No.n【オリジナルSS】
No.n
またしばらく連絡が取れなくなった。何度もしつこく電話することも出来ず、ただ未読のまま放ったらかしにされた自分のメッセージを見返す。最後にあったのは先々週の土曜日、会うときは決まって彼はひどく酔っていて、お酒と煙草と知らない香水を混ぜた匂いを纏わせている。きっと私の部屋は終電後の宿泊先としてちょうどいいんだろう。私のことどう思ってるの?なんて聞けず、ただちょっとでも彼の心の中を占める割合が増えたらいいななんて、甲斐甲斐しく朝食を用意し、ブラックコーヒーを淹れていた。
今日は土曜日。いつ連絡が来てもいいように、私は化粧をし直してバスルームを掃除する。しかし、0時を回ってもスマホは鳴らない。嫌われてもいいから声が聞きたい。私は彼に電話をかけた。すると2コールですぐ切れてしまった。私は諦めたくなくて、もう一度通話ボタンをタップする。
「どしたー?」
電話の向こう側では彼の声をかき消さんばかりに派手な音楽が鳴っている。
「今日会える?」
「あー、いいよ。今飲んでるんだけど、お前も来る?」
隣に誰かいるのだろうか。クスクスと笑い声が聞こえる気がした。
「…うち来ない?」
「そんなに俺に会いたいの?お前がそんなこと言うの珍しいじゃん。」
「待ってるから。」
彼は思ったより早く来たし、いつもよりも酔ってもいなかった。玄関で出迎えた私の髪をくしゃっと撫で、不敵な笑みを浮かべてそのままソファーに向かった。
「んなとこ立ってないでこっち来いよ。」
彼が腕時計を外しながら私を誘う。聞きたいことはたくさんあった。いつもどこにいるの?誰が隣にいたの?もっと会えないの?言葉は喉まで出かかっているのに、彼を繋ぎ止めているのは私がなにも言わない「都合の良さ」。それがわかっているから、私はいつも何も聞けないままだ。
「やっぱお前といると落ち着くなー。」
「次いつ会える…?」
「そんな急がなくていいだろ。今目の前にいるんだから。な?」
彼は誤魔化すようにキスをする。先の約束さえも私たちの間にはない。いつ失われるかもわからない曖昧であやふやな関係、それを必死で繋いでいるのは他でもない私自身だった。ふと、見たことのないブランドモチーフのピアスが目についた。
「あれ…こんなピアス持ってたっけ…。」
「貰ったんだよ。似合う?」
「誰から…?」
「なんていうか、俺に貢ぎたい人?」
彼はなにも悪びれない。そんな人は一体何人いるんだろう。私は何要員で、何番目なんだろう。
「お前が嫌なら外すけど。」
「いいよ。関係ない。」
彼が誰とどこでなにをしてたって関係ないんだ。今、この部屋で私の隣にいる彼が全て。今この時間が全てだから。不安を打ち消すように、私は彼の背中に必死でしがみつき、煙草と知らない香水の香りの中に溺れていった。
End.
この作品はフリー台本としてお使い頂けます。
朗読、声劇などお好きにどうぞ。
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