古澤さんの猛ダッシュ
麦わら屋メンバーの古澤さんは、とにかく体がでかい。そして声もでかい。毎朝9時半に行われる職員の朝礼をめがけて、「おはようございます!!!」と声を張り上げる。こちらの反応が薄いと「もう一度、おはようございます!!!!」と気合を入れ直し、職員も負けじと「おはようございます!!!」と応じる。麦わら屋へ見学にやってきた人のことは「お疲れさまです!!!」と迎え入れるし、外でもあいさつを欠かさない。
麦わら屋では週に数回、一部メンバーで公園や博物館、図書館へ出かける。これがとにかくおもしろい。おもしろポイントはいくつかあるのだが、個人的にはメンバーが知らない人へ話しかけに行く瞬間がたまらない。例えば、黒岩さんは公園ですれ違う高齢者に「今日はあったかいねえ」と話しかける。孫のようである。佐藤さんは図書館で司書さんに「ガリレオの映画っていつ公開されるの?」とクイズのような質問をしていた。古澤さんは運動公園の事務所で「ここは宝くじの売り上げで作ったのですか?」と、突然取材を始める。たいていの人は一瞬困惑した表情や、警戒するそぶりを見せつつも、笑いながら応じてくれる。障害がある人たちが外へ出ていき、同じ地域で暮らしているのだと改めて証明する機会。ハラハラすることも多いけど、この時間は本当に大切だと実感する。
11月中旬、いつものように運動公園を散策していると、向こうの方で幼稚園児が10人ほど集まっているのが見えた。女性の先生が2人、そして引率の男性が1人。何かを囲いながらキャッキャッと笑っている。楽しそうだなあとほのぼのしていると、古澤さんがそちらへ引き寄せられていくのが視界に入った。突進していくのは阻止しなければ、と思ったのも束の間、古澤さんは背後から私の気配を感じたのか、突然猛ダッシュし始めた。「古澤さん!ちょっと待って!」と思わず腕をつかむけど、大男の力にはかなわない。こちらが半分引きずられるような形で、園児の輪にたどり着いた。
よく見ると、園児たちは落ち葉を布団のようにして、地面に寝そべる遊びをしていた。古澤さんが「何をしているんですか!!!」と大きな声で話しかける。一部の子がビクッとし、先生が警戒態勢に入ったのを感じる。「古澤さん、みんなびっくりしちゃうから、少し離れて見学しようよ」と声をかけても、かたくなに動こうとしない。こうなったらもうどうにもできない。すると、引率の男性が「おぉ~どうぞぉ~」と、輪に入るよう促してくれた。警戒はされているけど、拒絶はされていない。良かった。
「じゃあ、みんなで記念写真撮ろうか!」。男性がそう言うと、園児たちがきれいに横一列に並んだ。その様子を古澤さんと近くから見ていたのだが、先生がスマホをかざした瞬間、古澤さんは私の手を振りほどき、園児の後ろでちゃっかり万歳ポーズを取った。「すみません」と謝っていると、男性が古澤さんに「君もやってみるかい?」と声をかけてくれた。園児と同じように、落ち葉の中で寝そべってみないかと誘ってくれたのだ。みんなの注目を浴びる大チャンスなのに、なぜか古澤さんは「いや、やりません」と秒速で断った。さらに「ここに寝るなんてあかんよ~」とエセ関西弁でおどけてみせたのだ。園児たちにはややウケだったが本人は満足したようで、少しすると「ありがとうございました!!!!!!」と一礼し、他の麦わら屋メンバーがいるほうへ歩き出した。古澤劇場がようやく幕を閉じた。
公園からの帰り道。古澤さんの腕をつかんだ感触が、まだ手に残っていた。なんだか無理やり従わせようとしてしまったなあ、と落ち込む。園児にぶつかったり、古澤さん自身が怪我したりしないように注意するのが役目だけど、それ以上に「周りに迷惑をかけたくない」と反射的に思ってしまった。そして古澤さんの好奇心をねじ伏せて、地域の人から遠ざけようとしてしまった。
思い返すと、私は古澤さんにばかり声をかけていた。「遠くから見るだけだよ」とか「もう行こう」とか、ひたすら古澤さんに向かって話しかけていた。先生たちにひとこと、「少し見学しても良いですか」と声をかければ済んだのではないか。なぜ古澤さんにばかり我慢を求めてしまったのだろう。地域共生とか多様性とか言うわりには、自分の中にも「社会に適応してもらわなきゃ」という決めつけがあったのだと思い知らされた。古澤さん、ごめんなさい。どうかこれからも(危険のない範囲で)、遠慮なくダッシュしてください。
(文:広報スタッフ/ライター 原菜月)
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