見出し画像

掌篇小説『Z夫人の日記より』<155>

12月某日 博

 北国へ。或る作家の記念館へ。

 壁いちめん、床まで黒く、照明にぎらりとひかる。ちいさな窓に切り抜かれた空は、昼時なのに静脈みたいに蒼ざめて。

 1階のショップにて、記念された作家自身とおぼしき、着物姿の霊が、人気グッズらしい星座表のプリントされたキャップを被り、己の文庫本を舌打ちしつつ読んでいる。昔のひとだからか私より背がひくく、華奢な肩。

 詩作のワークショップがあるというので参加する。
 講師は夫妻で、忘れたがどちらか一方が詩人で、もう一方が脚本家とのこと。黒い空間にお揃いの白シャツと造作もちょっと似た白い顔がかがやく。私の右隣に作家の霊が座り、又舌打ち。この人たしか独身の儘夭折なさったんだっけ?

 夫妻は教室のテーブルを、まるでキャンドルサービスよろしく巡回し。やがて私と霊のところへ。

「相手の視てくれや簡単な質問から詩を書く」
 というレッスン。

 まずあちらにやって貰う。向い合せで自然と担当に就いた男性は何故か私の爪らへんばかり、まるでミニスカートでも覗きこむふうに視て、質問は「海は好きですか?」だった。そしてこちらもする(男性の頬にある雁首みたいなイボの隆起を視、「山は好きですか?」と聞く)。一方女性は、私の右隣の霊と対峙している訳だけれど、霊とも作家本人ともまるきり認識していない様子。霊は彼女がタイプなのか、脣がやや綻んで。

……さっきから気になっていたが。夫妻の脇に、小人だろうか、座る彼等より丈のひくい、服は形はサンタっぽいが木や土に擬態できそうなブラウン濃淡で纏めた、意地悪そうな眼つきと首の傾げ方をするメガネ髭モジャの男が居て。
 ずっと置物みたいにおし黙っていたけれど、私が男性から白い洋封筒に収めた詩を貰ったタイミングで、とことこ歩いてきて、子供ほどの手をのばし。
「350円」
 と云ってきた。誰ひとり、霊ですら小人の存在に気づく(もしくは気にする)様子はないが。私は脱いだコートのポケットから蝦蟇口を慌ててだし、硬貨を手にのせる。多く払ったらしく小人は
「違うよ」
 と、存外イノセントに。

 上階の休憩所で窓に降る雪を視ながら、熱い缶コーヒーを振って開けて飲みながら、作家の霊と座ってぽつぽつ話す。
 封をあけ、男性から貰った詩を声に出す。
『桜貝のビキニ付けた、小人の君よ』
 とかなんとか。霊、舌打ち。のみならず、男性女性の詩を重ねて千切り、つばきも吐き棄てる。唾はちゃんと?おちて、紙片から黒の床へと、アメーバみたいに熙り蠢き。
「我らが業界も、零落おちぶれたものよの」
 と芝居がかった声色で、言動と裏腹にしおらしい娘役みたく私の肩にそっと凭れてくる。星座表のキャップは外し、指で廻し。季節の星星が彼不在の何十年かを瞬く間に経過し。
 みじかい、頑健そうな髪より、落葉の匂い。
 彼の詩を読みたいと云うと、
「乳房を揉ませてくれたら」
 と交換条件。やめた。


12月某日 友

 子供の頃からのペンフレンドがいる。

 会った事はないが、おそらく似た年の女性。

 始めは例文の如く尤もらしい日常を書いていたが「ルールがあるか?」と、どちらからか気づき。

 今は便箋に、電報のような一行(稀に数行)を書くのが通例となった。

 今日きた手紙。
「道路警備に『そっち駄目です、こっちです』と誘導されて着いたのは、焼却炉だった。夜の底が赤くなった。
 良いお年を」





©2023TSURUOMUKAWA

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?