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遅れ者

大多数がオートチャージのスイカを使うようになった近未来。しかし、まだごく少数の者が旧世代のスイカを使っていた。

駅の改札を通ろうとした男がバーに通せんぼされる。侮蔑と苛立ちのこもった視線を浴びながら券売機まで戻る。券売機の不具合でチャージできず、クレームボタンを押すと、券売機の横の金属板がスライドして駅員の顔が現れた。

「どうしました?」

小さな穴が円状に開いたアクリル板越しに駅員が言った。

「チャージできなくて困ってるんです。」

「お手数ですけど、お客様から見て右手にある通路から中へ入ってきてください。」

駅員は淀みなく言った。言われたところを見ると、みどりの窓口と券売機の間に掃除用具入れ用のロッカー程度の幅の出入り口がある。

入っていくと、駅員たちの休憩所や駅長室の横を通って通路が続いている。壁や床に「マニュアルチャージ→」という表示があり、男はそれに従って進む。

ようやく辿り着いた場所には病院の待合室のような合成皮革の長椅子があり、先客が一人いる。トレンチコートに身を包み、サングラス、ニット帽、顔に包帯、手にもバス運転手が使う白い手袋をはめている。肌が露出しているところが一箇所もない。

「スイカのチャージはここでいいんですか?」

先客は一瞥もくれず文庫本を読んでいる。窓口らしき小窓のカウンターに診察券入れに似たプラスチック容器があり、そこにスイカが一枚入っている。

「ここに入れればいいんですよね?」

と男が聞くと、先客がかすかに頷いた。男が容器にスイカを入れるとかコーンと廊下に反響した。

その下のマガジンラックに婦人公論だけ何冊も置いてある。仕方なくそのうちの一冊を手に取り、先客の隣に腰掛ける。先客が少し腰を浮かせて端に詰めて坐り直す。

男は先客の文庫本のタイトルを盗み見ようとするが、本を鋭角に立てて読んでいて中身が見えない。先客がトイレに立った隙に本を手に取ってみるが、ページには大小無数のドットが描かれていたり、幾何学的な模様が描かれているだけで文字がない。寄り目にして見ても何も見えない。そこへ先客が戻ってきて無言で本を奪い返した。

先客はしばらくしてドアの中から呼ぶ声に従って入って行った。男は自分の番がくるのを待っていたが、いくら待っても呼ばれない。

30分ほどかかって痺れを切らした男は、先客が入って行ったドアをノックして中に入った。中には来る時に通ったような廊下が伸びていて、何度か角を曲がるうちに迷ってしまった。

途中、昭和の昔に玄関先にあった電話台と黒電話があり、「迷ったらこの電話で係の者を呼んでください」という貼り紙も。

受話器を取るとプー、プー、と鳴っているばかりでどこにも繋がらない。何度も置いては取りを繰り返すと、オペレーターにつながった。

「何番ですか?」

棘のある口調で言われる。
ダイヤルの真ん中に7と書いてあるので「7番です」と告げる。

「一度しか言いませんからよく聞いてくださいね。」

と前置きしたのも束の間、

「電話に向かって左に進んで突き当たりを右、次の角を左、2個目の十字路を右に行って初めに左手に見えるドアを入って道なりです」

とすごい早口で言う。
復唱しようとすると、もう電話が切れている。
電話を取りなおすが、やはりプー、プーと鳴っている。

後ろに人の気配を感じて振り返ると、さっきの先客が立っていて目を逸らした。

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