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千年の約束

 その日、宇宙船の船内はちょっとしたお祭り騒ぎであった。宇宙船、と言っても、狭い船内を飛行士が無重力でフワフワと浮かんでいる姿を思い描かれては困る。これは現代よりも遥かに進んだ未来の話だ。もし、真っ先に思い浮かべるそうした宇宙船の船内が金魚鉢に喩えられるなら、このお話の宇宙船は動物園?いや。都市?いいや。島?それでもまだ小さい。大陸?まだまだ。ひとつの星を丸ごと運んでいると喩えても差し付けないだろう。実際それは惑星そのものだ。それまでその惑星にあったもので、宇宙船に載っていないものはひとつとして無い。動物園も、都市も、あるいは島や大陸のようなものですら、その宇宙船は載せている。もちろん、それらに含まれるすべても。
 このお話の時代よりも以前、我々の現在の科学技術よりも少し進んでいて、このお話の時代よりも少し劣った文明が、彼らの住んでいた惑星の環境にあまりにも負荷をかけたため、そこは居住に適さない環境になったのだった。そして人々は移住することにした。彼らを受け入れ可能な惑星へ。そこまでの距離はほんの二千光年。宇宙の尺度から言えばほんのであるが、人の一生は短い。
 その日、ついに船がその全航程の半分を通過したのだ。その直前にはカウントダウンまで行われた。とはいえ、まだ半分残されているのだが、半分であってもそれを祝わなければやっていけないくらい長い旅路である。
 いたるところでパーティーが催された。シャンパンが開けられ、乾杯の音頭がとられた。船内にある全てのモニターでは、その船が旅立った時の船長によるメッセージが流されていたが、誰一人としてそれに耳を傾けていなかった。それは録画されたもので、船がその地点を通過すると自動的に流されるようにプログラムされていたものなのだが、その船長の言葉を理解できるものがいなかったのだ。
「千年後の乗組員たちへ」と船長は呼び掛けていた。「もしかしたら、君たちは私の使う言葉から変化した言語を使っているかもしれない。そうなると、この呼び掛けは君たちにはなんの感動ももたらさないかもしれない。まあ、いい。君たちの中の、古典研究者がじきに解読してくれるだろう。言語の変化に関しては不可避の事態として計算に折り込まれている。その為に、古典研究者を育成するプログラムも置かれているのだ。
 さて、この宇宙船の由来や目的に関しては、君たちも教育課程で学んでいることと思う。我々、つまり、君たちから見れば千年前の人間である私たちと君たちの任務はこの宇宙船をある天体まで運んで行くことであり、そこに植民することである。任務が達成されるのは千年後となるわけであるが、綿々と繋がれていくバトンのみがその栄光の瞬間を作り出すのだ。君たちの存在は決して無駄ではない。君たち無くして、千年後の栄光はあり得ないのだ。君たちは優秀な乗組員である。君たちの施された教育は、この宇宙船を進めるために必要不可欠のものばかりだ。この宇宙船の乗組員として必要不可欠のものばかりだ。君たちは選ばれし乗組員である。君たちの健闘を祈る」
「ぼくらはなぜ」と彼は言った。船長の使っていた言葉とはまったく異なる言葉で。広大な宇宙船の中の、隅の隅、彼と彼女は隠れるようにいた。「存在するのだろう?」
「学校でならったじゃない」と彼女は言った。「『我らは宇宙に巻かれし種。種の命脈を保つため、二千光年の旅に出ん』わたしたちは種なのよ」
「そんなことを聞いてるんじゃないよ」と彼は言った。「なんのために、そんなことをしなきゃならないのかってことさ」
「それは」と言って彼女は口をつぐんだ。「学校ではならってないかもね」
「こうして船を進めていって、いったい何が待っているっていうんだ?」
「約束の地よ」
「千年後のね」 と彼は吐き捨てるように言った。「ぼくらがその地を踏むことはない」
 宇宙船は確実に目的地へ近付いていっていた。コンピュータにプログラムされた航路を確実に。その巨大な船体の中には、何億という人々が暮らしている。彼らは船体の整備を行う乗組員であり、かつ約束の地での種であった。その人口に関しても、航路と同じように完全なコンピュータによる統制のもとに置かれていた。
「このままちゃんと進めば、わたしたちは幸せになれるのよ」



No.151

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