本に囲まれる日々を妄想してみた

本に囲まれると、ときめきが2周分くらい駆け抜ける感覚がある。

本のジャンルが大事なわけではない。
でもこだわりのある選書だといい。
いつでも手に取れる距離感がいい。
どこでも腰掛けて読書を始められる気安さがあるといい。
そして何より、選びきれないほどたくさんあるのが大切。

そういう場所にいると、時間を溶かすように本棚を物色し始める。だからなるべく放って置いて欲しい。体の中には心地よいエネルギーのたぎりが起こる。前へ前へと進もうとする高揚感と、落ち着けと言い聞かせながらじっくり本棚を舐める足取り。そこでは誰も彼もがそうやって本棚ばかりに気を取られている。

家がプラベート図書館だったらいいのに。

そう何度も思っていたし、実家の自室は本に主権を奪われている。今の会社の寮に引っ越してきた時には、ドレッサーよりローテブルより先に買ったのが本棚だった。約2年で、私の背丈ほどある本棚は埋まりそうになっている。幸福である。


図書館に住みたいという人は想像したより多いらしい。

言葉が好きな人が文章を紡ぐからだろうか、私の周りには特別読むのも好きな人が多いのかもしれない。お気に入りの本の山に囲まれていると、自分ひとり分の静寂に浸ることができる。そんな落ち着く空間に住まうことができたら、なんて幸せだろう。

どこにでも住めるなら、どうせなら本に囲まれたい。

けれどももし居心地が良すぎたら、私は他の誰にも会う必要を感じなくなってしまうかもしれない。読みたい本は次から次に現れて、人生ぶんの積読になる。毎晩その部屋を暖かくしておいて、なるべくたくさん読む。夏にはクーラーで冷やしてブランケットにくるまる。もはや書かなくなってしまうかもしれない。

けれども私にはこだわりがある。あまりだだっ広い場所は好かない。空間に空白が多いと、不存在が気になってしまうのだ。いやもっと正直に言えば、怖い。なるべく自分の目が行き届いて、ぎゅっと凝縮している狭い場所がいい。押し入れなんて大好物。

没頭できる場所には安心が必要なのだ。

ぎゅっとなっているけれども、日当たりのいい場所にソファーを置けるといい。本は普段日に当たらないようにしたいけれど、ルーフトップに蔓性の植物なんかを巻き付けて、緑の木漏れ日が降る特等席を作る。かびっぽい匂いは苦手だから、お日さまの匂いが家具から香る場所にしたい。

ソファーは少し硬めがいい。体が目一杯沈み込んでしまうやつじゃなく、支えてくれるやつ。長時間寝転がっても腰が痛くならないような。そこにたくさんのふわふわのクッションを置こう。生地は全部洗えるやつがいい。好きなぬいぐるみも並べて、ひとりでも怖くない場所にする。

温かいスープを飲めるようなローテーブルも用意する。住むのなら、食事も必要だから。ひとり分の木のテーブルで充分だ。湿気が溜まらないようにしないと。コンピュータサーバーがあるから鍋はできないと言った同期を笑えないな。

ちゃんと本棚は耐震にする。そしてきちんと背表紙が見えるように全部並べる。文庫と単行本は分けよう。そのあとは作者順。出版社ごとにしていた時もあるけれど、たくさん本があるのなら読みたいものに巡り会いやすい並びがいい。あの人の…と作家さんを思い浮かべて、覗きこめるのがいい。

そうしてもしもその空間を大切にしてくれる友人が来たら、温かい紅茶で出迎えよう。こもりがちな私を訪ねてきてくれるひとを、きっと大切にしないといけないから。居心地の良さに飲み歩かなくなって、お酒も今より弱くなるだろう。でも来客があった日にはゆっくりワインを飲んでみればいい。

そんな夜は新しい小説じゃなくて、手に馴染んだエッセイを読み返すのだろう。もう覚えてしまったページをゆったりと辿り、まどろんできたら眠ってしまえばいい。

安心し切った友人と語り明かすための、マットレスが必要かもしれない。目指せば叶ってしまいそうな、でも眠りの浅い夢のような日々。

まずは部屋の隅に居心地のよい一畳を作ってみようかな。毛布にくるまりながら書いていると、口の中でワインの香りがインクのそれと一緒に立ち上ってくる気がする。




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