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エイリアンズⅡ

 あいつは宇宙人みたいだった。
 いつも女子たちの真ん中にいて、「わたしがリーダーです」みたいな感じだったけど、いつもホントはそこにいない感じだった。そこにいるのに、どこか遠くにいるみたいだった。なんだか、宇宙人が地球人に変装して混じってるみたいだ、って俺は思ってた。そうやって混じって地球侵略をしようとする宇宙人。いや、違う。間違って別の星に来て、帰れなくなった宇宙人だ。そんな感じ。どうでもいいけど。
 学校は大嫌いだった。そもそも毎日同じとこに行かなきゃならないってのがうんざりだった。それで、座って、つまんない話を聞いとけって?話はどんどんつまらなくなる。どれだけつまらなくできるかチャレンジみたいだっていつも思ってた。どんどんどんどんつまらなくなる。何もかもが。でも、母ちゃんが俺が学校に行ってないと悲しむから、仕方ないから学校に行ってる。母ちゃんが会社に行くのと一緒に家を出て、俺は学校に行く。途中でバイバイだけど、その朝の時間が俺は好きだ。母ちゃんと一緒に歩けるから。帰って来るのは遅いし、いつも疲れてるから。
 みんな大嫌いだった。みんなはみんなだ。周りにいるやつらみんな大嫌いだった。先生も、クラスのやつらも、それにあのクソ野郎も。考えたくもないけど、いつも考えてる。あのクソ野郎は母ちゃんを悲しませた。俺はあのクソ野郎が大嫌いだ。それに、先生も、クラスのやつらも。みんな俺のことをバカにしてるし、嫌ってる。みんな、みんなが俺のことをバカにして嫌ってるから、俺のことをバカにして嫌ってる。でも、俺のほうがみんなのことをバカにしてるし、嫌ってる。ホント、自分でなにも決められないバカばっかりだと、俺は思ってた。九九や漢字なんてクソ喰らえだ。
 いや、あいつだけはなんか違った。あいつは俺のことをバカにはしてなかったかもしれない。ただ不思議そうな顔で俺を見てた。別の惑星から来た調査員。
 あいつは宇宙人みたいだった。
 俺がその公園の木の上にのぼってたのは、そこが一番早く母ちゃんが帰って来るのに気づける場所だったからだ。そこからなら、図書館の前に停まるバスが見える。母ちゃんが降りるのが見えたら、ダッシュで部屋に帰って、玄関で待ってて、「おかえり」って言う。だって、帰って来たら誰かに「おかえり」って言ってもらいたい。だから、俺は学校から帰るのが嫌いだ。誰も「おかえり」って言わないから。部屋にはいない。木の上で母ちゃんを待つ。
 いつもなら誰もこない公園に、あいつが来たのに気づいたのは、なにかバタバタ音がしたからだ。今でも思い出すと笑っちゃうんだけど、どうやらあいつは逆上がりができなかったらしい。逆上がりをしようとして、できなくてバタバタしてた。俺はそれをしばらく木の上から見てた。いつもなら涼しい顔で、先生に指されても自信満々なあいつが、必死でバタバタやってた。そういえば、逆上がりのテストをするとか言ってたな、と俺は思った。もしかして、そんなクソどうでもいいことであいつはそんなに必死になってるのか、って思って、やっぱり宇宙人だと思った。意味がわからない。別にどうでもいいじゃん、って俺なら思う。でも、あいつは必死だった。必死なのは必死だ。どんなバカみたいなことでも。だから、俺はあいつに逆上がりを教えてやることにし。
「ぎゅって引っ張るんだよ」
「ぎゅ」
くるり。ほらな、できたじゃん、って感じ。
 あいつが泣き出したのにはビックリした。どこか怪我したんだと思ったけど、きいても違うと首を振る。で、しばらくすると「いま何時?」って時計を確認すると行っちゃった。ちょうど母ちゃんが帰って来る頃だったから、ちょうどよかったけど。
 次の日、学校であいつに会ったけど、あいつはそれまでと変わらない感じで、俺が逆上がりを教えたのはあいつじゃなかったんじゃないかとさえ思った。別に俺もあいつと仲良くなりたかったわけじゃないし、めんどくさいからそれでいいと思った。で、テストの日が来た。俺はとっととくるりと回って見せて、なんなら二回転でも三回転でもできたけど、めんどくさいからやめた。男子でも無様なやつが結構いて、そういう場合はクラスのやつらはそいつを笑い者にしてた。俺は笑わなかった。別に面白くないからだ。そうして、順番が進んでいって、あいつの番が来た。無茶苦茶緊張してますって背中に書いてあるみたいだった。ぎこちなく歩いてて、こりゃ多分失敗するな、と俺は思った。
 あいつは鉄棒を握ると、深く息をした。それで、逆上がりするかと思ったんだけど、やめて、こっちを見た。目が合って、俺はビックリしてすぐに目を逸した。それからあいつはもう一度鉄棒を握り直して、勢いをつける。
「ぎゅ、だ」俺は心の中でつぶやいた。
 くるりと回って、女子たちが歓声を上げ、あいつに駆け寄った。きっと「すごいじゃん」とか言ってるんだろう。俺はそれを遠くから見てたんだけど、またあいつがこっちを見た。目が合う。なんかあいつと目が合うと、後ろから「わっ!」って驚かされたみたいになる。あいつはなにか口をパクパク動かした。声は出さないで。もしかしたら、宇宙人にしかわからない宇宙人語で喋ったのかもしれない。
 あいあおう?
 あ、「ありがとう」か。
 俺はなんか知らないけど、そっぽを向いた。顔が熱かった。






No.190






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