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【小説】面影橋(八)

 そんな感じでがり勉を続けて、大学も首尾よく第一志望に受かりました。私の両親はともに教師で、親も親戚も周囲は私が教育学部に進むものと信じて疑っていませんでした。文学部を選んだのはささやかな抵抗であり、教職課程を取らなかったのはぎりぎりの反抗でした。英語劇のサークルに入ったのは、シェイクスピアに魅せられてというのは表向きの理由で、本当のところは、吃音を克服するためです。お恥ずかしい話ですが。不思議なもので英語の台詞は全くどもりません。そういうものらしいです。「お気に召すまま」のロザリンドは私の当たり役でした。大きな声では言えない動機で始めた英語劇ですが、段々とのめり込みました。卒論は、一年次の写真論のレポートでいい点数を取れたからという安直な理由で、スーザン・ソンタグの批評理論でお茶を濁しました。ポストモダン的なバズワードを散りばめて搦め手から論じたような赤面ものの代物にもかかわらず、何故か主任教授は面白がってくれたのですが、私としてはエリザベス朝の演劇史みたいなアカデミックなテーマに真正面から取り組んでみたいという思いを強くしていました。そのためにも坪内逍遥以来の伝統のある大学で本腰を入れて学びたい云々というのは公式の理由で、院試の面接でも殊勝そうにそんな話をして研究テーマの変更を示唆したのですが、本当のところは違います。単にリセットしたかったのです。人生にはそういうタイミングってあるように思います。

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