どく【オリジナルSS】

どく

10月1日土曜日。曇り。
朝5時半起床。頭痛がする。夜中に何度も目が覚めた。寝室を覗くと、女はまだいる。朝食を食べるような気分にはならない。あの日から私は心にぽっかりと穴が空いてしまい、なにかを欲することはなくなってしまったように思う。ここ数日の日記を読み返すと書かれているのは懺悔の言葉ばかりだったが、それはもうやめにしたい。なるべくしてなった、起こるべくして起きたことだ。台風で荒れた風が強く窓を叩き、雷が鳴る中、大きく見開いた目で私を見てきた妻の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。

少し冷静になった今で尚、許しはしていない。そう、私は今でも妻が憎い。あんなに愛してやまなかった妻が、まさか私を裏切っていただなんて、そんなことは考えてもみなかったこと。何故あんなことをしたのか、と妻に問うと、「もうあなたのことは愛していない」そんな風に言うのだ。20年も連れ添って、妻のやりたいこと、欲しいもの、全て叶えてきた結果がこれかと私は怒りが抑えられなかった。どこぞの知らない若い男に、私の愛する妻を奪われたことよりも、「妻は私への情を失くしてしまった」その事実が許せなかった。私は妻のために、妻を愛していたから、なんでもしてきたのだ。だからあの台風の夜、私に理不尽な怒りをぶつけてきた妻が憎くて、腹立たしくて、言ったのだ。「お前を殺して私も死ぬ」と。妻はそれを鼻で笑いながら、「あんたにそんなこと出来るわけないでしょう」と言い放った。もう許せなかった。愛した妻はもうそこにはいなかった。他の違う誰か、それも醜い人間に挿げ替えられてしまっていた。気づいたときには妻の、いや、知らない醜い女の首に私は両手をかけ、力一杯絞め上げた。醜い女は更に醜い姿で、息絶えたのだ。

しかし私は死ねなかった。頭がカーっと熱くなり、それなのに気持ちは冷静で、「私が死んでなにになるというのだろう」「あんな女のために私が死ななければならないのか」。そう思ったら死ぬ理由がなくなってしまった。私は女を寝室に運び込み、それからはリビングで寝て過ごしている。いずれ警察が私のところへ来るだろう。寝室で転がっている醜い女を見つけ、私は裁かれるのであろう。この日記は、残しておかなければならない記録である。

End.


【後書き】
毒、孤独、独白、どちらの解釈でも結構です。悲しい中年の男性の話が書きたくてこうなりました。

朗読、声劇などお好きにお使いください!

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