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掌篇小説『ストロベリー・タイム』

 舞うイチゴ。

 誰が育てるでもない、野生の苺が何処だかの山脈に、他の植物の養分を吸い枯らしながら繁りひろまり。不毛の岩場や万年雪の地帯にさえも根を張り、葉があふれ、無数の果実がみのり。

 人も動物も喰いきれぬほどの果実は、やがて熟れて崩れて、かわいて風にのり、舞う。何処までも。

 緑のすくない、私の住む町および狭小な行動範囲内にも、眼でもとらえられぬミクロの粒となった苺の果肉が、風というかこの星をくるむヴェールさながらに流れてきて、視界をつつむ。まるで、赤いレンズのサングラスをかけているみたいだ。5月の青天や光の反射さえも、ほんのり赤く、暗くして。

 どうせ苺ならピンクになれば可愛いのに、と思うけれど、ミルクがはいってなきゃ無理よね。
 薫りは熟成されているからか、甘みよりもワインのようなつんとする酸っぱさがあって、ほんとうなのか錯覚なのか、しばらく歩いていると、すこし酔うみたい。

 苺は苺なので、ほの赤い風は壁や車、髪や服、鞄や靴なんかもうすく、ながく放置すればこの国の湿気もあわさってべっとりと、穢してしまう。今日私は自棄っぱちみたいに、白のワンピースで家を出た。

 男はアパレルの人間。今日もハイブランドだろう黒を首から爪先迄つつませ。計算し尽くされたパーマの波が苺の風にそよぎ、真四角の顔のエラを見せたり隠したり。
 バイヤーで、ときどき接客もするらしいが。私の服については褒めもしない何も云わない。日々傲慢でセンスの悪い顧客への胡麻擂りに疲弊しているか、それとも単に私がダサいだけか。

 そのかわりに?男は、邪魔とばかりに布を剥ぎとった向うの、私の生肉を愛でた。ビジネスホテルの照明を白白と点けて。
 否、男が暑いと云うから窓をすこし開けており、苺の風がはいりこみ、部屋はほの赤い。ちょっぴり吉原のお座敷みたい。
 男は赤らむ私の部位ひとつひとつをこまかく褒める……まるで特別展示の如来像を360度見渡すように、首を色んな角度に捻り眼を脣を光らせ、有難がる。

……でも、しょせん、如来像じゃないものね。じっさいの私なんて、花魁でもなく、せいぜい苺の半透明なソースがかけられたババロア程度のもん。今日、赤い部屋で3回目のババロアを召した男は、もう飽きがきているのが解り易く解った。

 1回目と2回目は、これからどうする? 泊る? とか耳許で云ってきたのに。
 今日男は行為のあと、浴室で1時間かけ髪をととのえ、ブティックみたいに畳んでおいたじぶんの黒服を纏い、ドアの前の鏡で30分ぐらい型やポーズを整えたりするあいだ、一言も発さず、出てった。
 そんなメデューサみたいに五月蠅いパーマと四角い顔、予想外に私のヒールよりサイズの小さい革靴じゃ、仕上がりは素人目にもギャグ漫画のキャラで、クールなハイブランドも泣くわよ?
 などと云ってはいないけど、シャワーを浴びる前、「靴ちいさいんだー」とは、零してしまった。傷つけたかも。部位が何処であれ男に「ちいさい」は禁句なのかしら。
 にしてもどうせなら、黒ずくめでなくイチゴ柄(否、メデューサだからヘビイチゴ柄か)のセットアップとかブリーフでも着てくれていたら、笑える思い出になったのに。なったかな?

 ババロアの二の腕をふるわせながら思う。私は喰われているのでなく、知らぬ間に男の養分を吸い枯らしているのかもしれない……過去の面々も頭をめぐり、夢見が悪くなりそうなので、なじみのバーに電話し、出かける。

 繁華街の夜も漆黒ではなく、薄曇りの空や月、ネオン、電柱、落書きされたコンクリートの雑居ビル、仲通りを歩くサラリーマンやホステスや高校生っぽいカップルなんかが、やっぱり舞う苺のヴェールで赤く、ふだんより愉しげに、サイケに、危うげに酔っているみたい。呼び出した友達も浮かれたふうに八重歯を剥き笑い、男物かエナメルジャケットの長すぎる袖をふり、やじろべえの如く左右に揺れつつ駈けてくる。
「あーんた、よりによって白ワンピ着てきたの? えらい事になってるわよ」
 そう云われ近くのウィンドーに映すと、生地が不均一なグラデーションでピンクに染まっているのみならず、赤黒いちいさな塊もはりつき斑模様を生んでいる。友達に聞く。

「苺ミルクみたい? それとも人を殺してきたあとみたい?」





©2023TSURUOMUKAWA
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前々から書いてみたかった小牧幸助さんの企画に、初参加致します。こんなんでも大丈夫でしょうか。


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