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エイリアンズⅤ

前回のお話「エイリアンズⅣ」

 わたしたちはうしろから強い光に照らされていた。あたりが真っ白になるくらい強い光。もしかして、宇宙船が迎えに来たんじゃないかと思うくらいの光。わたしたちが本当にいるべき場所から、わたしたちの宇宙人の仲間が迎えに来てくれたんじゃないかと、わたしは思わなかった。そうなればいいけど、そうなるはずがない。
 わたしたちはどこにも行けないし、普通の人間で、親の保護を必要とする小学生だ。宇宙人なんかじゃない。
 振り返ると、そこにはパトカーが停まっていた。赤い光が明滅している。わたしはすべてを理解し、これからわたしたちに降りかかるであろうことを考えて憂鬱になった。まあ、すでに最悪に憂鬱だったわけだけど。
「君たち、なにしてるの?」と、パトカーから降りてきた若い警察官はわたしたちに言った。どちらかと言えばにこやかに、こちらに警戒心を抱かせまいという気配が感じられて警戒したくなる。そして、わたしの名前を尋ねる。わたしは答えない。警察官が名前を口にし、それはわたしの名前で、わたしは頷く。頷いたか頷いてないかわからないくらいに、小さく。わたしと話していた警察官はうしろを振り返り、パトカーの方を見て頷いた。パトカーのそばにいたもうひとりの警察官が無線に向かって何か言っている。情報は伝わって、伝わって、たぶんそれはママに繋がっているんだろう。わたしが帰ってこないから、ママが捜索願みたいのを出したに違いない。
「娘さん見つかりましたよ」と、女の警察官とかが言うのだ。
「よかった」と言って顔を覆って泣くママ。泣きたいのはこっちの方だ。どうして泣きたいの?わからないけど、泣きたくてしかたがない。
 誰かがわたしの手をぎゅっと握った。わたしは自分のすぐ隣を見た。彼だ。わたしと彼はそうして手を繋いで、ずっと歩いて来たんだった。それすらも、いま目の前にあること、パトカー、警察官、待ち受ける取り乱したママ、そういう目の前のことから考えると遠い昔の出来事みたいだった。でも、それはいまここ、汗ばんだ手はぎゅっと強く、それでいて励ますように優しく、熱かった。彼はまっすぐ前だけを見ていた。不安そうなそぶりはこれっぽっちも見せなかった。彼だって年端もいかない小学生なわけで、そうして、警察官に囲まれ、パトカーに乗せられるとなれば、動じてもおかしくないだろうに。
 わたしたちはどこにも行けない。でも、わたしはひとりじゃない、そんな気がした。
 パトカーはあっという間に警察署についた。わたしたちが歩いた時間はなんだったんだろうってくらいあっけなく。車の窓の外は何もかもがキラキラしていた。誰もかれもが幸せそうで、わたしたちとは別の世界の様子をテレビの画面で見せられているみたいだった。
 通された部屋では案の定ママが待っていた。ママは椅子から飛び上がらんばかりに立ち上がると、まっすぐわたしに向かって歩いてきた。
「どれだけ心配させるつもりなの!」ママは怒鳴った。聞きなれたママの怒鳴り声。いつもパパとケンカするときの声だ。訂正、ケンカしていた時の声。それはもう過去のことになる。だって、ふたりはお別れするんだもんね。それは過去のこと。と、心の中で思っていても、そんなことは言わない。それは嵐の中に裸で躍り出るようなものだ。わたしは黙って嵐が過ぎ去るのを祈ることにする。視界の隅で警察官が止めに入るのが見える。
 ママの視線がわたしから移ったのに気づいた。彼を見ている。わたしの手を握ってくれている彼。その手を離さないでほしい。もし離されてしまったら、わたしは流されて行ってしまうから。
「あんたがそそのかして連れ出したんでしょ!」ママは彼に怒鳴りつけた。「娘をどうするつもりだったのよ!」
「やめて!」と、わたしは言えなかった。言わなきゃいけなかった。「違うの!」そう言わなきゃダメだった。違うから。彼はなにも悪くない。でも、わたしの口からは言葉が出てこなかった。
「その汚い手を離しなさいよ!」そう言ってママはわたしの手首を掴み、彼の手を振りほどいた。警察官が止めに入って、ママの息遣いが聞こえた。まるで怯えた動物の息みたいだった。
 わたしは恐る恐る彼を見た。彼はじっと、まっすぐ前を見ていた。そこに立っているママを見ていた。怯えているようでもなかったし、怒っているようでもなかった。ただ、じっと見ていた。わたしはなにも言えなかった。なにも言えないまま、わたしはママと一緒にそこをあとにした。
 わたしたちはどこにもいけない。

No.229

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