて、まだインスタのストーリーは月の話題で賑わっていて。

1人でも、誰かとつながっている気持ちになれた。そんな夜の過ごし方もいいなと思えたから、きっとこれでいいんだな。



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