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掌篇小説『あそび』

 似た男と付き合ってしまう。

 着るものは良いスーツだったり安いシャツだったり。何にせよタイトに着こなしコンパクトな体躯。
 そこに、おおきな岩みたいな顔がのる。常にやや傾げ気味で、奇跡としか思えぬバランスで在る。岩にすこし彫っただけの眼と唇、潰したような鼻。

 過去の男皆、ルックスを問われれば、そうだった。みずから男を追う積極性に欠く為、好みのタイプには遠い、そういうのが、朝の公園、昼下りの営業先や深更のバーなんかで、花虻の如く寄ってくる。
 あたらしい男もちっともあたらしくない。容貌どころか声も似るから、出逢うと先ず前の男が未練がましく来たのか或いは亡霊かと警戒する。でも他人。「煙草を吸う」、「女を褒めるときは服のテキスタイルから」、「最新の演歌に詳しい」、「蕎麦アレルギー」、「自宅にゴルフセット」、「左乳首の下にイボ」、とかいった所で識別される。

 どの岩男も結婚だとか、深い関係を求める気にならず、家族や友達を紹介なんてのもしたことされたことがない。誕生日もクリスマスもどうでもよく趣味嗜好もあわず。つまりするのはセックスだけ。

 屋敷の北北西角におかれた旧い柱時計の針と、螺子を廻す、妹。
 腹違いの。小学、4年だっけ。母に失踪された父が愛人とつくったのが彼女。父は海外転勤で愛人だけ連れ飛び去った。金は送ってくる。
 妹と私。顔は似ないが、金のほか、そこそこの明晰さと行動力は平等に与えられ。一年おきに「気に入らぬ」と、妹は学校を変え、私は職を変えた。会話らしい会話はせぬが、妙味ある空き屋敷を見つけては引っ越ししたりメタモルフォーゼと呼べる服を買ったりは、互いに愉しんだ。
 妹にとって「不変」と言えば、香水がわりに葡萄ジュースを耳の裏につけることと、引っ越しても連れてゆく柱時計、撥条が1日ともたぬそれを、まいにち廻すことだけ。今日の妹は、ベリーショートの緑髪、ショッキングピンクのライダーズを着、ノッポ爺さんの顔みたいな文字盤の蓋に手をのばす。

 男との別れ方は、私の「気に入らぬ」だったり引っ越し離れたりの他、色々だった。「煙草」の男は会社の機密をにぎり大金を脅しとり逃亡する道中で殺されたし。「演歌」の男はプロの歌手になると去ったが、何故か今は研究所の無菌室に溢れる南京虫を日々観察しているらしい。「テキスタイル」の男は度重なる浮気の果て、名も知らぬ国で女帝の第28の夫になったし。「イーグルできる女性を見つけた。君とはせいぜいパーだから」と最後に云ったのは「ゴルフセット」の男。
 奇跡の岩みたいな男たち、11人だっけ、顔は一緒でも異なる征く末を眺めるのは、それなりに面白いものではあったが。

 12人目となる岩男との逢瀬がこの所、おかしい。
「この菓子、蕎麦入ってる」と、2人目の男みたく倒れたり。10人目の特徴である左乳首下の乳首より膨らむ銀色のイボを見つけたり。「お前の瞳はホタルイカ」と云う決り文句は6人目の演歌男だけの筈だし、私の上半身をいっさい脱がさぬ、岩がジャケットやセーターのうえをころがるセックスは9人目「テキスタイル」の特性。

 屋敷の南南東で独りみたいに住んでいるから、ノッポ柱時計に甘えるように背伸びする妹を見るのは、17週間ぶり。何処ぞの不思議の国みたいな栗色のロングヘアとエプロンドレス。指をのばしほんのり蒼白い文字盤の針を、逆に廻す。
「それ、3年前の趣味じゃなかった?」
 声をかけると、葡萄を薫らせふりむく寓話の少女。口惜しいがホタルイカどころでない、リゲルの瞳。
「針を戻したらね、妙なことが起きるみたいよ。過去には遡ってないんだけど。ホラ、明日の鼠算の宿題、変わんないし」
「やめてよ、ややこしいから」
「ほんとにそう? ならやめるけど、違うでしょ? しばらく遊べばいいじゃない」
 人は場所をえらんで生れてくるのよ、と云わんばかりの微笑み。針を廻しつづけるちいさな指。鐘も逆廻転の奇天烈な音。背をむけると。
「ねえさん口惜しいなら、整形したら?」

 とりあえず、遊んだ。
 男がカラオケで演歌を歌えばコテンパンに貶し喧嘩したり。男が浮気する現場に踏み込み、糾弾し泣き喚き縋ってみたり。逆に私がよその男との睦まじげな様子を見せ、卓袱台をひっくり返す髪を掴み引き摺るなどやらせたり。断っていたゴルフに本気で付き合いプロテスト迄行ってみたり。男がまたも社の機密と大金をにぎったら、殺されたのと別ルートの航空機へと導き、無事ついた南国でしばし豪遊したり。惰性だったセックスは互いがよくなるよう、打合せてからした。その日の岩男が聞かない或いは不快なことをするなら、帰るなり、ドライバーでタマを打つなりした。合意で危ういプレイも多少……

……ひととおり済んだような、清々しい心持と、耳の裏につけた林檎ジュースの薫りを愉しみ街を歩いていたら、岩男でない、理想の男性に出逢った。リゲルよりも眩しい、その輪郭。傾げ気味の岩なぞ砂粒みたいに消えてしまう、百年千年めぐる星の軌道がもたらす、ほんとうの意味での、奇跡の、邂逅。肌で、魂でわかる。悩める時も健やかなる時も、ともにあるのは誰でもない、このひと。
 口惜しい部位の整形も済ませた私を、彼もまた懐かしげに、それとも遊園地ではぐれてすこし捜しつかれたみたいに、生れ変る前より更に前より知る、凪いだ海のような眼で見つめる。その海に揺蕩う私までが、いとおしい。
 私から、彼の手をとり。

「命をともに」
「勿論」

 背後で何か轟く音。見れば、バランスわるい体躯の岩男、スーツや白衣やゴルフウェアや民族衣裳や全裸など総勢12人の岩男たちが、ちいさな眼をがんばって見ひらきかわいた唇を裂きつつ何か叫び、津波の如くおしよせる。12人目らしき岩男はそれ迄の個性を詰め過ぎた結果か、他より15倍ほど肥大し、肌が無数のクレヨンで塗りたくった風に変色している。

 私は理想の男と、唇の色と艶を似かよわせ微笑みあい、ともに空へとつづく白い石段を駈けのぼってゆく。
 上空で、ホラ云ったでしょ、とばかりに得意顔の、黒いキャソックの裾を引き摺らせた妹が奏でる、前へとすすむ、針と鐘の音。





©2022TSURUOMUKAWA

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