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ハーメルンの笛吹きと、自分にしか解けない魔法

この仕事をしていると、時折「占いジプシー」さんや「スピリチュアル疲れ」さんにお会いします。「結局、自分の中にしか答えがないような気がして」とカラーセラピーを受けてみようと思ってくださった方々です。

個人的に、占いもスピリチュアルも必要なものだと思っています。
ただ、何事にも「本物」があれば「偽物」もあり、
「溺れるものは藁をも掴む」し、
「過ぎたるは及ばざるが如し」ですものね。

人間、苦しみから逃げられるなら、何かに依存したくもなるだろうし、
全てのことに「正解(解消法とか)」があって、
それは自分ではなく他の誰かが知っている(どこかに書いてある)ものだ。
という信念を学校教育ですりこまれているわけだから、
「どうしたらいいのか、誰か教えてください〜」ってなるだろう・・・
が、全てのことに「必ず正解がある」わけでも
「必ず正解を知っている人がいる」わけでもない。

必ず存在する正解とは、社会的なお約束ごととかですよね。
道路の信号機が赤なら待つ。青になったら渡る。うん、正しい。

「自分の苦しみの答えは外側にはないのかもしれない」、と
自分で気づけたクライアントさんは、すごいと思うのです。
心からの敬意をもってお迎えしています。
気づけていただいているように、カラーセラピストの私はあなた(クライアントさん)の正解を知りません。特殊な能力があるわけでもなく、ただ、色を使って、あなたが思い出せないことを思い出すお手伝いをさせていただく者です。

「いろいろな人がいろいろなことを言うものでもう何がなんだかわからなくなって(笑)」と、クライアントさん。
それでふと、グリム童話の「ハーメルンの笛吹き男」というお話を思い出しました。

あのお話、どんなイメージでしょうか?
解釈がいろいろとできる伝承ですよね。
子供達を連れ去った笛吹き男が悪なのか、
約束を守らなかった大人たちが悪なのか、
絵本によっては、笛吹き男についていった子供達が、幸せに暮らしている様子が描かれていたりもしますね。

ある人にとってそのインフルエンサーさんは、救世主に見えるけど、
ある人にとっては、詐欺師に見える。
どちらも正解ではないし、正解はひとつじゃない。
禅問答にみたいでまどろっこしいですか?(笑)

様々な笛吹きさんが、SNSで有益な情報をもたらしてくれています。私も仕事にフル活用させていただいています。(せめてものお礼にって著書を買ったりもします)

「いいな」と思った笛についていったとしても、
途中で「なんか違うかも」と思ったら、何も言わずにそっと離れていいわけですし。
復讐劇とか、やぶれかぶれエクスタシー芸とか、エンターテイメントに魅了されているフォロワーさんたちも楽しそう。
その時のその人に必要なヒーローが現れていて、
鏡のようにそれぞれが引き合わされているかのよう・・・

そして、もうそれ以上は危ないよ?
その笛の音についていったら、望まない場所に着いちゃうよ?
ってタイミングでちゃんと別の笛が鳴るみたい。

夜明けの野鳥の鳴き声や、猫さんや犬さんの鳴き声が、
ふと人を我に返してくれたりする。

私はそこに、誰の中にもあるスピリチュアル(スピリット)を感じます。

おとぎ話的に言うと・・・
多くの人が、子供の頃に自分を信じられなくなる魔法をかけられているようです。ふとした親や先生からの言葉がその魔法の呪文になったとしても、
多くの場合、その魔法はかけられた本人にしか解けません。
王子様のキスで、とかの方がロマンチックですが(笑)

ここ最近。ハーメルンの笛吹きの数も多く、音量も大きいけれど、
その人にしか聞こえない「音」も、たくさん鳴っている気がします。

大丈夫です、あなたにも必ず聞こえているから。

(ここまで読んでくださってありがとうございます)

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