不適切【オリジナルSS】

不適切

「飲むのすごい久しぶりじゃない?」

「お互い環境変わったからなぁ。ま、そんなもんだろ。」

差し出されたグラスにグラスを合わせ、カチンと鳴らす。同期入社の清野(きよの)と2人での飲み会は何年かぶりだった。清野は3年前に、私は去年結婚をし、清野の言う「環境の変化」から、2人でという場面はすっかりなくなっていた。入社1年目の頃でこそ私は清野に強く惹かれていて、お酒の勢いで男女の関係にもなっていたが、お互い決定的な言葉はなく、その話題はなんとなくタブーになってしまっていた。そのまま清野も私も結婚してしまって、プライベートなことを話すこともないまま今日を迎えていた。他愛もない話をしながら飲んで2時間が経った頃、清野はふと私に尋ねた。

「新婚生活どうよ?」

「仕事忙しい人だから喋る暇もないよ。清野はどうなの?」

「ぼちぼちってやつだな。推し?っていうの?いるらしくてさ、嫁はそれに夢中。」

「今時だねぇ。寂しくないの?」

「そりゃ寂しいよ?でも今更俺に来られても困るかもな。」

「困る?なんで?」

「愛とか恋とかって時期はもうとっくに過ぎたからな。嫁にはほっとかれてるくらいがちょうどいいよ。」

「でも寂しいんでしょ?」

「だからお前誘ったんだよ。」

「な、なにそれ。」

「お前は?寂しくないわけ?」

「寂しい」と言えば、清野はどうするんだろうか。このまま雰囲気に流されて、私たちはまたタブーを増やしてしまうんだろうか。言い淀む私の手に、清野は手を重ねてくる。以前とは違う、お互いの家庭がある私たちが、こんな空気の中で手を絡め合っているのは不適切なんだろう。清野はもうなにも聞いてこなかったし、私もなにも言えなかった。私はどこかで望んでいたのかも知れない。この人との、この不適切な関係を。

End.



【後書き】
キーワード「不適切」

会話劇は難しいです。

この作品はフリー台本としてお使い頂けます。

オムニバス形式で継続予定。

別視点【side M】はこちらから。


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