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エイリアンズⅣ

エイリアンズⅠ

エイリアンズⅡ

エイリアンズⅢ

「もう、こんなところに、いたくない」と、あいつは言った。泣きながらで、途切れ途切れだったけど、確かにそう言った。
 あいつの言う「こんなところ」が、俺たちがそのときにいた公園じゃないことはすぐにわかった。どうしてかって言うと、それは俺もずっと思ってたことだからだ。俺もずっと思ってた。「こんなところにいたくない」それはその公園ではないし、学校でもないし、家でもない。いや、その公園でもあるし、学校でもあるし、家でもある。いつも思ってた。「こんなところにいたくない」
 俺は宇宙人だ。間違った惑星に降り立った、間違った宇宙人。いつも息苦しくて、ホントは宇宙服が必要だ。
 俺は気づくとあいつの手を握っていた。これまで誰かに触れたことなんてなかった。みんな俺のことを避けてたし、ムカつくから、俺も誰も近くに来ないでほしいと思ってたから、誰かのことを触るなんて絶対にイヤだった。俺はあいつの手を握った。あいつは驚かなかった。イヤそうでもなかった。女子たちが陰で俺のことを臭いとか言ってるのは知ってる。でも、あいつは全然そんな風じゃなかった。
 あいつは俺を見た。目は涙でグジャグジャだった。俺は言った。「行こう」俺はそう言った。
「どこに?」あいつはそう言った。
「ここじゃない、どこかに」
 もうじき母ちゃんが帰ってくるころだった。でも、構うもんか。俺は母ちゃんが大好きだし、それはその瞬間だって変わらなかったけど、母ちゃんはいつも疲れてて、不機嫌なときもあって、そんなときには「早くくたばれクソババア」なんて思ったりもするくらいで、でも、母ちゃんは一生懸命働いてるわけで、なんか母ちゃんにとっては俺なんかいない方がいいんじゃないかって思ったりもしてた。
 俺はあいつの目を見た。あいつも俺の目を見た。別に頷きあったりはしなかった。そんなこと必要ない感じだった。宇宙人同士のテレパシーみたいに、言葉もなにも無くても、わかってた。俺たちは歩き出した。
 とにかく歩いた。夕焼け空だったのがどんどん紫になって、どんどん紺色になって、それがどんどん濃くなっていく。その空の中を、飛行機が飛んで行った。ボーイング。たぶん。飛行機の種類はそれしか知らなかった。まだあのクソ野郎が俺の父ちゃんだったころ、空港に見に連れて行ってくれて、教えてくれた名前。
 ボーイング、かどうかはわからないけど、それは俺たちの頭の上、はるか彼方を飛んでいて、それは「どこか」を目指してて、その中に乗っている人たちは、俺たちが地面をそうして歩いていることなんて知らない。
 俺たちは歩いていた。とにかく歩いていた。どこに行こうなんてのはなかった。どこにも行く場所なんてなかった。ただ、そこに立っていたら、そこは「ここ」になっちゃうから、俺たちのいたくない「こんなところ」になっちゃうから、とにかく歩いた。「こんなところ」から逃げるみたいに、俺たちは歩いた。あいつはなにも言わないで歩いていたから、俺もなにも言わなかった。
 図書館の前をすぎ、ゲームセンターの前を過ぎ、カラオケの前を過ぎ、居酒屋の前を過ぎ、駅の前を過ぎ、コンビニの前を過ぎ、本屋の、文房具屋の、市役所の、体育館の、蕎麦屋の、バッティングセンターの、学校の、バス停の、団地の、また駅前の、コンビニの、公園の、ラーメン屋の、またコンビニの、前を通って、とにかく歩いた。どんどん暗くなって、真っ暗の、宇宙の真ん中をふたりで歩いているみたいだった。
 不意に、俺たちはうしろから明るく照らされた。赤い光がチカチカしてた。振り返るとパトカーが停まってて、中から警官が降りてきた。
 誰にも、俺たちのことなんかわからないだろう。俺たちが、空高く飛ぶ飛行機の中の人たちのことがわからないみたく。


No.214


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