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兼藤伊太郎

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「無駄」の首謀者、およびオルカパブリッシングの主犯格、兼藤伊太郎による文章。主にショートショート。
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2022年2月の記事一覧

瓶の中

瓶の中

 小包が届いた。差出人の名は書かれていなかった。そんなことだろうと思っていたので別に何も感じなかった。わたしに何かを送ろうという人間である。名乗るはずなどないだろう。まあ、そんなところだ。
 包みをほどくと、中からは小箱が現れた。その箱の蓋を開けると、中にはまた小箱が入っていた。そんなことを何度か繰り返すと、小さな瓶が入っていた。ほんの、指先ほどの小瓶である。
 その中には液体が満たされていた。

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月面宙返り

月面宙返り

「もしもし」
「もしもし」
 夜中に方向音痴で有名な友人から電話があった。よくある事態である。道に迷ってしまい、助けを求める電話だ。よくよくぼくも人がいい。ぼく以外はその友人からの電話に出なくなった。まあ、面倒だからだろう。ぼくにしても、人がいいよりも単に暇だからだ。忙しかったら相手にしないだろう。残念ながら、ぼくは暇である。
 友人からの電話は昼夜を問わない。友人が出掛ける限り、いつでも迷子にな

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銃口

銃口

 元同僚と久しぶりに会うことになった。転職すると言って辞めていった同僚だ。それなりに仲良くしていたから、彼が会社を離れてからもちょくちょく連絡を取り合っていた。その彼が、会おうと言う。近況報告がてら酒を飲むというのだ。確か、彼の転職した先はかなりの高給が約束された仕事だったはずが、果たしてどうなったか。
 待ち合わせ場所に来た元同僚は少しやつれて見えた。まあ、高給の仕事である。
「なかなかの激務

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ためらい

ためらい

 急に男に殴られた。
 完全に不意をつかれたのでまともに顎に入った。まさか急に殴られるかもしれないなどとはこれっぽっちも思っていない。かろうじて意識を保ったが、膝が言うことを聞かずに崩れ落ちた。耳鳴りがする。奥歯が折れた。
「なんなんだよ! なんで殴った?」倒れたわたしを見下ろす男に尋ねた。
「あんたは殴られるべくして殴られた」男は答えた。「仕方ないことなんだ」
「わけがわからない」
 男

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伝言

伝言

 伝言を託された。
「で」と、わたしは尋ねた。「この伝言を誰に伝えればいいんです?」
「それは」と伝言を託した人は言った。「伝えるべき人が現れれば自ずとわかります」
「どういうことです?」わたしは少し眉をひそめ、首を傾げた。「誰に伝えるべきか、教えてもらえないんですか?」
 わたしに伝言を託した人は肩をすくめた。「わたしはあなたがそれを伝えるべき相手を知らないんです。伝えるべき相手が現れれば、

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わたしの頭の上のグジャグジャについて

わたしの頭の上のグジャグジャについて

 なんだかもやもやとして、気の晴れない日が続いた。確かに天気の良くない日も続いたけれど、たぶん原因はそれだけじゃない。とにかく、それ以上に気分が晴れない。鬱々として、いつもため息ばかり。そうすると、何もかもが上手くいかない。仕事は失敗ばかり、上司には叱責され、同僚には呆れられる。友人関係も上手くいかない。ちょっとしたすれ違いで喧嘩になって、結局疎遠になってしまう。それでまた気分が落ち込み、悪循環。

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等身大

等身大

 ある日、等身大がやってきた。
「あたし、あんたの等身大」
「はあ」
「仲良くしてね」
 等身大は馴れ馴れしかった。わたしの部屋に勝手に上がりこんで、色々物色したりする。
「ねえ、この写真、あんたの彼氏?」
「ちょっと、なに勝手に見てるのよ!」
「別にいいじゃん」と、等身大は口をとがらせる。「なかなかカッコいいじゃん」
「はいはい」
 相手にしないと等身大はむくれて不機嫌になる。

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彼女と不幸

彼女と不幸

 彼女は不幸だった。
 残念ながら、不幸を客観的に測ることはできなかったので、それが誰の目にも明らかな不幸かどうかはわからなかったけれど、少なくも、彼女自身は自分は不幸であると思っていた。それだけでは何か不充分だろうか?
 それは物心ついたころからのことである。彼女が明確な自我を持って最初に感じたのは自分の不幸だった。
 幼い彼女は思った。「学校に上がれば、わたしは幸せになれるに違いない」
 そ

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ぜんぶお見通し

ぜんぶお見通し

 一度も騙されたことが無いという男がいた。
「さあ、嘘をついてごらん」と、男は広場に集まった人々に言った。「嘘を全部見抜いてやろう」
「そんなことを言っても」と、集まった中のひとりが言った。「嘘をつかれるとわかってりゃ、騙されるわけがないじゃないか」
 ふむ、とばかり男は腕組みをした。「ならば、真実も織り混ぜるといい。どれが本当で、どれが嘘かを見抜いてやろう」
 そこで、人々は嘘と本当を織

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脆く儚い言葉

脆く儚い言葉

 その土地の人たちは文字を持たなかった。言葉は口から発されるものしかなかった。そして、それは当然のごとく脆く儚いものであった。口から放たれ、空気中に投げ出された言葉は、この世界の無慈悲さの前には一瞬しかその形を保てない。瞬きする時間ののち、それはもう消え去ってしまっていた。
 だから、その土地の人たちは言葉をとても大切に扱った。自分に向けて掛けられた言葉は、その息遣いまでも聞き漏らさないようにと耳

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君を傷つけるのは誰?

君を傷つけるのは誰?

「全部君のためだったんだ」と、男は言った。「君を傷つけるもの全て消してしまいたかったんだ」
 女は呆然と立ち尽くしていた。ふたりの周りにはなにも無かった。いかなる景色も、空間も無かった。一切のものが存在しなかった。無いということすらも存在しなかった。茫漠とした空間、空間ですらない。その空間でない空間が見渡す限り続いている。
「あんたは狂ってるわ」女は言った。
「そうかもしれない」男は言った。
「な

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こなごなに砕け散ったぼくを

こなごなに砕け散ったぼくを

 ぼくは粉々に砕け散った。完全に粉々、ぼくのどんな部分も、それがそれとわかるような形を留めなかった。
 ぼくの破片はいたるところの散らばった。自分で言うのもなんだけれど、かなり大規模で派手な破砕だったのだ。大爆発と言ってもいい。これほどの規模の爆発ができる人間はそうはいないだろう。自分で言うのもなんだけど。それに、それはまごうことなき爆発であり、その結果として、ぼくは粉々に砕け散ってしまったのだ。

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透明よりももっと透明

透明よりももっと透明

 わたしは彼女が嫌いだった。
 あのころのわたしと彼女を知る人がこれを聞いたら、意外に思うかもしれない。なにしろ、わたしと彼女は四六時中一緒にいたからだ。まるでお互いがお互いの影みたいに、わたしと彼女はいつだって一緒だった。
 事実だけを考えれば、学生生活のほぼすべてを、わたしと彼女は一緒に過ごしたのだ。食事をするのも、登下校も、いつもふたり一緒だった。どちらが言い出すわけでもなく合流し、一緒に行

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失くした夢は

失くした夢は

 道に夢が落ちていた。
 ボロボロで、汚くて、間違っても誰も拾わないような夢だ。長いこと路上に放置されていたのが見て取れる。きっと、道の清掃をするような人たちまでそれに触れるのを嫌がって、そうしてそこに転がったままになっているのだろう。
 目に入るのも不快だったので、そのまま素通りしようとしたのだけれど、視界の隅のそれが気になった。どこかで見たことのあるもののような気が、少しだけしたのだ。
 わた

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