Under the moon【オリジナルSS】

Under the moon

私にはどうやら恋愛は向いていないらしい。2年越しの大失恋。好きだった部活の先輩に憧れた勢いのままサッカー部のマネージャーになり、なんとか視界に入ろうと頑張ってきた。大きな大会が終わり、先輩も引退というこのタイミングで想いを告げたが見事玉砕。家に帰る気分にもなれず、誰もいない教室の窓側で席に座り、ぼんやりと暗くなった外を眺める。そういえば今日は満月だったっけ。空には雲がかかっていて、綺麗に見えたはずの月もぼやけて浮かんでいる。

「まだ帰んないの?」

「あ、いや…。もう帰る。」

教室に入ってきたのは同じサッカー部の柚木(ゆのき)だった。私が先輩に想いを寄せていたことを唯一知る、いや、知られてしまっていた相手だ。

「泣いてた?」

「…泣いてない!」

「その感じは泣いてたでしょ。」

柚木は私の隣に椅子を動かし座る。だめだ、また泣きそうになってきた。

「…どこから見てたの。」

「見てないけど、先輩がまわりにやいやい言われてたからさ。ついに言ったのかなって。」

「フラレちゃいましたけどね!」

思わず涙が一気に溢れ出す。2年間の先輩への想いとか、マネージャー業の大変さとか、先輩のファンからのやっかみとか、そんなものがいっぺんに胸を詰まらせた。すると柚木はそっと、私の頭に手を乗せた。

「好きだったんだもんな。泣け泣け。」

柚木のいつもと違う優しい声で、涙が止まらなくて恥ずかしかった。

「…俺はちゃんと見てるから、お前のこと。」

「なに、それ…。そんなこと言われたら勘違いするかもじゃん…。」

「勘違いじゃないから。ほら、月が綺麗ですね。」

「…月見えないよ。」

「いいんだよ。月が綺麗ですね。」

授業で習ったばかりの、夏目漱石の言葉の引用がなんだか面白くて、私は思わず笑ってしまった。柚木も笑みを浮かべて、セーターの袖で私の涙を拭う。

「よし、泣きやんだし帰るか。なんか食べてく?」

「…甘いもの食べたい。」

「奢るよ。好きなだけ食べな。」

校舎を後にし、柚木がポケットから手を出して私に差し出す。その手を取っていいのか、私は迷ってしまった。

「ま、急がなくていいかぁ。ほら、行くぞ。」

柚木はくるっと前を向き、歩き始めた。いつの間にか雲は晴れていて、大きく丸い月が私たちを照らしていた。

End.


この作品はフリー台本としてご利用頂けます。
朗読、声劇などお好きにお使いください。

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