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全人類のためのプロレス教室 vol.2「獣神サンダー・ライガー」 竹内

「さあ、前回に引き続き、今日もプロレスの授業をするぞー。」
 山本はサンダル履きで教室に入ると、そう声をかけた。季節は春から初夏に移りつつあった。
「えーいいんですか。これ英語の授業ですけど。」
 クラスの生徒たちは口々に懸念の声をあげている。なにしろ前回は丸々一時間プロレスについての授業だったからだ。
「大丈夫。英語はYoutubeで勉強しよう。プロレスはここでしか勉強できないでしょ。」
 山本はそう言い放った。
「まあ確かに先生の英語の授業受けるより、Youtubeの方が勉強になるけどね。本当に大丈夫なの?」
 ハシモトは山本を心配しているようだ。それはそうだ。英語教師が英語について教えず、プロレスの講釈ばかりしていることが露見しようものならタダで済まないだろう。
「心配してくれてありがとう。まあ、今日は雨だしね。ということで今日は何を勉強するか覚えているかな。チョウノ君なんだったかな。」
 季節は5月中旬、新学期が始まって1か月半たち、山本は生徒の顔と名前がようやく一致したようだ。
「確か、えーっと。マスクをつけたレスラーについてやるってことだった気がするな。」
 チョウノはよく覚えていなかった。
「自分が好きなマスクマンはスーパー・ストロング・マシーンであります。しょっぱい試合が持ち味なのであります。確かマシーンと先生はおっしゃっていた気がするであります。」
 ムトウは自分の好きなレスラーについて言った。そしてムトウもよく覚えていなかった。
「えーっと。惜しい!それは平田だね。そうではなくて今日は山田さんです。厳密にいうと元山田さん。」
 山本はそう答えた。
「山田って誰だよ。ていうか元山田ってどういう意味だよ。」
 ハシモトは疑問だらけだ。
「あ、そっちでありますか。獣神サンダー・ライガーのことでありますね。 山田恵一選手がイギリスに行って、『リバプールの風になった』のちに、獣神ライガーと生まれ変わったのであります。その後、最終的に現在の獣神サンダー・ライガーとなりました。」
 ムトウは思い出したようである。
「その通り。今回は『世界の獣神』こと獣神サンダー・ライガーについてやっていきたいと思います。」
「そうだった。そうだった。」
チョウノはボソッと声に出した。
「さて、いきなり残念なお知らせなのですが、獣神サンダー・ライガーは今年2020年1月5日の東京ドーム大会で引退しました。」
「えー、じゃあ紹介してももう見られないじゃん。」
 ハシモトが不服そうに言った。
「そうなんです。動画などで現役時代の見ていただくことになると思います。先生は長年、獣神サンダー・ライガーがいつ引退してしまうのか、そわそわしながら日々過ごしていました。そして今年その時がついに来てしまったのです。」
 山本は細い眼をして窓の外を眺めている。窓の外は小粒の雨がしとしと降っている。梅雨を思わせる天候だ。
「獣神サンダー・ライガーは今までの功績が認められ、アメリカのWWE殿堂に入りました。これは日本人3人目の快挙です。世界的にも認められていたレスラーなんですね。ちなみに他の2人の殿堂入り選手は誰だと思いますか。」
「んー、やはり長州力ではないでしょうか。彼のラリアットは世界一であります。」
 ムトウはとことん長州力が好きなようだ。
「残念。長州力は入っていません。」
「やっぱり、猪木だろ。アントニオ猪木。」
 チョウノが答えた。
「正解です。アントニオ猪木が日本第一号で殿堂入りしました。さあ、あと一人。ヒントはお城が好きな人です。」
「誰だよ。城好きなのって。そんなのでわかる訳ないだろ。プロレスの技とかのヒントにしてよ。」
 ハシモトはいつも不服そうだ。
「あ、なるほど藤波辰爾でありますね。これはプロレスファンの常識であります。」
 ムトウがすかさず答えた。
「正解です。ドラゴン藤波こと、藤波辰爾選手ですね。彼は城好き、歌好きという多彩な選手でした。」
「はい。藤波選手の『マッチョドラゴン』は一度聴いたら忘れられない曲であります。ペヤングソース焼きそばにパクチーを入れた感じであります。癖があるけどとても美味しいといった感じであります。私はこの曲が大好きであります。」
 ムトウは力強くそう語った。
「あの曲は、藤波選手の人間性が表れているよね。本当にいい人なんだよね。歌も一生懸命歌うから、聞き手も聞きたいと思うんだよね。とにかく一生懸命でファンのことを第一に考えた選手だった。生まれながらのベビーフェイスという感じ。ちなみにベビーフェイスは、正義の味方のことです。反対語はヒール。悪役ですね。」
 山本はそう話した。
「はい。彼は本当に一本気な選手でありました。私の好きなスーパー・ストロング・マシンの真の姿である平田さんの名前を『お前、平田だろ』とつい言ってしまったのも藤波選手でありました。そして、長州力さんとは名勝負数え歌として、数々の名勝負を繰り広げていたのであります。そして、なにより有名なのがやはり「飛龍革命」であります。」
「『飛龍革命』って何か聞いたことあるぞ。確か、1911年に中国の武昌、現在の武漢で起きた革命…」
チョウノはボソッと言った。チョウノは世界史が好きだった。
「それ、辛亥革命じゃね。」
 ハシモトが正した。ハシモトは時代劇好きだったので、チョウノ同様世界史に詳しかった。
「はい。飛龍革命が起きたのは1988年、沖縄県立奥武山公園体育館であります。ここで藤波選手はアントニオ猪木に対して自分がとメインイベンターになりたいと主張します。これまで新日本プロレス=アントニオ猪木であり、常に中心であったアントニオ猪木に対して今後は自分が新日本の中心になるという強い表明でありました。アントニオ猪木がそれに対してビンタをすると藤波選手もビンタで応酬しました。そして、最後は自分の髪を切り始めたのです。これに対して猪木はやれるものならやってみろと言って、藤波選手にチャンスを与えたのであります。ちなみにこの場面で、藤波選手が何を言っているのか聞き取るのは困難であります。」
「まじ、やばい奴だね。意味わかんねえよ。」
 ハシモトはそう言った。確かに、私も書いていて何を書いているのかわからなくなってきた。
「常識的な目でプロレスを見ると確かに理解できなくなる。とにかくこの時、藤波選手は自分の強い気持ちを猪木に伝えたかったんだと思うよ。その決意の一つが藤波選手にとっては髪を切るという行為だったんだと思う。力士や侍にとっての“まげ”がかれらの魂そのものであったように、藤波選手の髪も大切なものだったのだと思う。それを切るということはこれまでの自分ではなくなるということを表していたのではないか推察します。」
 山本はそれっぽい解釈をしてみせた。なんとなくそんな気がしないでもない。
「はい。その時の藤波選手の覚悟は相当なものだったと思われます。その後、猪木が新日を去り、藤波選手が新日の社長になったことを考えると、本当にそれは“革命”であったとも言えるのであります。結果として社長としてはうまくいかず、発言が二転三転していたことで、『こんにゃく社長』と言われ、最後は退任し、新日本を去ることになるのですが。ちなみにこの2000年代は新日本プロレスの暗黒期でありました。」
 ムトウはそう説明を加えた。
「そうだったね。藤波選手は新日本のど真ん中で戦い抜いてきたよ。その後、新日本は暗黒期を抜けて2010年代はプロレスブームになりました。その中心はオカダ・カズチカという意見もあるけど、やはり棚橋弘至だったと思うよ。彼は藤波選手を尊敬して彼の技を多用していたんだよね。ドラゴンスクリューやドラゴンスープレックス、ドラゴンスリーパーなどが挙げられます。ちょうど、藤波選手が社長に就任した1999年に入団したのが棚橋弘至でした。ちなみに弘至の“至”の字はアントニオ猪木の本名、猪木寛至の“至”から名づけられています。彼の父親がアントニオ猪木のファンであったそうです。棚橋弘至が新日本プロレスの魂を継承していったことが、今の人気回復に貢献していると思いますね。」
 山本はそう語った。新日本プロレスが本当に好きなようである。
「先生の解釈は恣意的なんじゃないかな。実際はどうだかわからないよ。」
 ハシモトは異を唱えた。
「確かに。その通りだと思います。ただ、プロレスの良さは試合が面白いということに加えて、様々な人間模様を物語ることができることだと思いますね。一人ひとりが自分なりにプロレスを解釈できるところがまた、面白みだと思います。そして、プロレス側も魅力的な物語をファンに提供することが求められていると思います。」
山本はハシモトの意見を受け、そう返答した。
「さて、話がかなりそれましたが、今日はその1980年代から2020年まで現役を新日本で貫いた獣神サンダー・ライガーに焦点を当てるということでした。ちなみにライガーは藤波辰爾にあこがれてプロレスラーを目指しましたそうです。」
 山本は話を戻した。
「さて、獣神サンダー・ライガーについて紹介していきたいのですが、まず、私が彼を好きな理由が3つあります。1つ目は、彼の趣味。もう一つは、彼の技。最後は、マスクマンである点です。」
「何が趣味なの?」
 ハシモトが興味深そうに聞いた。
「彼の趣味は、特撮系キャラクターのフィギュアの造形です。」
「何それ。」
 ハシモトは不思議そうな顔をしている。
「ライガー選手は手先が器用で、石粉粘土という素材を使って本格的なフィギュアを作っているのです。ゴジラやウルトラマンといった作品を作っています。彼は家が福岡にあるのですが、1年の大半を東京の上野毛道場に住み込んで単身赴任をしています。その彼の部屋にはそれらのフィギュアが飾られています。彼は特撮アニメが好きなんですね。」
「それの何が魅力的なの。」
 ハシモトは聞いた。
「いやー、なんか子供が全力で遊んでいるみたいで見ていて面白いんだよね。完成品がすごい質が高いという点よりも、その全力で物事に楽しそうに向かう姿を見ているとこっちも楽しくなってくるんだよね。なんだかんだで人間性に魅力を感じているのかもしれないですね。」
 山本はそう説明した。
「ふーん、そうなんだ。そういえば、ライガーってもともとアニメキャラなんでしょ。」
「そうです。永井豪という漫画家の作品『獣神ライガー』がもとになっています。永井豪さんは『デビルマン』や『マジンガーZ』などで有名な漫画家ですね。」
「知っている。知っている。そんな有名な漫画家の作品が由来だったんだ。」
 ハシモトは自分が知っている作品名が出てきて嬉しそうだ
「俺も知っている。」
 チョウノもボソッと言った。
「彼は、高校時代はレスリングをやっていましたが、プロレス入り後はルチャリブレ由来のとび技や関節技、プロレス技で有名なブレーンバスターなど様々なものを習得し、一つ一つの技の完成度が高いです。そして数ある彼の技の中で私が好きなのは、掌底です。これは、彼が若いころに学んだ骨法という格闘技の技に由来します。」
「掌底って掌の手首に近いところで相手を打撃する技だよね。それって誰でもできるじゃん。」
 ハシモトがそう言った。
「その通り。これは私たちでも容易にできます。ただ、ライガーの掌底はすごいのです。走ってきた相手に掌底をした場合に、相手が一回転してぶっ飛ばれることがあるほど強力なのです。誰でもできる技だけにその様子を見ると一層ライガーの技の凄さがわかるのです。そこまで、その技を極めているのです。」
「それは、確かにすごいかも。」
 ハシモトは驚いているようだ。
「技に説得力がないプロレスラーは魅力がないと思います。観客にすごいと思わせることが必要なのです。彼はジュニアヘビー級という軽量級に属しながら、パワーがあるのです。」
「なるほどねえ。確かに技がしょぼかったら、すごいって思わないもんなあ。」
 ハシモトは納得したようである。
「最後に、マスクマンであるということですが、全身コスチュームでプロレスをする姿は異様です。ただ、その姿は非日常であることを表し、プロレスという世界観を十分に楽しむことができるのです。」
「はい。プロレスという空間をどう演出するかというのもレスラーに求められます。」
 ムトウはそう付け加えた。
「なんか、どんな人物なのか想像もつかないから見てみたいよ。」
 ハシモトはそう言った。
「はい。百聞は一見に如かずであります。ぜひYoutubeなどで見ていただければと思います。最近、本人がYoutubeにおいて獣神サンダー・ライガーチャンネルを開いたのでそれを見ていただくのが良いと思うのであります。」
 ムトウはそう紹介した。
「そうですね。本当に、一度見ていただくとライガーの面白さや凄さがわかっていただけると思います。ということで今回は獣神サンダー・ライガー選手の紹介をしました。みんなどんな選手か分かったかな?」
「まあ、なんか変わった人っぽいよね。レスラーなのにフィギュア作るとかさ。」
 ハシモトはそう答えた。
「パワーがあるレスラー。」
 チョウノはぼぞっと答えた。
「40年弱プロレス界の第一線で活躍した伝説のレスラーです。ぜひ、Youtubeで彼の試合を見てみてください。」
 山本はそうまとめた。
「先生、英語もプロレスも最後はYoutubeって手を抜きすぎじゃない?」
 ハシモトはそう言った。
「まあまあ、先生の話よりも実際の映像見た方がみんなも面白いでしょ。」
「確かに。」
 チョウノはボソッと言った。
「ということで、新日本プロレスの話が続いているので、その流れで次回はプロレスリング・マスターこと武藤敬司選手についてやっていこうと思います。」
「自分と同じ苗字であります。閃光魔術、足四の字固め、ムーンサルトプレス、毒霧、フランケンシュタイナー…」
 ムトウは自分と同じ苗字の武藤について語りたくて仕方ないらしい。
「さあ、そろそろ授業もおしまいだ。じゃあ、号令」
「きりーつ、きをつけー、れい」
「ありがとうございましたー。」
 キーンコーンカーンコーン。こうして生徒は英語ではなくプロレスについての理解を深めていく。

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